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「情報も揃った。今までとは明らかに違う行動を取る妹のことが、ヴィクターも気になっているんだろうね。そろそろ、彼の方から声を掛けてくるかも。彼、僕にまで君のことを聞いてきたから」
「えっ、兄様がですか?」
ヴィクター兄様とアルには仕事の付き合いがある。それは分かっていたが、まさか兄が私のことをわざわざアルに聞いていたとは思わなかった。
「あんな我が儘な妹と婚約して、迷惑を掛けていませんか、だって。聞きたいことは絶対に違うのに、ああいう聞き方しかできないんだから、ヴィクターも屈折しているよねえ」
「いえ、兄の本音だと思います」
ヴィクター兄様の中で私は、最低な妹のはずだ。本気で聞いている可能性は十分にあった。
「だからね、僕は『リリはとっても可愛くて良い子だから、変なことは聞かないで欲しい』って答えておいたよ」
「それは……」
良い子だと言ってくれるのは嬉しいが、さぞ兄は微妙な顔をしただろう。
「だってね。僕にとってはそれが真実だし。あ、そうそう、君と手紙のやりとりをしているんだって言ったら、『あの妹が、手紙を書くのですか? まさか直筆なわけありませんよね』ってすごく吃驚していたよ。『勿論直筆だよ』って返しておいたけど、ヴィクターのやつ、顎が外れそうなくらい口を開けて驚いていたなあ」
「……」
以前の私は、手紙など面倒で書こうとも思わなかった。ルークに代筆させて、サインだけを書く。それが当たり前だったのだ。
それなのにどうして、アルに対しては最初から選択の余地もなく直筆で書こうと思ったのか。
考えなくてもすでに答えは出ている。
「ね、リリ。君は僕にだけ直筆で手紙をくれたの?」
アルが期待に満ちた眼差しで私を見てくる。
「……そんなことはありません」
思わず否定してしまったが、アルは信じていないようだった。
「ふうん」
「その……手紙を直筆で書くのは当然ですから」
「うん、そうだよね。じゃあ、どうしてヴィクターはあんなことを言ったんだろうね」
「……兄様とはあまり接点がありませんから。きっと勘違いしたんだと思います」
単なる事実だったのだが、そう言って視線を逸らし、誤魔化した。
顔が赤い。
……アルの視線を感じる。
気まずい思いをしていると、はあ、とこれ見よがしな溜息が聞こえた。
「お二人とも、いい加減、私がいることを思い出して下さい。その意味のないやりとり、聞かされている方は堪ったものではありません」
「えっ、私は別に……」
「うん? 君はずっと空気のままいてくれて良かったんだよ?」
「……殿下」
ルークの呆れたような声に、アルは「分かったよ」と頷いた。
「君の執事もうるさいことだし、話を戻そうか。だから、僕が言いたかったのは、近いうちヴィクターが声を掛けてくるだろうってこと。君にとっては大きなチャンスになり得るから、上手くやるんだよ」
「……はい。ありがとうございます」
「ヴィクターと仲良くなれるといいね。彼のこと、僕は結構好きなんだ」
「……はい」
もう一度返事をすると、アルは良い子、良い子と私の頭を撫でてきた。
「あ、アル?」
「大丈夫。君は『悪役令嬢』なんかじゃないから。今も時々ウィルから話を聞くんだけど、やっぱり君とは全く違う子のことを話しているようにしか思えない。『悪役令嬢』は我が儘で、どうしようもない甘ったれだって矯正なんて望めないんだって弟は言うけどね。それが君だと言うのなら、僕は違うと言いたいな。だって、君は一生懸命で可愛いから。確かに以前の君は弟の言う通りだったのかもしれない。でも、それを僕は知らないし、今の君は自分を良い方に変えようと必死に努力しているじゃないか。それが僕にとっては全てだよ」
そう言って、アルはソファから立ち上がった。時計を確認している。そろそろ行かなければならない時間なのだろう。今日も忙しい中時間を割いてきてくれたのだ。もっといて欲しい、なんていう我が儘を言えるはずがない。
「アル、その……今日はお会いできて嬉しかったです。お時間の都合がついたらで構いません。よろしければまた、その……」
「来て欲しい?」
「……はい」
迷いはしたが彼の言葉に頷いた。アルは嬉しそうに笑う。
「うん、分かった。でも、たまには君が来てくれてもいいんだよ。ウィルに会いたくないんだろうけど、僕としてはそういうのも嬉しいからね」
「で、ですが……城に行くのはご迷惑ではないかと」
「僕が誘う分には迷惑でも何でもないよ。じゃ、次だ。まずは約束どおりデートをしよう。その次、次は君が僕の部屋に来て。良いでしょう?」
「……はい」
「嬉しいな。ね、君も喜んでくれる?」
「も、もちろんです」
アルとデートに行けるのも、私室に案内してもらえるのも、彼の特別みたいに感じられてとても嬉しい。
肯定の返事をすると、アルはホッとしたように表情を緩めた。
「うん、良かった。じゃ、また。――君の、直筆の特別な手紙を待っているよ」
「っ」
思わせぶりに言われた台詞に、声が詰まる。
真っ赤になった私を見て、満足そうに笑ったアルは「じゃあね」と言って、私の部屋を出て行った。




