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◇◇◇


 夜会当日。屋敷まで迎えに来てくれたアルと会場で歓談しつつも、私は大広間の扉を気にしていた。

 今日、社交界デビューをするのはクロエ一人だけ。国王に挨拶さえ済ませれば、彼女はすぐにこちらにやってくる。

 ファーストダンスが終わったら、すぐに側に行って声を掛けようと、私は今か今かと待ち構えていた。


「……まだかしら」


 時間が経つのが遅く感じる。

 早くクロエが来ないかと思っていると、隣にいたアルが、私の頬を抓ってきた。


「えいっ」

「ひゃっ!? ア、アル?」


 いきなり頬を抓られ、目をぱちくりさせる。アルを見ると、彼はムッとした様子で私を見つめていた。


「ア、アル?」

「酷いよ、リリ。君の友人が今日デビュタントだってことは僕もわかってるけど、屋敷に迎えに行った時からずっとその子のことばっかり。今だって、僕が隣にいるっていうのに、扉を熱く見つめているしさ。ねえ、扉なんか見つめていないで、僕を見てよ」

「あ……ご、ごめんなさい」


 アルに不満げに言われ、ようやく気がついた。

 私は今日、友人が気になるあまり、殆どアルと会話をしていなかったのだ。彼が話しかけてくれてもどこか上の空で、ずっとクロエのことを考えていた。

 それを指摘され、私はあまりの申し訳なさに身を縮ませた。


 ――パートナーを放っておくなんて、最低なことをしてしまったわ。


 アルが怒るのは当然。

 深く反省して謝ると、アルはふわりと笑ってくれた。


「なんてね。嘘。君が初めてできた友人を大切にしているのは僕も知っているからね。怒ったりはしないよ。でも、ずっと放っておかれるのは寂しいかな」

「気をつけます。ごめんなさい、アル」


 アルと一緒にいるのに、クロエのことだけに囚われるなどしてはいけないことだ。一端、彼女のことは忘れようと決意していると、アルが思い出したように言った。


「そういえば……今日は朝からウィルがずいぶんと張り切っていたな。大体、あいつが今日の夜会に出たいと言い出したのに、全然姿を見せないし。あいつ、何してるんだろう」

「ウィルフレッド殿下がですか?」

「うん」


 複雑そうな顔で頷くアル。私は夜会会場をぐるりと見回した。

 ウィルフレッド王子らしき人物はどこにもいない。彼もアルと同じく王子だから、姿を見せていれば間違いなく目立つと思うのだが、それらしき人物は見当たらなかった。


「……いらっしゃいませんね。まだ、用意が終わっていないのでしょうか」

「さすがにそれはないと思うけど……随分と張り切っていたみたいだし」

「そう、ですか」


 だとしたら、ウィルフレッド王子は何をしているのだろう。

 アルが壁に掛けられた大きな時計を眺めながら溜息を吐いた。


「あいつ……人に付き合えとか言っておきながら……でもそれを理由に、リリと一緒に夜会に来られたから、まあいいのかな」

「アル……」


 優しい視線を向けられ、口元が緩む。じわじわとした喜びがやってきて、私は思わず両手で自分の頬を押さえた。大事に思ってくれているのがわかる言葉が嬉しくて堪らない。


「……私も、アルと一緒に夜会に出られて嬉しい、です。その、さっきは本当にごめんなさい。せっかくアルが誘って下さった夜会だったのに、失礼なことをしてしまって」

「怒っていないって言ってるのに」

「そういう問題ではないんです。その……私が、悪かったって思ったから……」


 素直な気持ちを告げると、アルは「うん」と頷いた。


「リリのそういうところ、すごく好きだよ。だけど、もうこの話はこれで終わりにしよう? 僕は本当に気にしていないし、だから君にも気に病んで欲しくない。だってせっかく夜会に来たんだよ。時間もあることだし、今からは二人で楽しく過ごしたいな」

「はい」


 アルの言うことは尤もだ。

 その後は私も気持ちを切り替え、アルと楽しく話をした。話題はノエルや、兄様たちのことだ。

 精霊契約の話は、どこで誰が聞いているのかわからないので、二人ともあえて避けるようにしていた。


「――あれ、今日はヴィクターも参加しているんだね。珍しい」


 周りに目をやったアルが、ある一点で視線を止めた。そこにはヴィクター兄様がいて、誰かと熱心に話している。それを確認し、私は頷いた。


「ええ、そうなんです。今夜は兄も出席すると聞いています」


 昨日の夜、兄様から聞いたことを伝える。

 明日の夜会に参加すると言った私に、ヴィクター兄様は「私もだ」と教えてくれたのだ。

 兄様は、出席義務のある夜会以外は殆ど出ない人だから驚いたのだが、(ユーゴ兄様は全く出ないけど)どうも断れない相手から誘われたらしい。仕事の都合上仕方ないと言っていた兄様だったが、そこまで嫌そうな顔はしていなかったので、ただ、面倒だと思っているだけだろう。

 話を聞いたアルは、軽く笑いながら私に言った。


「そう。もしかして、君が出席するから心配して出てきたのかと思ったよ」

「え? まさか」

「いやいや、最近のヴィクターなら十分にあり得る」

「……そうだと嬉しいんですけど」


 素直な気持ちを告げる。

 ヴィクター兄様にはずっと嫌われてきたから、そんな風に思ってもらえるのは嬉しいのだ。

 小さく微笑むと、アルが優しい声で聞いてきた。


「それで? ヴィクターとは話さなくていいの?」

「えと、もちろん挨拶はするつもりですが、今は兄も忙しそうなので。落ち着いた頃を見計らってと考えています」

「彼にも色んな付き合いがあるからね。おや? 彼はパートナーを連れていないみたいだけど、ヴィクターにはまだ婚約者がいなかったっけ?」

「はい」


 アルの言葉に頷く。

 ヴィクター兄様、そしてユーゴ兄様にも婚約者はまだいない。

 ヴィクター兄様は最近まで父とすら距離を置いていたところがあるし、ユーゴ兄様は屋敷に籠もってのお茶会三昧。

 二人とも父から婚約を打診されても知らぬ存ぜぬで今まで通してきた。

 ユーゴ兄様は、綺麗なものをたくさん見つめていたいという人で、一人に縛られるのが嫌だと言っていたし、ヴィクター兄様は、いずれはすると言って、父の持ってくる縁談を断り続けてきたのだ。

 だけどそろそろ二人とも逃げられないのではないだろうか。

 ユーゴ兄様はまだだとしても、ヴィクター兄様は公爵家の跡取りだ。早めに婚約者を選定する必要がある。


「……多分、そろそろ父も本腰を入れると思うのですけど」

「そうだろうね。結婚は貴族の義務だからヴィクターもさすがに逃げることはできないと思うし、彼自身、責任感の強い男だから、タイムリミットだと納得すればあっさり婚約にも応じるんじゃないかな」

「私もそう思います」


 以前までなら、兄が『責任感が強い』などと言われても到底納得できなかったが、今ならアルの言うこともなんとなくわかる気がする。

 必要なことだと納得さえすれば、兄は意外と簡単に首を縦に振るだろう。


「ヴィクター兄様のことは私も心配していないんです。結婚は……ユーゴ兄様の方が不安かもしれませんね」


 以前とは大分変わったが、ユーゴ兄様はやっぱりユーゴ兄様で、まだまだフワフワとしている。

 ユーゴ兄様が結婚とか、普通に想像がつかない。

 兄様には悪いがそんな風に思っているとアルも真顔で同意した。


「そうだね。確かにユーゴは結婚向きではないというか……まあ、人は変わるというからね。これから先、どうなるかは分からないよ」

「そう、ですね」


 実際、美しいもの以外を認めないと言い張っていた兄は、ノエルを認め、可愛がるようになった。その変化を知っているので、そうかもしれないと思えてくる。

 今日だって兄は夜会に行く私の代わりに、ノエルの世話を引き受けてくれたのだ。

 少し前までの兄が言ったのなら信用できずノエルを預けることなどできなかったが、今のユーゴ兄様なら安心して託すことができる。

 ノエルを預けたことをアルに告げると、彼は驚きつつも「今の彼なら安心だね」と同じように言ってくれた。

 アルと話していると、時間はあっという間に過ぎていく。

 第一王子であるアルが夜会にいるのだ。彼に挨拶をしたい人もたくさんいるのではないかと思ったが、意外と話しかけてくる者は少なかった。

 不思議に思ったが、アルは笑って、「婚約者と仲良く話しているのが分かっていて声を掛けてくるような馬鹿はめったにいないよ。野暮の極みだからね」と言い切った。


 ――なるほど、確かにそれはそうかもしれない。


 私だって、そんな人に話しかけに行こうとは思わない。よほどのことがない限りは、邪魔をしない方向でいくと思う。でなければ、仲良くしたいと思っている人に逆に疎まれてしまいそうだからだ。挨拶に行って嫌われるとか、勘弁して欲しい。


「あ……」


 扉の開く音に気がついた。

 いつの間に、時間になっていたのだろう。気づけば、大広間の入り口には緊張した面持ちのクロエが立っていた。


「クロエ……」


 デビュタント用のドレスを着た彼女に、一瞬、見惚れる。

 現れた彼女は、楚々として愛らしく、同性の私から見ても非常に魅力的な女性だと思えた。


「素敵だわ」


 素直な称賛が口をついて出る。

 ついにクロエも社交界デビューなのだ。これからは孤児院だけでなく、夜会の場でも話すことができる。それを嬉しく思いながら、エスコート役だという彼女の叔父を見ようと隣に視線を移し――固まった。


「え?」


 一瞬、見間違いかと目を擦ってしまった。だけど、今、見えている光景は変わらない。

 つまり、これは現実というわけで――。


「えっ? ええ?」


 驚きの声しか出てこない。

 クロエのエスコートは彼女の叔父が担当する。そう私はクロエ本人から聞いていた。

 それなのに、私が今、目にしている光景は全くの別物。


「ど、どうしてウィルフレッド殿下が……?」


 そう、不思議なことに何故かウィルフレッド王子がクロエをエスコートしていたのだ。

 全く聞いていなかった話に目を見開く。これには夜会会場にいた皆も知らされていなかったようで、驚愕で場がざわめいていた。





ありがとうございました。

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