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大広間に着くと、私たちに気づいた人たちが自然と道を空けてくれる。中には見知った人たちもいたが、皆、大きく目を見開き、私を凝視していた。
「……何故、あんな目で見られているのでしょう。私、何かおかしいですか?」
ドレスもアクセサリーも髪型も、デビュタントに相応しく整えたはずだ。なのに注目されるのが分からず首を傾げると、アルが笑った。
「別におかしいところなんて何もないよ。君は綺麗だって言ったでしょう? 皆、君があまりにも綺麗だから見惚れているだけだよ」
「そう……ですか」
疑問に思いつつも頷く。大広間の中央、ダンスフロアに着くと、心得たように宮廷楽団が音楽を奏で始めた。
「……リリ。君のファーストダンス。僕と踊ってくれますか?」
アルが、優雅な動きで胸に手を当て、軽く頭を下げる。
差し出された手を見つめ、私は「はい」と答えた。
「喜んで。アラン殿下」
そうして彼の手を取り、ゆったりとしたリズムに合わせて一曲を踊る。
アルの動きは、本人が自己申告した通り、かなり上手く、初めてのダンスで少し緊張気味だった私をサポートまでしてくれた。問題なく規定の一曲を踊り終えると、周りの観客から拍手が湧いた。
「リズ様、とても素敵でしたわ!」
ダンスフロアから下がると、以前はよく一緒にお茶をしていた令嬢たちが我先にとやってきた。
私より先に社交界デビューを果たしていた面々。
しばらくお茶会を中止しようと言ってから、彼女たちとは一度も連絡を取っていない。多分、私のことなど忘れていたのだろう。だけど私もクロエと毎日を楽しく過ごしていて、彼女たちのことを思い出しもしなかったから同罪だ。
「ありがとう」
「あっ……は、はい」
驚いたように目を見張る令嬢たちを見て、どうしたのだろうと思い……思い当たった。
彼女たちの知っている私は、「ありがとう」ではなく「当然よ」と答えるのが普通だったからだ。
だから、「ありがとう」と言われて戸惑ったのだろう。
令嬢たちは気を取り直したように、私のドレスを褒め称え始めた。
「そのお召し物! 以前とは全く意匠が違いますが、素晴らしいですわ。リズ様にとてもよく似合っていらっしゃって。ええ、前の強烈な印象を残すリズ様のお衣装も素敵でしたけど、今の方がよくお似合いです」
「ええ、私も気に入っているの。あなたたちのドレスも素敵ね」
「あ、ありがとうございます」
ドレスを褒め合うのは基本中の基本だ。実際彼女たちのドレスは、少し前の私の好みを意識したもので、褒めなければ申し訳ないという気持ちにもなる。
「殿下とのご婚約もお決まりになり、ますますリズ様の地位は盤石ですわね。社交界に出ても、私たちをどうぞお傍においてくださいませ」
「本当に! 最近、お茶会にお誘いいただけなくて寂しかったですわ。どうか私たちのことをお忘れなく」
「……そうね」
今の今までどうでもいいと思っていたくせに、ものすごい掌返しだ。
おそらく、私のエスコート相手がアルだったことが大きいのだろう。それは分かるが、彼女たちにとって、私自身には価値がなかったのだと見せつけられたようで、少しだけ悲しかった。
「あら……。あの子、去年の型のドレスを着ているんじゃないかしら?」
自業自得だと心の中で溜息を吐いていると、取り巻き令嬢の一人が壁の花になっている女性を見つけ、眉を寄せた。
彼女の視線を追う。確かにそこには、すこし古いデザインのドレスを着た令嬢が、一人ぽつんと寂しげに立っていた。彼女はダンスフロアを憧れの眼差しで見つめている。
「あら、本当だわ。嫌だ。今日は第一王子がご出席なさっている夜会だというのに、あんな流行遅れのドレスを着て来るなんて、信じられない」
「貴族としてあり得ないことよ。王家主催の夜会に来るからには、それに相応しい格好をすべき。そんなの当たり前のことだわ」
「だけどあの方、もしかしたらそんな当たり前のことすら知らないのかもしれないわね」
「……毎回あんな見窄らしい格好で来られては堪らないわ。二度とあんな真似をされないように、私たちで注意するべきよね」
「ええ、そうしましょう」
「……止めなさい」
すっかり注意する気になっている彼女たちを制止した。
彼女たちは「えっ」という顔で私を見る。
「で、ですが、リズ様……」
「別に、毎回新しい流行のドレスを着てこなければならないなんて決まりはどこにもないわ。彼女には彼女の事情があるかもしれないし、彼女にとってあのドレスが一番のお気に入りなのかもしれない。それを勝手な理屈で貶めるのは止めなさい」
「……リズ様」
皆が驚いたように私を凝視している。それは分かっていたけれど、皆で一人を注意しよう――つまりは虐めようとするのは見逃せないと思った。
それに、クロエに聞いたことがあるのだ。
伯爵家以下の家では、貴族と言ってもあまり裕福でない家も多くあると。そういった家では、無駄遣いはできないし、ドレスもあまり強請りにくいのだと彼女は言っていた。
クロエの家はそこまで貧しいわけではないので、デビュタントのドレスも問題ないらしいのだが、彼女の友人の子爵家の令嬢などは、着ていくドレスがないのでデビュタント以来、一度も夜会に行っていないという。
そんな話を私はその時、初めて聞き、知った。正直言って、すごく驚いた。
勝手に、皆も私と同じだと思っていたのだ。好きなドレスを纏い、楽しくお茶会をして、楽しく過ごすことができているのだと、何も疑問に思わなかった。
恥ずかしい思い込みだし、それから私は、自分の考えを改めた。
家ごとに事情はあるのだと。それを勝手に判断して相手を責めるのはお門違いなのだと深く反省したのだ。
今、一人で立っている彼女も貧しい中、雰囲気だけでも楽しもうとやってきたのかもしれないではないか。せっかく夜会に来たのだ。虐められて、二度と来たくないと思うのではなく、少しでも楽しい気持ちで、また来たいと思って帰って欲しい。
今の私はそう思っている。
「彼女、爵位があまり高くない家の令嬢かもしれないわ。それなら新しいドレスなど作れないのも当たり前だし、できる限りのことをしてきた彼女を笑うのは失礼なことよ。そうは思わなくて?」
「……はい」
私が窘めたのが意外だったのか、全員が信じられないという顔をしていた。その気持ちは分かるけれども、本当に今までの自分は何だと思われていたのかと泣きたくなるから止めて欲しい。
「……ええと、リズ様。それでは私たち、これにて失礼致します。その、殿下とご一緒なのにもかかわらず引き留めてしまって、失礼致しました」
気まずくなった雰囲気に耐えきれなくなったのだろう。一人がそう言うと、残りの子たちも次々と同じ言葉を口にし、私たちから離れていった。




