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Episode-90 『二人の知らない二人の話~起~・人見知りヤンキーの場合②』


「お~」


 サラサラとまるで生き物のようにペンがサインを描く。

 書き慣れているのがよくわかる全く淀みない動きでサインが書きあがり、あっという間にアタシの『スター・マリッジ』一巻の価値が急上昇した。


「ほいよ」

 

「どっ、どうもです」


 そんな一巻がアタシに手渡された。

 そして、それを受け取りながらアタシは感動しつつも一つ別のことを考えていた。

 それは一巻を受け取った右手とは別の背中の後ろに回された左手。そこに握った色紙が原因だ。


 先程一巻を取りに部屋に戻ったとき、何となく中学生の頃に寄せ書き用に買った色紙の存在を思い出したのだ。そしてそれはすぐに見つかった。

 いや、でも単行本って言ってたし…。いやいや、でもせっかくだし色紙にも…。

 そんな逡巡の果てにそこでは結論は出せずに、結局色紙も持ってきてしまったというわけだ。


 が、単行本へのサインが終わって尚アタシはそれをお願いすべきか悩んでいた。

 流石に図々しすぎるかな…。いや、でもせっかくの機会だし…。

 その遠慮と欲の二つがアタシの脳内でせめぎ合っているのだ。


 が、その結果勝ったのは、


「あっ、あの! これにもサインお願いしていいですか!」


 欲でした。

 いやだって、こんな機会中々ないしさ。アタシホントに大ファンだしさ。

 ここで勇気を出さなかったらにいつ出すんだって話になっちゃうし。


 だが、気になるのは二ノ前先生の反応。

 「せっかく、本にサインしてやったのに…まだ欲張るのかよ。図々しいやつだな」とか思われないかな…。


「ん、わかった。貸してみ」


 が、そんな心配は杞憂だった。

 アタシが差し出した色紙を一瞥すると先生は特に悩むことも無く色紙を受け取ってくれた。

 その上で、


「色紙にただサインだけじゃ味気ねぇからキャラ書いてやるよ。だれがいい?」


「ええっ!?」


 そんなことまで言ってくれたのだ。

 まさかの提案に思わずそんな悲鳴みたいな声が口から漏れる。

 こっ、これがうわさに聞く神対応というやつなのか!? 最初会ったときにちょっと無愛想でとっつきにくい人とか思ってマジですんません!!

 なんていい人なんだ! そしてアタシはなんて現金なやつなんだ!!


「どうした? 好きなキャラいいなよ」


「えっと…じゃあ星佳で」


「ん、主人公な」


 アタシの答えに一つ頷くと、そのまま先生が色紙にペンを走らせる。

 下書きも何もないぶっつけ本番でありながら色紙に躊躇いも無く線を描いていく。そして驚くことに一瞬のうちに顔の輪郭が完成し、そこから小刻みなペンの動きで真っ白だった色紙に段々とアタシが大好きなヒロインが現れ始めた。


「すっごい…」


 感動と驚きでそんなアホみたいに単純な感想が口から漏れる。

 それに対し先生は顔色一つ変えずに、


「もう十年近く漫画家やってるからな。慣れたもんだ」


 とだけ答えて休むことなくペンを動かし続けた。

 そんな先生を見て、


「かっけー…」


 再びアタシの口から漏れたのは、そんなアホみたいに単純な感想だった。



「はいよ」


「わー」


 それから数分後、完成した色紙が先生から手渡された。

 ――というか、冷静に考えたらとんでもない事じゃないかこれ?

 あー、やばいやばい。この色紙を見るだけでなんか涙出そうになってくる。これ絶対家宝になるやつだ。


 ……っと、そうだ。肝心な事を忘れるところだった。 

 そんな風に感動しつつも、とある大事なことをしてないことを思い出してアタシは色紙と単行本をギュッと胸に抱き、


「――あのっ、ありがとうございました」


 そう本当に心からの感謝をこめて頭を下げる。

 

「ん」


 それに対して先生は短くそれだけ言って、「さてと」と椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ私は歯を磨いて寝るとするよ。腹も膨れたしな」


 とだけ言って立ち上がると、テクテクとお風呂場の方まで歩いていってしまった。

 そして、そのまま先生はこちらを振り返ることなくお風呂場の中へと消えていった。

 相変わらずのもの凄いマイペース。だが、何故かその何者にもとらわれていないかの自由さもアタシにはどこかかっこよく見えた。


「さてと」


 そして、先生がいなくなったところでアタシも先生が食べたお皿とコップをテキパキと台所へと運び軽く水洗いをして水切りラックに入れておく。おし、片付け終わり。

 

 で、この後は…どうすべきか?

 アタシはもう歯磨いちゃったしな。ホットミルク飲んだらもう一回磨こうと思ってたけど今さら飲む気にもなれない。


「ふぅー」


 とりあえず、コップで水を軽く一杯だけ飲んでのどを潤す。

 ここで待ってるのも変な話だよね。あっちもリアクションに困るだろうし。

 ――うん、寝よう。


 そして、そう決めてメインルームを後にしようと思ったのだが、


「…うーん」


 どうもこのままじゃ少しだけ心残りだ。


「――あ!」


 そんな中で目に映ったのは二ノ前先生が先程サインを書いてくれたペンだった。

 それを見てアタシの頭に一つの考えが浮かんだ。

 そして、


「あの~神様。ひとつだけお願いがあるんですけど~」


 そうアタシは天井に向けて声をかけた。


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