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死にゆく勇者を救うため、妃として後宮に潜入しましたが、私の命も危険です  作者: 桐山なつめ
第2章(後編) 嘘と真実、そして聖剣

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第7話 狂気の執着と、嘘つき

 テオドリックの一声で、どよめきが広がる。

 グリゼナの顔から、血の気が失せた。


「ちっ、違います!」


 叫ぶように弁解するグリゼナに……


「あら、怖い……」

「けれど、やりかねないわよね」

「後宮に相応しくないのでは」


 くすくすと、黎妃たちが微笑みを交わす。

 その嘲りは鋭利なガラス破片のように、グリゼナへ降り注いでいった。

 ぞっとするような光景だ。


(ここにきて、彼女を引きずり下ろそうとするのね)


 女たちの笑い声を、鎧の擦れる音が制した。

 剣宮衛たちが、今にも剣を抜きそうな勢いで、グリゼナに迫っていた。


「剣聖宮において、殺人は大罪だぞ」


 彼女はひっ、と声を上げる。


「殺してなんかいません!」

「見苦しいぞ。まだ罪を重くするつもりか」


 剣宮衛たちの怒声に、グリゼナは全身を震わせた。


「本当です! 魔力をもらっているだけです!」


 広間の空気が、一瞬で張り詰めた。


「……どういうこと?」


 黎妃たちの動きが止まる。

 そして全員が、テオドリックの顔色を窺うように視線を送った。

 グリゼナは、自分を射殺さんばかりに見つめる彼に気づくと、悲鳴を漏らした。


「お、お許しを!」


 恥も外聞も捨てたように、彼女はテオドリックの足元にすがりついた。


「たしかに……気に入らない子は、魔力の糧にしました。

 けれど、殺そうなどとは思ってもいません! 

 ちゃんと返すつもりでした。まだ生きてます!」

「……」


 テオドリックは沈黙を貫いている。

 だが、その青い瞳には、ありありと侮蔑が滲んでいた。

 剣宮衛たちが、一斉に剣を抜いた。


「貴様! 人を殺す道具だと分かっていたのだろう!?」

「そんなものを、剣聖宮に持ち込んだのか」


「まさか、そんなつもりはありません!

 最初は……私を美しくしてくれただけだったんです。

 けれど、だんだん魔力が足りなくなって……

 だから、ほんの少しだけ――侍女や女官から、()()()()()()()()()()……」


 グリゼナが恐怖に震えながら、鏡を掴んだまま、這いつくばるようにして後ずさる。

 私はその光景を、冷え冷えとした頭で傍観していた。


(……嘘をついているようには見えない)


 魔力は()()できる。

 強引に、侍女やニアから奪ったのだろう。

 だが……たかが栄華の鏡が、あそこまで魔力を帯びるのはやはり奇妙だ。


(あの鏡、何かある)


「――それで、言い訳は終いか?」


 テオドリックが呟いた。

 グリゼナは呆けたように、彼を見つめる。

 広間は、異常なほどの静けさを湛えていた。


 黎妃はグリゼナの様を見て、唇の端を吊り上げて笑っていた。

 女官は顔を見合わせて言葉を失い、かすかに肩が震わせている。

 影妃は巻き込まれないよう、祈るように目を伏せている。

 そして……彼女の侍女たちは、怒気を孕んだ視線を送っていた。


 髪は乱れ、ドレスは着崩され、化粧は剥がれている。

 見るも無惨な彼女に――誰も、近づかない。


 グリゼナは、座り込んだまま床に爪を立てた。


「何よ……」


 彼女の美しい顔が、初めて歪む。


「美しい人間がもっと綺麗になる……それの何が悪いの。

 女官が消えたから、何? 誰が困るわけ」


 おぞましい言葉だった。

 呪詛のような呟きが、しわがれた声で紡がれた瞬間、広間の空気が一瞬で凍る。

 グリゼナは床に落ちた鏡に手を当てた。


 テオドリックの視線を受けて、剣宮衛が踏み出す。

 しかし、彼らが到達するより早く、彼女は鏡を覗き込んだ。


「ほら、見てよ! 綺麗でしょ!?」


 その瞬間、広間の灯りが、陰った。


「きゃっ!?」


 グリゼナの悲鳴とともに、彼女の手から鏡が落ちる。


「あっ、足りなくなった……」


 まるで、子どものような一言。

 こちらを振り向いたグリゼナの顔は――人間とは思えなかった。

 落ち窪んだ眼窩、痩けて骨の浮いた頬、屍人のような浅黒い肌。

 そこに、かつての美貌の面影は一片もない。


 黎妃たちは一斉に悲鳴をあげ、席から立ち上がった。

 テオドリックは目を見開き、剣宮衛たちも愕然と立ちすくんでいる。


「女官程度じゃ、すぐ尽きる……」


 女官や影妃たちは席を立って、怯えたように彼女から間を取った。

 侍女たちは、蒼白な顔で身を寄せ合って震えている。


(なんて……こと)


 グリゼナは、鏡からゆっくりと顔をあげた。

 その目が、何かを探すように、周囲を這う。

 そして……私を見た。


「ファルネス影妃。あの女官から聞いたよ。影妃のくせに綺麗に鏡を修復したらしいね」

(あっ……!)


 テオドリックが眉根を寄せて、私を振り返る。


「それは」

「そんなに魔法が得意なら、魔力もたくさんあるんだろ」


 すでに、言葉も崩れている。

 背筋に冷たいものが走る。


「わけてよ」


 グリゼナが、近づいてくる。


「貴様、待て!」


 剣宮衛たちが叫び、剣で取り押さえようとした。

 だが――テオドリックが、咄嗟にそれを押し留めた。


(えっ……!?)


 剣宮衛たちも、驚いたように彼を凝視した。

 テオドリックは無言のまま、わずかに顔をこちらへ向けた。

 感情を読ませぬその横顔が、異様なまでに静かだった。


(……まさか、試されてる? 私がここで反撃をするか)


 ――ミルディナか、見極めるつもりか。


(こんな時に……剣を止めるなんて)


 テオドリックの狂気じみた執念に、心臓が縮み上がる。

 だが、その一瞬の逡巡のうちに――グリゼナは、もう目の前まで迫っていた。


 手に握られた鏡に、私が映り込む。

 鏡の中の私は――笑っていた。


『ファルネス……嘘つきめ……』


 鏡に巣食う、何者かが囁く。


(この声は、グリゼナじゃない? 誰――?)

(嘘つきって……どういうこと)


 カツン……と、弱々しくヒールの音を響かせて、グリゼナは私と対峙する。


「グリゼナさま……どうしてそこまで……」

「仕方ないじゃん。若さも美しさも、もう戻んないんだから」


 喋るだけで、彼女の身体が崩れていく。

 魔力を吸いすぎたのだ。

 人の体を成しているだけ、奇跡といえるだろう。


「あたしを、綺麗にしなさいよ」


 彼女が、私の肩に手をかけた。

 氷のような指に触れられ、背筋が跳ねる。


 反撃魔法を詠唱する? テオドリックの前で? 

 そんなことをしたら、本当に……。


「ねえ、お願い――助けて」


 ――こちらを覗き込むグリゼナ。

 琥珀色の瞳に、かすかな悲しみが宿っていた。


 魔力の譲渡……。


 けれど。それで彼女が救われるのなら。


(……少しくらい、いいかもしれない)


 指先が緩む。


(でも、それは――)


 カチャン。


 私の葛藤に、剣が応えた。


 グリゼナの背後に、聖剣を構えたテオドリックが立っていた。

 その堂々たる様相に、今にもこの身を両断されてしまいそうな恐怖がせり上がる。


 唇をわななかせながら、グリゼナは振り返った。


「陛下……あたしは……」


 テオドリックは、一切の情を排したまま、

 聖剣の切っ先を彼女に突きつけた。


「貴様のようなものを、なんと呼ぶか教えてやろう」


 グリゼナが、ごくりと喉を鳴らす。


「魔物だ」

グリゼナ編、いよいよ次話で完結です。

ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。

彼女の結末を、どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


ブクマ、★、感想、リアクション……いつも本当に励みになっております。

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