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◇◇◇


「とりあえず、ウィルが待っているからさっきの部屋に戻ろう。良いね?」

「はい」


 アルの言葉に頷き、ウィルフレッド王子を待たせている部屋へ向かう。

 ウィルフレッド王子はノエルと一緒に大人しく部屋の中で待っていた。一人掛けのソファにだらしなく腰掛け、戻ってきた私たちに向かって手を振る。


「お、その調子だと無事、精霊契約できたみたいだな。ご苦労さん」

「ウィル、ちゃんと座れ。さすがにそれはだらしないぞ」

「えー……大人しく兄上を待ってたんだからいいじゃん――」

『ここであったが百年目! 大悪党ノエル!! 覚悟しろ!!』

「えっ!?」


 突然、ノワールが大音声に叫んだ。それと同時に黒色の魔力の塊のようなものをノエルに投げつける。それは見事にノエルに命中し、彼の姿を覆い隠した。眩しい光が部屋中に広がる。私は悲鳴を上げた。


「ノエル!!」

「――あー……痛ったあ……。ちょっと、いきなり攻撃とは酷いじゃないか」


 聞いたことのない声が響いた。

 高めの男の人の声。眩しさから解放され、声がした方向を見ると、成人男性と思われる人が立っていた。

 白と黒の斑の髪はあちこち跳ねていて、腰まである。地面に着くほど長いローブを着ていた。その顔は恐ろしいくらいに整っており、まさに絶世の美形と言っても過言ではなかった。男性とも女性とも言える、アルよりももっと中性的な顔立ち。そしてその耳は長く尖っていた。


「エルフ……?」

「はいそこ! そういう間違いは止めて欲しいなあ。私はハイ・エルフだよ」


 私の呟きを聞き咎め、形の良い眉を寄せながら修正してくる。彼は手に、長い木の杖を握っていた。

 今の状況が全く理解できず、その場に立ち尽くすしかできない。そんな中、舌打ちが聞こえた。


『仕留め損なったか。我の魔力で顕現するとは、相変わらずの屑ぶり。良いだろう、もう一度だ。……死ねっ!!』

「おっと」


 ノワールが再び攻撃をしかける。それを男はひょいと身軽に除けた。不思議な話で、男が除けた後、その攻撃はまるで床に吸収されるように消えてしまう。

 部屋が魔法で壊れないのは助かるが、今繰り広げられているこれは本当に何なのだろう。


「リリ……! 大丈夫?」


 ノワールと男の一方的な攻防戦を呆然としながら見ていると、攻撃を躱しつつアルがこちらへやってきた。


「はい……私は大丈夫ですけど……あれは? 私のノエルは?」


 なんとなく分かってはしまったが、それでも聞かずにはいられなかった。縋るようにアルを見る。彼は苦々しい顔で言った。


「……ウィルの言ったとおり、なんだろうね。アレは、間違いなく大魔法使いノエルだよ。あの特徴的な髪色のハイ・エルフなんてノエルしかいないからね。認めたくないだろうけど、君が飼っていたノエルはあのノエルだったって、そういうことなんだと思う」


 そうではないかと思ったが、それでもはっきり言われるとショックだった。

 私の可愛い猫のノエルが、伝説の大魔法使いだなんて誰が思うだろう。だけど目の前にある光景は、それを裏付けるものでしかなかった。


「ははは! そんなものでこの私を仕留められると思ったら大間違いだよ☆」

『同胞の仇! お前を殺すためだけに、我は契約精霊としてここに出てきたのだ! 死ね! ノエル!!』

「仇だなんて大袈裟だなあ。私、なんか悪いことしたっけ?」

『同胞を百体以上、魔法の実験材料に使い、殺したこと、忘れはしないぞ。お前が実験に使った精霊の中には我の親友もいたのだからな!』

「ええ? だってアレは魔法薬の精製のために必要だったんだよ。分からないかなあ。魔法薬の材料にたとえばトカゲがいったとする。それを使ったところで、誰も怒らないでしょう? それと同じだよ。私は必要だったから精霊を使った。それだけのことだ」

『我の同胞と親友の命が、トカゲごときと同じだと言うのか!?』

「私にとってはね。どんな生き物だって、私にとってはただの実験材料だよ☆」

『やはり、貴様は死ねえ!!』

「……大魔法使いノエルが女癖の悪い屑だってことは知ってたけど、まさか精霊にまで恨みを買っていたなんてね。これもウィルが言っていた通り、か」


 ノワールと大魔法使いノエルのやり取りを聞きながら、推察するようにアルが言った。私は激しいノワールの攻撃とそれをヒラヒラと躱すノエルを唖然と見つめながら、ただ、頷く。

 ウィルフレッド王子は、大魔法使いノエルは精霊王の怒りを買ったと言っていた。そのため呪いを掛けられて猫の姿になったのだと、そう言っていた。

 あの時は酷い冗談だと思ったが、今の彼らの様子を見ていると、簡単に否定はできないように思えてしまう。

 ノワールがまた攻撃をしながら、ノエルに言った。


『避けるしかできない能なしめが! その杖はただの飾りか!?』

「私もねえ、できればそうしたいんだけど……っと、わっ!」


 ノエルが杖を掲げ、クルクルと回す。魔力の渦が発生したと思った瞬間、「ぽんっ」という間抜けな音がした。


「……あ」

「にゃあ……」


 大魔法使いノエル姿は消え、代わりにその場には、猫のノエルが蹲っていた。

 ノエルはやっぱりというような表情を浮かべ、「こうなると思ったんだよねえ。まだまだ魔力が足りないんだよ」と残念そうに言った。


「……しゃ、喋った?」


 ノエルの口から紡がれた人間の言葉を聞き、目を見開く。信じられない気持ちでノエルを凝視すると、ノエルはムッとしたような顔をした。


「そりゃあ、喋るでしょう。私は本物の猫ってわけじゃないんだから。今までは魔力が足りなかったから、喋らなかっただけ。さっき、そこの馬鹿精霊がたっぷり魔力をくれたからね。全部吸い取ったら、少しは回復したかなあ。でも、元の姿を維持するのは難しいみたいだ。魔法を使おうとしたら戻っちゃった」

『誰が馬鹿精霊だと? その醜き姿になってもなお我を愚弄するか!』

「ノ、ノワール。お願いだから落ち着いて……」


 怒り狂ったノワールがまたノエルに攻撃をしかけようとする。それに気づき、慌てて止めた。

 このままでは全く話が進まない。それが分かったからだ。

 だがノワールは不満そうだった。攻撃こそ止めたものの文句を言ってくる。


『……主。ノエルは我の仇。落ち着けとはどだい無理なことを言う』


 むっつりとするノワールに、アルが鋭い指摘をした。


「君が攻撃しても、ノエルはその魔力を吸うだけで、何の痛手も与えることができないと思うんだ。だからとりあえず今は攻撃を止めて、具体的な手段を見つけてから仕留めれば良いんじゃないかな」


 ノワールは、少し考え、頷いた。


『一理ある。その作戦を採用しよう』

「ええと、じゃあ、攻撃は止めてくれるかしら」

『効かない攻撃に意味はない。承知した』

「良かった……」


 ノワールの答えを聞き、ホッとした。アルに目を向けお礼を言う。


「ありがとうございました、アル。ノワールを止めてくれて」

「あのままじゃ話も碌にできなかったしね。……で、ウィル! お前はいつまで隠れているんだ!」

「うえっ!?」


 アルの声に反応し、ウィルフレッド王子がソファの影から這い出てきた。どうやらノエルとノワールの諍いに巻き込まれないように隠れていたらしい。


「……だって怖いんだよ。人外同士の戦いになんて巻き込まれるのはごめんなんだ……」

「気持ちは分かるが、お前にはもう少し詳しい話を聞かないといけないからね。ほら、ソファに戻ってくれるかな」

「……嫌だっつっても聞いてくれないんだろ。ったく、普段はオレがゲームの話をしても殆どスルーしてくるくせに、こういう時ばっかり」

「何か言ったかな?」

「ナンデモアリマセン、兄上」


 アルに微笑みを向けられたウィルフレッド王子は、直立不動の体勢になって敬礼した。どうやらとても怖かったらしい。彼が渋々ソファに座り直したのを見て、私たちも席に着く。ノエルをどうすれば良いのだろうと悩んだが、ノエルは勝手に私の膝の上に乗ってきた。それをアルが無情にも払いのける。


「僕の婚約者の膝の上に勝手に乗らないでくれるかな」

「うーん、心が狭いぞ☆ 私は、ご主人様の可愛い飼い猫なんだから、もっと大切に扱ってくれなくちゃ」


 当たり前なのだろうが、ノエルが人の言葉を話す現状になかなか慣れない。複雑な顔で、アルと話すノエルを見ていると、アルがノエルを自分の隣に置き、溜息を吐いた。


「正体がばれてもまだそんなことを言える神経に吃驚するよ」

「こんな繊細な男を捕まえて酷いことを言うね。事実じゃないか。私はゴシュジンサマの可愛い飼い猫。拾ってもらった恩だって私なりに感じている。あのままじゃ、死んでしまっていたからね」

「それだ。その話を詳しく聞かせて欲しい。ウィル、お前はノエルが精霊王の怒りを買ったと言っていたね?」


 話を振られたウィルフレッド王子が頷いた。


「ああ、そうだぜ。魔法薬の実験材料にしたり、新しい魔法を開発するための魔力供給源にしたりって結構めちゃくちゃやったって話だったはずだ。で、さすがにやり過ぎだってことで、精霊王に誰にも見向きもされない不細工な猫に変えられたんだよ。一気に殺すなんて生ぬるい。苦しんで苦しんで、死ねばいいって、確かそんなだったかなあ」

 何かを思い出すように話すウィルフレッド王子。そんな彼を見て、ノワールが感心したように言った。

『お前、よくその話を知っていたな。その件については、精霊の中では禁忌となっている。誰も話していないと思っていたのだが、どこから聞いた?』

「さ、さあ……何処だったかな」


 ヤベ、とウィルフレッド王子が焦ったように誤魔化す。

 私はウィルフレッド王子を見ながら、本当に、彼の言う『ゲームの話』が全て嘘ではないのだと改めて思っていた。

 もちろんおかしなところはたくさんあるが、それを除いても、参考になる話があったりするのだ。


 ――ゲーム、か。


 信じたわけではない。

 この世界がゲーム、なんて言われても信じられるはずがない。

 だけど、ウィルフレッド王子が私たちの知らない何かの情報を持っているのは事実で、それについては目を背けてはいけないのだ。

 ノワールが私とアル、そしてウィルフレッド王子のちょうど間に移動し、私たちを見た。





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