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「……」
――お願い、お願い!!
魔法陣は反応しない。
怖くなった私は、更に注ぎ込む魔力の量を増やした。
祈りもより必死なものになる。
――お願い。お願いだから来て。どんな精霊でも構わないから……!
皆の期待を裏切ってしまうことが怖い。
適正持ちなら、誰にでもできることができない事実が怖かった。
――お願い! 誰か! 誰でも良いから!
自分の持ちうる魔力、全てを注ぎ込む。
強引な真似をしている自覚はあったが、これで精霊が来てくれるのなら安いものだという気持ちだった。それほど必死だったのだ。やがて努力の甲斐があり、それまで無反応だった魔法陣がようやく光り始める。
「あ……」
やっとだ。やっと来てくれる。
安堵のあまり、泣きそうになる。その瞬間、ほんの少しではあるが気が抜けてしまったのだろう。それまで必死にコントロールしていた魔力があっという間に行き場を失い、制御下を離れ、そして――ドンという音と共に爆発した。
「きゃああああああ!!」
「リリ!」
どん、という音がした気がした。
魔法陣のすぐ近くにいた私は風圧で後ろに吹き飛ばされた。咄嗟に動いてくれたアルが受け止めてくれる。おかげで怪我こそしなかったが、私はショックのあまり顔色を蒼白にしていた。
――どうしよう。魔力を暴発させてしまうなんて。
己のコントロールに難があるのは分かっていたのに、気を抜き、大惨事を引き起こしてしまった私のミスだ。
部屋はさぞかし酷いことになっているのだろう。もしかしたら被害は地下だけに収まらないかもしれない。皆に怪我でもさせていたらと思うと怖くて仕方なかった。
「……」
逃げたい気持ちをグッと堪える。
恐る恐る顔を上げ、周りを見回した。パッと見たところ、地下室に変化はないようだ。私が飛ばされた以外の被害は見当たらない。
「どういう……こと?」
「え?」
後ろからアルの怪訝な声が聞こえる。なんだろうと思い、アルの視線を追うと、ユーゴ兄様に抱きかかえられているノエルが青白く光っているのが見えた。
「ノエル!?」
――どうしてノエルが?
慌てて兄様の側に駆け寄る。もし、ノエルに何か影響があったのなら、後悔してもしきれない。ノエルの顔を覗き込む。彼は平然とした顔でペロペロと己の前足を舐めていた。
青白い光はまるでノエルに吸収されるように消えていく。
「何? なんなの?」
己の見たものが信じられない。アルやルークもやってきたが、私と同じものを見て、同じように絶句していた。
「え? 今の……、もしかして魔力を……吸った?」
「え、いや、でも……」
アルの言葉にルークがまさかという顔をする。確かめたいことでもあったのか、アルがノエルをユーゴ兄様から取り上げようとしたが、ノエル自身が嫌がった。
「シャア!」とアルをしっかりと威嚇した後、兄の腕から逃れ、私の方へと飛んでくる。
「きゃっ……」
落とさないよう慌ててノエルを受け止めた。ノエルは私にしがみつき、爪を立ててくる。
「あっ……ちょっと、痛い……」
落ちたくないからノエルも必死だったのだろうが、ドレス越しでも猫の爪はかなり痛かった。
「もう……ノエルってば……」
「にゃっ!」
「にゃ、じゃないわよ……」
私にしがみつくノエルの頭を撫でる。気分ではないのか、くわあっと口を大きく開いて威嚇してきた。しがみついてくる癖に撫でさせてはくれないのがお猫様だ。
「リリ、ちょっと、ノエルのこと逃がさないようにしてて!」
「お嬢様。そのまま! そのままですよ!」
アルとルークがにじり寄ってくる。思わず後退しそうになったが、二人の顔が真剣だったので堪えた。代わりにノエルが逃げないよう、しっかりと抱え直す。
アルがノエルを覗き込み、感心したように言った。
「……珍しいな。魔力を吸収する体質を持った猫なのか」
ルークも深く頷き、同意する。
「今までただの猫だと思い、気にもしませんでしたからね。ですが微弱ながらもノエルからは魔力を感じます。殿下の予想で間違いないかと」
「うん。先ほどのリリの魔力を吸い取ったのはノエルだね。魔力を暴走させたにもかかわらず、被害がなかったのはノエルがリリの放出した魔力を全部吸い取ったからだと思う。……運が良かったな……」
安堵の息を漏らすアル。ルークはノエルの額を一撫でし、納得したように言った。
「吸収した魔力が問題なく収まってますね。すごい容量です。お嬢様はかなりの魔力持ちですから、下手をすれば先ほどの暴走、屋敷が半壊してもおかしくはなかったのに、全部吸い取ったんですね……」
「アル、ルーク……お願い。私にも分かるように説明して」
二人で分かった風に話されても私の方はさっぱりだ。説明を求めるように二人を見ると、アルがノエルを見ながら言った。
「簡単に言うとね、ノエルが動物ではかなり珍しい魔力持ちだったってこと。あと、こいつはどうも特異体質みたいで、触れた魔力を吸い取ることができるみたいなんだ」
「魔力持ちの猫、ですか? そんなのいるんですか……?」
色々勉強はしてきたが、そんな話は初めて聞いた。驚きつつも質問すると、アルは頷いた。
「多くはないけど、それなりにはいるよ。城のあなぐらでも、魔力を持った鳥や犬を飼ってるって話は聞くしね。とはいえ、更に魔力を吸収する、となるとなかなかいないのだけど。さっき、君は制御を誤って魔力を暴走させたよね? 本来なら行き場のない魔力が爆発し、下手をすれば屋敷は半壊ということにもなりかねなかった。だけどその魔力を全部ノエルが吸い込んでくれたんだ。結果として、何も起こらず、僕たちは怪我一つ負わず、今ここに立っているってわけ」
「つまり……ノエルのおかげってことですか?」
「うん」
ルークや近くで話を聞いていた父やユーゴ兄様もアルの話を納得したように聞いていた。
アルがノエルの鼻を押す。不快だったのか、ノエルは「にゃあ」と口を開いた。小さい牙がいくつも見えるが、それが結構痛いことを皆、知っている。アルも慌てて手を引いた。
「僕もまさかこんなことになるとは思わなかったけどね。ノエルを連れてきたのは大正解だったよ。でもリリ、焦っていたのは分かるけど、最後のはちょっとまずかったね。精霊を呼ぶのに魔力を使う必要は全くない。それなのに大量に注いで……消化しきれなくなった魔力が暴走するのも当然だよ」
「申し訳ありません……」
自分のせいであわや大惨事になるところだった。抱いているノエルの顔を覗き込む。
「ありがとう、ノエル。あなたに助けられたわ」
考えてみれば、ノエルに助けられたのは二度目だ。一度目は、気のせいかもしれないが破落戸に襲われたとき。そして二回目は今。特に今は、下手をすれば屋敷を壊していたかもしれないのだから、ノエルに感謝するしかなかった。
改めて皆に向かって頭を下げる。
「申し訳ありませでした。私が勝手なことをしたせいで、皆を危険にさらしてしまいました」
する必要のないことをして問題を起こしてしまった。いくら精霊契約ができないと焦っていたからと言って、魔力を流すなど、していいことではなかった。
もし、ノエルがいなくて、屋敷を半壊どころか王族であるアルに怪我をさせてしまったら? 精霊契約がどうこう以前の問題で、私は婚約を破棄されてしまっただろう。
王位を継ぐ王子を危険な目に遭わせた女を妃にできないと判断されるのは当然のことだ。
――なんて恐ろしい。
自分で自分の首を絞めることになっていたのかと気づけば、恐怖しかなかった。
アルが私の頭を軽く撫でる。
「結果として何も起こらなかったんだから、気にしなくていいよ。公爵も気にしてないよね?」
「ええ。……だがリリ、今後は気をつけるように。あと、魔力制御について、家庭教師をつけるからしっかりと学びなさい」
「……はい」
いつもはニコニコとして、私の好きにすればよいと言ってくれる父の真面目な姿に、ああ、私は本当に駄目なことをしてしまったのだなと心底反省した。
家庭教師を付けるという話も仕方ない。
今までは魔力制御が下手でも、魔法を使う機会なんてそうないからと放っていたが、前例ができてしまった。苦手だ、などと言っていないできっちり学ぶ必要があるだろう。
8/27に
『悪役令嬢になりたくないので、王子様と一緒に完璧令嬢を目指します!』の2巻が発売することになりました。
これも応援して下さる皆様のおかげです。
書き下ろしには、アルとリリのやり直し甘々デート(ノエルを拾ったことでデートが中断されたので)を書きました。
どうぞよろしくお願いいたします。




