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「アル……私も好きです。あなたがいて下さるのなら私……きっと、なんでもできます」


 彼のことがどうしようもなく愛しく感じ、思わず口にしてしまった。


「リリ」


 アルが驚いたように目を丸くする。その目が優しく細まった。


「リリ、君、僕と恋人になって、少し素直になった?」

「え? ど、どうでしょう。そんなの考えたこともないので分かりませんけど……」

「絶対素直になったよ。ねえ、これ以上可愛くなってどうするの。僕、本気で理性と戦わなくちゃいけなくなるんだけど」

「アル?」


 何故か、ハアと困ったように息を吐くアルを、首を傾げつつ見つめる。

 アルは、「ほら、また可愛い顔してる」とわざとらしく渋面を作りながら言った。


「もう、勘弁してよ。ただでさえ、君のことが好きで好きでたまらないのに、これ以上惚れさせてどうしたいの? 城に軟禁されたいって言うなら喜んで僕の部屋に連れて行くけど?」

「え? え?」


 城に軟禁? どうしてそんな話になるのだ。

 わけがわからないと胡乱な顔をする私に、アルが「分からないよね。そういうところも可愛いんだけど」と言いながら、顔を傾けてくる。

 あ、これはキスされると思った私は素直に目を閉じようとしたのだが――。


「良い雰囲気のところ大変申し訳ありませんが、そういうことはせめて人目のないところでお願い致します」


 実にわざとらしい咳払いのあとに聞こえたルークの声に、私の意識は強引に現実へと引き戻された。

 見られていたという羞恥で頭に血が上る。咄嗟にアルの胸を両手で押した。


「うわっ……」

「あっ、ごめんなさい」


 アルが、焦ったような声を上げる。もしかして、アルを拒絶したと思われてしまっただろうか。そんなとんでもない誤解をされたくなかった私は必死で言った。


「ち、違うんです。い、嫌とかそういうのではなくて! そ、その、ルークがいることをすっかり忘れていたと言いますか……は、恥ずかしくてっ!」

「大丈夫。分かっているから説明してくれなくても良いよ」


 顔を赤くしながらも自分の取った行動を説明すると、身体を起こしたアルが困ったように私の頭を撫でてくれた。


「僕のことを大好きな君が、僕を拒否するはずがない。そうだよね?」

「は、はい……」


 はっきり言われるとものすごく恥ずかしいが、事実だったので頷く。アルは満足そうに頷くと、今度はルークに顔を向けた。鋭い視線が彼を射貫く。


「君も大概性格が悪いね。わざとこのタイミングを狙っていただろう」


 ――えっ! わざと?


 アルの言葉に驚き、絶妙のタイミングで声を掛けてきた自分の執事を凝視する。

 ルークはまったく怯まず、笑顔で「とんでもない」と言い切った。


「まさか。ただ、いい加減お止めするべきかと思いまして。殿下、正式に婚約しているとはいえ、お嬢様は十六才になったばかり。そのあたり、よくよくお考えになって行動して欲しいものですね」

「それは、公爵の考えかな?」

「さあ? 旦那様は何もおっしゃいません。ですが、あまり外聞の良くない真似は避けた方が、お嬢様のためにもなるかと思いますが?」


 笑顔のルークをアルはじとっと見つめ、これ見よがしな溜息を吐いた。


「……ルーク、君、確か十四才だったよね。大したものだよ。リリの執事でなければ、城にスカウトしたいくらいだ」


 ルークは丁寧に頭を下げて言った。


「お褒めにあずかり、光栄です。ですが、殿下のおっしゃるとおり、私はお嬢様の執事ですので」

「本当に良い性格してるよ」


 どうやらアルは機嫌を損ねてしまったようだ。ムスッとしつつも文句を言う。


「恋人同士の軽い戯れくらい、見なかったことにしてくれれば良いのに」

「そうして差し上げたいのはやまやまなのですが、何せお嬢様が嫌がらないもので。私がお止めしなければ、きっとお嬢様は殿下に言われるままに許し続けてしまうでしょうから。ストッパーが必要なのです」


 酷い言われように、私は慌てて声を上げた。


「ルーク! 何を言ってるのよ! まるで私が「いいえ」を言えないみたいじゃない」


 とんでもない誤解だとルークを睨む。だが、ルークは実に疑わしげな顔を向けてきた。


「え? お嬢様。本気で言ってるんですか?」

「当たり前でしょ!」

「殿下が『君が好きなんだ。だから、いいよね?』と言ってきたとしても?」

「えっ……それ、は……」


 言い返そうとしたが、言葉が止まる。ちょっと考えてみた。


「……えーと……えと……そう、ね……」

「どうですか?」

「……」


 何も言い返せなかった。

 アルに「良いよね?」と聞かれるところを想像したところで負けが確定した。

 普通に、「はい」しか言えない。それ以外の選択肢がなかった。


「……」


 答えられず黙り込む私に、ルークは「ほら」と言わんばかりの目を向けてきた。

 悔しいけど言い返せない。


「ううう……」


 呻く私に、ルークは勝利の笑みを向けてきた。


「分かって下さいましたね? そういうことです。お嬢様は殿下に好きと言われるだけで何でもコクコク頷いてしまうとってもお安い方ですから。私がいて、お止めする必要があるのですよ」

「僕としては、それだけリリに愛されてるんだって思えて嬉しいけどね」


 ルークとのやり取りを聞いていたアルが笑いながら言った。不機嫌になったと思ったのに、どうやらもう機嫌は直ったようだ。

 先ほどまでとは違い、ニコニコとしている。

 そうして私に視線を向けてきた。


「リリ、そういうことだから、今度からは誰もいないところでキスしようね。でないと邪魔が入ってしまうことが分かったし、ね?」

「えっ……!?」

「殿下……」


 トゲのあるルークの声を、アルは見事に黙殺した。


「本人たちが同意していることにまで口出しして欲しくないんだけど。大丈夫。君が心配するようなことはしないよ。だってまだ婚約者だからね。――本当、早くリリを僕の妃として迎えたいよ」


 蕩けるような目線を向けられ、私の頬はまた赤くなった。

 本当に、アルといると、私はいつでも赤くなりっぱなしのような気がする。

 耳まで赤くした私をアルが引き寄せ抱き締める。嬉しくなった私は、彼の上衣をきゅっと掴んだ。頭を撫でられ、幸せできゅうっと目を瞑った。


「ふふ、リリが猫みたい。可愛いな」

「アル……」

「ノエルもまあ可愛いと思うけどね。やっぱり僕にはリリが一番だよ。ほら、僕だけの子猫ちゃん、にゃあって啼いてごらん?」

「にゃ……にゃあ」


 言うつもりはなかったのだが、アルがあまりにも優しい声で促すので、つい言ってしまった。

 しまったと思い目を開ける。アルが真っ赤な顔で私を見ていた。


「ア、アル?」

「……本気で可愛い。城に連れて帰りたい。僕の部屋で飼っちゃ駄目かな」

「何、言ってるんですか、殿下。駄目に決まってるじゃないですか」


 真顔で告げられた言葉に、ルークが冷静に突っ込みを入れる。そして私に向かって、ほらみろと言わんばかりに言った。


「やっぱりお嬢様、全然拒否できていないじゃないですか。こんなことでは先が思いやられますね」

「う……」


 否定したいところではあったが、「にゃあ」と言ってしまった現場を見られたあとでは何も言い返せない。

 気まずいやら恥ずかしいやらでアルの胸に顔を埋めると、「大丈夫。リリのことは僕が守ってあげるから」と甘すぎる声音で囁かれ、それこそ私は羞恥で動けなくなってしまった。





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