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第三章 家族




「……リリ」


 アルが屋敷に来てくれた日の夜。

 彼の予言通りとでも言おうか、食事が終わった後、談話室に向かおうとした私をヴィクター兄様が引き留めた。


「あ……お兄様」

「少し、良いか」

「……はい」


 兄から声を掛けられたことを驚きつつも頷くと、彼はルークに待機命令を出し、私をライブラリーへと連れて行った。

 ルークは私の専属執事ではあるが、私の言うことだけを聞いていればよいわけではない。

 私の兄に命じられ、ルークは深々と頭を下げ、命令に従った。

 最近ではルークが側にいないことが殆どないので、何だか妙に不安になる。


「……お前、孤児院へ行っているそうだな」


 ライブラリーに着くや否や、兄はそう切り出した。その言葉に頷く。


「はい。何か問題でもありましたか? お兄様に迷惑は掛けていないと思うのですけど」

「……そういう話ではない」

「そうですか」

「お前が問題を起こしていないことは分かっている。周りとの関係も良好。ほぼ毎日のように通い、カーライル伯爵の娘と友人関係にある。間違いないな?」

「……はい」


 どうやら兄は、本気で私の素行調査をさせていたらしい。

 アルから聞いていたから何とも思わなかったが、初耳なら、きっと私はキレているはずだ。

 妹の素行調査をするなんて最低だ、と。

 兄としては、最低な妹がまたどこかで問題を起こすのではないかと心配だったのだろうが、余計なお世話である。少なくとも孤児院では、何もしていないと声を大にして言える。

 そんなことを考えつつ兄の目を見ると、兄は眉を寄せながらも私に言った。


「お前、いきなり孤児院通いなど、一体何を考えている? しかも伯爵の娘と友人だと? お前の基準では、あの娘は友人になどなり得ないだろう」

「……クロエは私の大事な友達です。そんな良い方はしないで下さい」


 兄に言い返したいことは色々あったが、何よりクロエのことを言われたのが嫌だった。

 兄を睨む。彼は虚を突かれたような顔で私を見てきた。


「大事な友達?」

「そうです。クロエは私の初めてできた友達。私は彼女に会いたくて、毎日孤児院に通っているんです。それに、子供たちと遊ぶのも意外と楽しいから。それ以上の理由なんてありません」


 本音を告げたが、兄は胡散臭いものを見るような目で私を見た。


「お前が? 子供たちと遊ぶのが楽しい、だと?」

「……いけませんか」

「……今のところ、問題は起こっていないようだから目を瞑る。だが」


 言葉を区切り、兄は私に宣告した。


「一度でも、問題行動を起こした時は、分かっているな? 二度と、その孤児院には近づかせない。お前の行動は公爵家の行動として見られるのだ。中途半端な真似だけはするな」

「……分かっています」

「本当に分かっているのなら、構わないが。……最近、お前の行動がおかしいことには気づいている。リリ、お前は一体何を考えている?」

「……何をって。ただ、殿下に相応しい女性になりたいと思って行動しているだけです」


『悪役令嬢』と言っても兄には分からない。

 決して嘘ではない言葉を告げると、兄は難しい顔をしながらも頷いた。


「確かに、お前の行動が変わりだした頃と殿下との婚約時期は合う。……以前のお前よりは、今のお前の方がよほど好感が持てる。……それが一時の気の迷いではないことを祈る」

「お兄様」

「話は終わりだ。邪魔をした」


 言うだけ言って、兄は私を部屋に残し、去って行った。それを見送る。


「うーん」


 念願の兄との会話。

 時間を掛け、ようやく話をするまで持っていくことができたわけだが、あまり感触は良くなかった。

 未だ兄の中で私は最低のままだし、何をしでかすか分からないと思われているらしい。

 それは仕方ないと思うのだけど、一方的に注意だけをされるのは気分が悪かった。


「……はあ」


 とにかく兄の話は終わった。ルークを呼びに行こう。そう思っていると、窺うような声が掛けられた。


「リリ、大丈夫だったかい?」

「あ、兄様」


 心配そうに声を掛けてきたのは二番目の兄、ユーゴだった。

 いつも通りの麗しい姿。今日は髪を下ろしたままだった。


「兄上がお前に話しかけているなんて滅多にないことだからね。執事も残していったようだし、気になって」

「来て下さったのですね。ありがとうございます」

「お嬢様……」


 ユーゴ兄様の後ろからルークが顔を出した。

 ヴィクター兄様に待機命令を受けていたのにと思っていると、ユーゴ兄様が言う。


「僕が連れてきたんだ。それなら兄上も命令違反とは言わないだろう? 彼もお前のことを気にしていたようだしね」

「ありがとうございます」


 ルークを連れてきてくれたのだと聞き、自然と笑顔になった。

 彼がいるのといないのでは、精神的な安定度合いが全然違う。迎えに行かなければと思っていた矢先だったので、ユーゴ兄様の気遣いは嬉しかった。


「ルーク」


 声を掛けると、ルークは私の側へとやってきた。


「お嬢様、お一人にして申し訳ありません」

「あなたのせいじゃないわ。お兄様のご命令だもの」


 仕方のないことだと頷くと、ルークは心配そうに言った。


「その……ヴィクター様に何かひどいことは言われませんでしたか?」

「兄様に? いいえ、大丈夫よ」


 色々言われたのは言われたが、どれも以前の私ならやりそうなことだし、兄が警戒する気持ちも分かる。私がやらなければならないのは、兄の認識を変えること。

 私が、兄が心配するようなことはしないのだと理解してもらえるように振る舞えばいいのだ。


「孤児院に通っていることについて、いくつか注意を受けただけよ。……まあ、まとめれば迷惑を掛けるなといったところかしら」

「なるほど。ヴィクター様としては、お嬢様が余計なことをしないか心配で、釘を刺しに来たとそういうことですか」

「……そういうこと」


 首を竦めると、ルークはホッとしたように笑った。


「お嬢様ですからね。ヴィクター様がご心配なさるのも当然かと」

「どういう意味よ」

「……リリ」

「? どうなさいましたか、お兄様」


 険のある声でユーゴ兄様が話に割って入ってきた。

 普段ニコニコと、話を聞いている方が好きな兄が、わざわざ人が話しているのを中断させるなど滅多にあることではない。何かあったのかと兄を見ると、彼は眉を寄せ、不快げに私を見つめていた。






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