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第二章 ヒロイン



 私が精霊契約に失敗して、それから数ヶ月が過ぎた。

 二度目の精霊契約はまだ、行っていない。

 それは何故かと言えば、未だ私が契約に失敗した理由が分かっていないから。

 私も自分でできるところまでは調べたし、アルも彼の持つ伝手を使ってできる限り調べてくれたのだが、理由は分からないまま。

 理由が分からず契約に挑み、もしまた失敗したら?

 そう思うと、なかなか二度目への踏ん切りが付かなかったのだ。


「せめて理由が分かれば……」


 契約できなくなった理由が分かれば、努力のしようもあるのに。分からないままでは、何をどう頑張れば良いのかすら分からない。それが悔しかった。

 私が契約に失敗したことは、あの日、契約の場にいた父とルーク、そしてアルと私、四人の胸の内におさめられることになった。

 兄たちにも秘密だ。兄たちにはあの後、契約はどうだったと聞かれたが、父が「今日は日が悪いから、また別に機会を設けることにした」と誤魔化していた。

 そのおかげで、私が精霊契約に失敗したことは誰にも知られていない。

 周りからすれば、アルと婚約し、彼とデビュタントでダンスを踊った私は、幸せそのものに見えるだろう。だけど、実際はそれどころではないのだ。

 どうにかして精霊契約に失敗した理由が知りたい。そして、今度こそ完璧に契約を終わらせたいと思っていた。

 ――二度、失敗するなど私の矜持が許さない。

 多少性格が改善したところで、私の全てが変わってしまうわけではない。本来の勝ち気な性格が顔を出した私は、絶対に成功させなければと焦っていた。

 そんな風に日々を過ごしているうちに、いつの間にか時間は過ぎ、気づけば私の友人、クロエも社交界デビューする時期が近づいていた。

 私より半年遅れての社交界デビュー。

 ルークを伴い、久々に孤児院を訪れた私は、彼女と二人きりになった時に、そのことについて尋ねてみた。

 経験豊富とは言えないが、これでも半年先に社交界デビューした身だ。アドバイスできることはあるだろうと思ったのだ。

 話を振ると、クロエは助かったと言わんばかりの顔で、両手をパンと合わせ、私に言った。


「お願い、リリ! デビュタントの後の夜会! あなたも出席して欲しいの!」

「夜会? ええ、構わないわよ」


 まさかそんなことを頼まれるとは思っていなかったが、私は笑って頷いた。

 大事な友人の頼みなら聞いてあげたいし、元々その夜会は出席予定だったのだ。それは何故かと言うと、アルの弟であるウィルフレッド王子がその夜会に出るらしく、アルも付き合いで出席すると決まったからだった。


「僕が出るなら、君を連れて行かないと。だって君は僕のパートナーでしょう? ねえ、もちろん、来てくれるよね?」


 もちろん私は二つ返事で引き受けた。

 話を側で聞いていたルークが「お嬢様って本当に……」と言いながら溜息を吐いていたが、一体何を言いたかったのか、聞きたいような聞きたくないような複雑な気分だ。

 ともかく、私が出席することを告げると、クロエは目に見えて安堵した。


「良かった。本当は、公爵令嬢のあなたにこんなことお願いするのは失礼かなって思ったんだけど、やっぱり不安で」

「デビュタントは、特別だもの。そのあとの夜会も。不安になるのは当然だわ。私がいるからといってどうにかなるものでもないとは思うけど」


 虐められていたら助けるくらいはできるが、それ以上のことを期待されても困る。だが、クロエは「いてくれるだけで良いの」と笑顔で言った。


「不安だから、友達がいてくれたらいいなって思っただけだから。リリに何かしてもらおうなんて思っていないわ。リリが無理なら別の友達に頼もうと思ったんだけど、リリが頷いてくれて良かった……!」


 ホッとした様子のクロエに、あまりよくないのかもしれないが一瞬、喜んでしまった。

 クロエに真っ先に頼られたのが自分だと知り、嬉しかったのだ。

 クロエには私の他にもたくさん友達がいる。それはわかっていたし、どうこう言うつもりもないが、私が今友達と言えるのはクロエだけなのだ。そんな彼女に頼ってもらえたのがすごく嬉しかった。

 とはいえ、基本可愛くない私は、捻くれた言い方をしてしまう。


「ま、まあ……クロエが不安だって言うのなら側にいるくらいは、いてあげるけど」


 もう少しマシな言い方はなかったのか。少々後悔したが、出してしまった言葉は消せない。つん、とそっぽを向きながら言うと、クロエは全く気にせず豪快に抱きついてきた。


「ありがとう!」

「きゃっ」


 慌ててクロエを抱き留める。無邪気に喜べる彼女が、すごく羨ましかった。


 ――私も、もう少し可愛くなれたら良いのに。


 とはいえ、なかなかそれは難しい。クロエの素直な性格は元来のもので、そして私の可愛くない性格もまた、生まれつきのものなのだ。変えようと思って、変えられるものではない。

 気にしても仕方ないので、それはもう考えないことにし、私はクロエの背をポンポンと叩き、彼女に聞いた。


「それはそうとクロエ、あなた、夜会のパートナーはどなたにするつもり?」

「へ? パートナー?」

「ええ、そうよ。もちろんお願いしている方がいるのでしょう?」


 私が婚約者であるアルと踊ったように、ファーストダンスというものはこの先、とても重要になる。自分がどの程度の立ち位置にいるのか、相手を務めてもらった男性で判断されるのだ。

 そういう意味で、私は満点だったと思う。婚約者で、第一王子。結婚適齢期の男で彼以上の存在はこの国にはいないだろう。

 実際、ダンスを踊った後、以前の取り巻きが笑顔を浮かべて集まってきたことだし。

 彼女たちが私を通して後ろにいるアルを見ているのは間違いないのだ。

 私が質問すると、クロエは眉を寄せて考え始めた。


「うーん、私には婚約者もいないし、多分、お父様がおじさまにお願いしていると思うのだけど……」

「多分って……あなたのデビュタントのパートナーでしょう?」


 クロエだって年頃の娘。一生に一度しかないデビュタントなのだから、もっと興味を持ってもいいはずだ。なのに彼女はあまり気にしていないように見えた。


「それはそうなんだけど、私にとって大事なのは孤児院の子供たちの方だし。お父様が手配して下さるのならそれで良いかなって……」

「か、軽いわね」

「駄目?」

「駄目では……ないけど。そう、おじさまにお願いするのね? で、そのおじさまとの関係は?」


 無駄に緊張して失敗するよりは、クロエくらい大らかに構えている方が良いのかもしれない。そう思うことにして、彼女の言う『おじさま』の正体を尋ねた。

 ないとは思うが、万が一変な人物だったら。クロエは自分のことにあまり興味がなさそうだし、一応、聞いておきたかったのだ。


「お父様の弟で、普段からお世話になっている方なの」

「そう。それなら、まあ……」


 及第点だ。

 クロエの話を聞き、納得した。

 親戚にデビュタントの相手を務めてもらう貴族の娘は決して少なくない。自分がフリーだとアピールできるし、変な波風を起こしにくいという面もあるからだ。


「問題はなさそうね。良かったわ。あ、そうそう、クロエなら大丈夫だとは思うけど、変な男には気をつけるのよ」

「リリ、なんか、お母様みたい」

「……あなたが危なっかしいから心配しているんじゃない!」


 同じ年の友達に母親呼ばわりされる覚えはない。さすがに睨むと、クロエも言い過ぎたと思ったのか、「ごめんね」と謝ってきた。


「分かってる。リリが心配してくれてるのはちゃんと。だって、リリ、優しいもの。変な男、変な男……ね。気をつけたいとは思うけど、私には誰が変かわからないから、何かあればリリに聞くことにする。それで良い?」

「適当ね。でもま、それでいいわ。どこの誰かさえわかれば、兄様にもその方の噂くらいは聞くことができるし」


 城勤めのヴィクター兄様なら、城に出入りする貴族の情報には詳しいだろう。少し前までなら聞いても答えてもらえる自信はなかったが、今ならば聞けば普通に教えてくれると思う。


「任せてちょうだい」


 どんと、自分の胸を叩くと、クロエは首を傾げながら聞いてきた。


「兄様? そういえばリリにはお兄さんがいるんだっけ……」

「ええ、二人いるわ。うちは三人兄妹で、私は末っ子なの。今話していたのは一番上の兄。城で文官をしているの。ヴィクター・ベルトラン。クロエも、どこかで会うかもしれないわね」


 ノエルを初めて連れてきた時に、兄がいるという話はしてある。彼女は「良いなあ」と心底羨ましそうに言った。


「私は一人っ子なの。だから兄妹って羨ましくって」

「あら、じゃああなたは婿を取るのかしら? 伯爵家を継がなければならないものね」


 兄や弟がいないのなら彼女が婿を取るのかと思ったが、クロエは首を横に振った。


「ううん。お父様はどっちでもいいって。もし私が嫁に行くのなら、さっき言ったおじさまに家督を譲るつもりだっておっしゃっているわ」

「そう。『婿』と限定するとなかなか難しいかもしれないから、選択は狭めない方がいいかもね」

「うん、お父様もそうおっしゃってた。良い縁談があれば長男でも次男でも、積極的に進めたいって」


 爵位を継げない次男、三男あたりを狙って結婚すれば家督を継いでもらえるが、そうそう上手くいくものでもない。結婚できそうな相手が長男だということも十分にあり得るからだ。


 ――クロエのお父様は、クロエのことを考えてくれているのね。


 最初から選択肢の幅を狭めないでおくのは、できるだけ娘に良い相手を見繕ってやりたいと思っているからだろう。

 クロエは優しい良い子だと思っているが、その父も良い人物のようだ。だから彼女はこんな風に育ったのかなと納得できる。


「じゃあ、また夜会で会いましょう」

「うん、当日は宜しくね」


 時間が来たので、クロエに別れの挨拶を告げ、待たせていたルークと帰る。

 そうして、いよいよ私の友人が社交界デビューする日がやってきた。






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