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第四章 二度目の精霊契約






 アルの契約精霊からのお墨付きをもらい、自信を取り戻した私は、それからは普段通りの日々を過ごせるようになった。

 父にも、もう大丈夫だと話した。

 かなり心配させてしまったのか、話を聞いた父は、あからさまに安堵の息を漏らしていた。新たな精霊契約は、後日。またアルが来てくれるらしいので、彼との日程調整をしてからということに決まった。アルがいてくれると心強いので、私としても有り難い。

 同じく心配を掛けていたルークも、話を聞いてホッとしたようだった。


「アラン殿下と結婚できない、なんてことになったら、またお嬢様が道を踏み外すのではないかと思っていましたから。そうならないようなら、良かったです」


 とは、意地悪ルークの言い分だが、強ち否定できないところが恐ろしい。

 私が頑張っているのは自分が悪役令嬢になりたくないからだが、『アルに見合う女性になりたい』というのも同じくらいの比重で存在するからだ。

 彼を失ってしまった私がどうなるのか、ちょっと想像したくない。

 ともかく、ようやく普段通りの自分を取り戻した私は、それから一週間後、クロエからの連絡を受け、彼女の屋敷へと向かっていた。

 彼女の精霊契約に立ち会うという約束を果たすためなのだが、驚くほど気持ちは落ち着いている。

 きっとアルと色々話してすっきりしたからだろう。今はただ、クロエのためにできることをしたいと思っていた。


「来てくれてありがとう、リリ!」


 公爵家所有の馬車から降りると、すでに玄関前で待っていたクロエが私に話しかけてきた。安堵した表情を見れば、来て良かったとしか思えない。その隣には彼女の父親とみられる伯爵もいた。

 伯爵と挨拶を交わし、クロエと二人になってから、小声で尋ねた。


「――それで? ウィルフレッド殿下はいらしているの?」


 私の問いかけに、クロエは表情を曇らせ、首を横に振った。


「……ううん、まだなの。早く来ていただいても、どうすればいいのか分からないもの。できるだけギリギリの時間でお願いしたわ」

「そう……そうね。お待たせするのも失礼になるし、それで正解だと思うわ」

「もう私、胃が痛くって……こんな気持ちで精霊契約できるのかしらって不安でいっぱいなの……」

「きっと大丈夫よ」


 一度失敗している私が言うのもどうかと思ったが、クロエを元気づけられるのならと気にしないことにした。私の根拠のない「大丈夫」の言葉に、クロエはあからさまにホッとした顔をする。


「うん……そうね。リリがそう言ってくれるのなら、大丈夫なような気がしてきた」

「それなら良かったわ」


 クロエに案内されて、彼女の屋敷にある精霊契約のための部屋へと向かう。

 父親の伯爵は、ウィルフレッド王子の到着を待つらしい。私から見ても、随分と張り切っているように見えたから、伯爵が第二王子とクロエの婚姻を望んでいるのは明らかだった。


「……」


 案内された部屋は、やはり地下だった。

 四人ほどで一杯になりそうな狭い部屋の中央には、うちの屋敷にあるのと同様の魔法陣が描いてある。

 どこも似たようなものなのだなと思いながら部屋を観察していると、私のすぐ後ろにいたクロエが口を開いた。


「ねえ、リリ」

「何かしら?」


 振り返ると、クロエは元気のない顔で言った。


「……その、ね。私、やっぱりこのまま第二王子と婚約、なんてことになるのかなって……」


 否定して欲しい。そんな気持ちが彼女からは滲み出ていたが、嘘を吐くことはできない。だから私は正直に言った。


「分からないけど、でも、クロエは、それを望まないのよね?」

「うん。あ、でも誤解しないでね。ウィルフレッド殿下がどうってわけじゃないの。そうじゃなくてただ、私には好きな人がいるから……。もちろん、分かっているのよ。私だって貴族だし、お父様の命令には従わなければならないって。でもね、ずっと好きな人と恋人になって……そして結婚したいなって憧れていたから、まさかこんなことになるとは思わなくて」

「そうよね」


 誰が、初対面の第二王子に見初められると思うだろう。

 それに、クロエの言うこともよく分かるのだ。

 私だって、アル以外の人と結婚なんて……考えるのも嫌だから。

 幸いにも私は彼と婚約者になれたけれども、クロエは違う。ようやく恋を知り、これからというところなのだ。

 クロエが困ったような顔で私を見つめてくる。


「……好きな人ができていなかったら、もう少し前向きに考えられたのかもしれないけど、ね」

「クロエ……」


 何と答えてあげれば良いのだろう。どうすれば良いかと迷っていると、背後から男性の声がクロエの名前を呼んだ。


「クロエ嬢!」


 その声に、クロエが反射的に振り返る。


「っ! ウィルフレッド殿下」


 やってきたのはウィルフレッド王子だった。

 王族らしい豪奢な服装に身を包んだ彼は、クロエを見つめると、嬉しそうに笑った。

 クロエの父である伯爵と一緒に部屋に入り、彼女の手を取ると、その甲に口づける。

 クロエは硬直しながらもウィルフレッド王子の挨拶を受け、口を開いた。


「……本日は、お忙しい中、わざわざお越し戴きありがとうございます。ウィルフレッド殿下」

「水くさいですね。オレのことは、ウィル、と呼んでくれれば良いですよ。あなたには是非、愛称で呼んでもらいたいなと思うのです」

「い、いえ……」


 愛おしげにクロエを見つめるウィルフレッド王子。そんな王子と娘を見て、伯爵は嬉しそうな顔をしている。

 観察していた私は、思わず眉を寄せた。


 ――これは、まずいかもしれないわね。


 クロエがウィルフレッド王子のことを好きなら、素直に祝福したのだが、彼女の気持ちは先ほども聞いた。クロエは、ウィルフレッド王子とどうこうなる気は今のところないのだ。

 だがこのままでは、クロエの意志とは関係なく、ウィルフレッド王子との婚約が成立してしまいかねない。

 とはいえ、私に何ができるわけでもないのだけれど。

 公爵家の令嬢と言っても、私自身に力はない。せいぜい、アルに報告するくらいしかできないのだ。


 ――情けないわ。


 友人が困っているのに、婚約者に言いつけることしかできないとか不甲斐なさ過ぎる。

 自分に嫌気が差していると、私に気づいたウィルフレッド王子がこちらにやってきた。


「……リズ・ベルトラン? なんでお前がここに? ……じゃなかった。どうしてあなたがここにいるのですか?」

「……」


 思わずウィルフレッド王子を凝視してしまった。

 誤魔化すように咳払いをするウィルフレッド王子は、私に視線だけで「今のはなかったことに」と言っている。

 そこから導き出される結論は……やはり、あの伝法な口調が王子本来のもので、背中がぞわぞわするような敬語口調は、外向き用のものだということ。

 どうして私に対しては、普段の口調になるのか分からないが、クロエに対しては、猫を被っておきたいらしい。

 クロエに強引に迫っていること自体は止めて欲しいと思っているが、関係のないことまで告げ口するような趣味はないので、ここは言われたとおり黙っておくことに決め、了承の意味を込めて首を縦に振った。


「……で、どうして兄上の婚約者であるあなたがここに?」

「私はクロエの友人ですから。彼女に来て欲しいと頼まれて、本日は参りました」

「兄上は?」

「アラン殿下は、本日は執務がお忙しいと窺っておりますが」


 確か彼はそう言っていた。言われたことを伝えると、ウィルフレッド王子はやっぱりという風に頷いた。


「……ふうん。ま、そうだよな。兄上、忙しそうにしてたし。あー、吃驚した。一瞬、兄上もいるのかと思ってビビったぜ。兄上に監視されながらイベントとか、さすがにごめんこうむりたいからな」


 私以外には聞こえないように呟き、ウィルフレッド王子はにこりと笑った。


「ま、あんたがいるくらいなら別に良いだろ。あ、じゃあ、オレはクロエのところに行くから。言っとくけど、オレの邪魔だけはしないでくれよな」

「邪魔、なんて」

「しない? それなら有り難いんだけど。あんたは兄上と幸せなんだから、人のことにまで首を突っ込まないでくれ。オレも幸せになりたいんだ。それは分かってくれるよな?」


 幸せになりたいというウィルフレッド王子の表情には嘘はなかった。多分だけれど、ウィルフレッド王子は本当にクロエが好きなのだろう。色々とやり方は間違っているのは間違いないけれど。

 ウィルフレッド王子の言葉に、私は頷くよりなかった。


「……はい」

「よし、それじゃあな。オレ、クロエのところへ行くから」

「……」


 私に釘を刺し、ウィルフレッド王子はクロエの側へと戻っていった。

 ウィルフレッド王子に再び付きまとわれたクロエがひどく困った顔をしている。それがどうにも可哀想だったが、さすがに王子に忠告された直後では間に入ることもできず、申し訳ないと思いつつも、後ろに下がっているしかなかった。



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