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6

 

 見事に私たちは、ヴィクター兄様の嫌いな人物像に合致していた。

 プライドだけは一人前以上にある、自分が一番だと信じて疑わない、金遣いの荒い妹。

 自分の定める美しさを持つ者以外を認めようとはしない、働きすらせず気に入った者たちだけを集めてお茶会を繰り返す弟。

 さぞ、兄はうんざりしていたことだろう。

 そんな中、ある意味一番嫌いだと思っている妹が、しつこく話しかけてきたとしたら?


 ――そりゃあ、嫌な顔もされるわよね。


 本音を言えば、私たちとは顔も会わせなくないと思っているのだろう。

 家族だから我慢しているだけ。

 ……もしだが、『悪役令嬢』に成り下がったとしたら、真っ先に私を見捨てるのはヴィクター兄様なのではないだろうか。


 ――清々した。お前のことなど妹と思ったことはない。ずっとお前のことが嫌いだった。


「……」


 兄が言いそうな台詞まで考えてしまい、私は顔を歪めた。


「リリ?」


 黙りこくってしまった私が気になったのだろう。アルが声を掛けてきた。それに力なく応じる。


「あの、はい……大丈夫です」

「そう? それなら良いけど。やっぱり、もう少し言い方を考えた方が良かったかな」


 それには首を横に振った。


「いいえ。はっきり言っていただいた方が助かります。でなければ、きっと私は理解できなかったでしょうから。アル、とても恥ずかしい話ですが、アルのおっしゃったことは、全部心当たりがあります。私やユーゴ兄様がヴィクター兄様から嫌われるのは当然のことなのだと納得しました」

「……そう。君はそれを認めるんだね」


 アルの言葉に小さく頷く。


「でなければ、ヴィクター兄様が私やユーゴ兄様を嫌う理由がありませんから。私は……言うまでもありませんが、ユーゴ兄様もその……美しい者以外の存在を認めない人で、醜い者は生きる価値もないのだと、そう堂々と口にする人です」

「それは、さぞかしヴィクターは嫌がるだろうね。彼は、公正な男だから」

「そう……ですか」


 兄が公正な人だなんて初めて聞いたし、知った。正直に言えば、信じられないけれど、アルが言うのならそうなのだろう。そして、それなら全部辻褄が合うのだ。

 きっとヴィクター兄様は、ユーゴ兄様とは比べものにならないほど、私のことが嫌いなのだろう。

 だって、嫌われる要素が多すぎる。

 毎週、何も考えずに新作ドレスを作っていたこともきっと内心怒り狂っていたのだろうし、普段の私の傲慢な態度も腹立たしい限りだったろう。

 その妹が、今更「兄様」と話しかけてきたところで不快なだけだ。

 うん。なかなかに状況は積んでいる。


「リリ……大丈夫?」


 じっと考え込んでいると、アルが心配そうに聞いてきた。それにコクリと頷く。


「大丈夫です。先ほどまでは、嫌われている理由すら分からなかったんですから。それを理解しただけでも意味はあります」

「……嫌われているのに?」

「ええ」


 顔を上げ、はっきりと言った。


「私が嫌われているのは、どう考えても自業自得ですから。態度を改め、兄に、私は変わったのだと認めてもらうより他はありません」


 そう、こんなものに近道などありはしない。

 兄の中で、私への愛情はもはやないに等しいだろう。それを回復させるのは無理だとしても、存在していてもいいか、くらいに思ってもらえるよう努力するのは間違ってはいないはずだ。


「やってきたことがやってきたことですし、今更、兄に好かれようなどと都合の良いことは考えません。でも、ぎりぎり目を瞑れるくらいまでなら努力次第で持って行けるかなと思うのです」


 私の目標は『悪役令嬢』にならないこと。そして『悪役令嬢』は嫌われ者。

 つまり、『嫌い』という状況さえ脱却してしまえれば、それで良いのだ。


「好かれようと考えると、ちょっと無理じゃないかなって思うし、試そうとも思えないんですけど、嫌われていない、程度なら目指せるんじゃないか……って、アル?」

「っ! くくっ……くくくくっ! ご、ごめん」


 真面目に話していたのにアルが突然笑い出した。何故彼が笑うのか分からず、首を傾げていると、私の後ろにいたルークも肩を震わせていた。


「お、お嬢様って、時折、無駄にポジティブなところを発揮しますよね。普通のご令嬢はこんな時、『もう駄目。私はどうすれば良いの?』と落ち込み、嘆くところだと思うのですけど」

「馬鹿ね。嘆いていたら何か状況が変わるの?」


 私は呆れながら、ルークを窘めた。

 嘆くだけは簡単だ。何も考えず、周りが何かしてくれるのを待つだけ。それはとても楽な道だろう。だが、私がその手段を取れる時期は過ぎたのだ。

 今は、一分一秒が惜しい。嘆く暇があれば、一つでも多く手段を試し、『悪役令嬢』にならないよう努力しなければならない。


「私はそんな暇人ではないのよ。落ち込むのも嘆くのも、最初にやった。だからもう、後は自分を助けるために突き進むしかないの」

「全くもってその通りだね」


 ルークに言い聞かせていると、アルが笑いながら同意した。


「君の言うことには全面的に同意するよ。本当、君が『悪役令嬢』なんてやっぱり僕には信じられない」

「私も信じたくないんですけど、嫌になるくらい当てはまっていますから、無視もできません。今は少しでも、ウィルフレッド王子のいう『悪役令嬢』像から遠ざかることだけを目標にしています」

「うん、それで正しいと思うよ」


 そう言いながら、アルが蕩けた視線を向けてくる。その目にドキッと鼓動が一つ跳ねた。


「目標に向かって頑張る君は、とてもではないけれど『悪役令嬢』なんて呼ばれる存在には見えないし、それどころか、一生懸命ですごく可愛いと思う。うん……やっぱり君が婚約者で良かったな」

「あ、ありがとうございます……」


 お世辞だと分かってはいるが、褒められて嫌な気にはならない。照れくさくて俯くと、ルークがニヤニヤしながら言った。


「良かったですね、お嬢様。お世辞ですよ、お世辞」

「分かってるわよ!」


 ぎっと睨むと、アルは目を瞬かせて否定した。


「え? 違うよ。どうして可愛い婚約者相手にお世辞なんて言わなきゃいけないの。全部僕の本心だけど」

「……ありがとうございます」


 ここまでフォローされると、逆に居たたまれなくなってしまう。さっきの嬉しかった気持ちだけを受け取っておくことに決め、私は言った。


「と、とにかく! アルのおかげで、どうして私とユーゴ兄様が嫌われているのか分かりましたので、兄に認めてもらえるよう……ううん、兄の視界に入ることを許されるよう、今日から更に行動と言動には気をつけることにします!」

「……視界に入ることを許されるって……ものすごく低い目標値ではありませんか?」

「相手はあの兄様だもの。これでもものすごく高いと思うわ」


 ルークのツッコミに真面目に返すと、彼は少し考え「確かに」と納得したように頷いた。アルも苦笑する。


「そうだね。でも彼は、変わろうと努力する人を無視したりするような人ではないと思うよ。だから、リリが頑張っているところを見れば、きっとヴィクターも分かってくれるはず」

「はい」


 城での兄を知っているアルに言われると、そうかもしれないと思えてくる。

 私が頑張れば、兄も変わってくれる。


「はい、私、やります! やってやりますとも!」


 全ては『悪役令嬢』にならないために。

 家族に、見捨てられるような未来に辿り着かないように。

 ウィルフレッド王子のいうことを全面的に信じたわけではない。もしかしたら、彼の言うことはそれこそ彼の考え出した単なる妄言で、何の意味もないのかもしれない。その可能性だって十分あると思っている。

 だけど、変わろうと思うのはきっと間違いではないと思うから、やっぱり私は完璧令嬢を目指そうと思うし、ウィルフレッド王子にいつか「ざまあみろ」と言ってやろうと思うのだ。






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