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Episode-89 『二人の知らない二人の話~起~・変人漫画家の場合②』


「えっと、これ。虹白さんが夜に作ってくれたパスタです。『どうせあの人、夜起きてくるでしょうから』って言って二ノ――須能さんの分まで作ってくれてました」


「ん。気が利くな」


 で、何故だか同居人の…確か鬼村だったけか? と一緒にテーブルを囲むことになった。

 私の前に鬼村の手でレンジでチンした皿とフォークと氷と水の入ったグラスが差し出される。その皿の上には説明通りミートソースのパスタが載っていた。

 というか、望城あいつ料理できるのか。意外だな。


 ちなみにそんな望城とその同居人はというと今もグッスリと私らがいるのと同じメインルームで眠っている。

 しかし、先程までとは違いメインルームは明るくなっていた。

 これは私たち二人が合流して、私が飯を食うという流れになったために百合神が暗転していたメインルームをいつもの状態に戻したためだ。

 尚且つ、寝てる二人の周りにだけは神の力で先程までと同じ状態を維持しているらしい。それどころかその周囲には音や匂いもこちらからは届かなくなっているって話だ。

 これがさっき私が部屋から出たときに言ってた『何らかの対策案』ってやつだろう。さすが神、何でもありだ。


 ――さて、話を戻そう。


「サンキュ。そんでこれ、美味かったか?」


 温められたパスタの乗った皿のラップを剥がしながら香ってくるその匂いでぶっちゃけその問いの答えをわかっていたが一応尋ねてみる。

 すると、


「はい、すっごくうまか…――美味しかったですよ」


 そう予想通りの声が返ってきた。

 それに「そっか」とだけ答えて、フォークを手に取る。


「んじゃ、いただきます」

 

 そしてそれだけ言うと、フォークをクルリと巻いてパスタを口へと運んだ。


「ん」 


 やはり普通に美味しい。

 どうやら思いのほか空腹だったらしい。一度口にしただけで、更に体が空腹を訴え出した。そりゃそうか、あのたこ焼き一皿以降何も食ってねぇわけだしな。


「――別に付き合わなくてもいいんだぞ」


 そして、食事を進めながらも当然ながら対面に座る鬼村が目につく。

 私の記憶が確かならば先程「お茶しませんか?」と一昔前のナンパみたいな誘われ方をしたはずなのだが。実際は私は一人夕食のパスタを食べ、鬼村の方は何故かお茶どころか飲み物も食べ物も何も口にせずにただそこに座っているだけだ。

 …ぶっちゃけいうと、反応に少々困っている。

 だからか、無意識的にそんな少し突き放すような言葉が口から出てしまったのだが、


「あっ、いや…、アタシ的には別に好きでやってることだし…じゃなかった、好きでやってることなんで」


 そう鬼村は若干無理やりに下手くそな笑顔をつくる。

 …というか、こいつなんでこんな挙動不審なんだ? さっきから目が泳ぎまくりの言葉どもりまくりだぞ。

 

「――というか、ずっと気になってたんだが敬語を使うの苦手ならタメ口で構わないぞ。私は別にそういうのに全く抵抗ないからな」


 実際、私自身がそう言う人間だからな。

 自分だけ誰にも敬語を使わず、でも相手にタメ口利かれるのは嫌というほど鬱陶しい性格はしていないつもりだ。

 しかし、


「あっ、えっと…。別に敬語使うの苦手って訳じゃなくて、まぁ得意でもないですけど。…あの今回に限って言えばとんでもない緊張でどう話せばいいのかがわからなくなてってるというか…」


「緊張?」


 再びパクッとフォークでパスタを口の中へと運びながら、首を傾げる。

 緊張、それもとんでもない緊張? 

 人見知りってやつか――いや、


「あっ、そうか」


 そこで私はこの部屋に来てからのあのやり取りをようやく思い出した。


『えっ、えっ…!? にっ、二ノ前先生…? あなたが…?』


 望城が私の名前を呼び、そして彼女の同居人に私のことを説明した時だった。

 鬼村は唖然と言った顔で私に向かいそう言った。

 そして、その後に私の作品を何個か口にし、その疑問が確信となったところで逃げ出すように部屋に入っていったんだった。

 

 ――なるほど、疑問氷解。


「つまり、あれだ。お前私のファンなわけだろ」


 そして、私の中で出したその答えに鬼村は「うへっ!?」と謎の奇声を上げて肩をビクッと震わせた。

 勘違いだったらメチャクチャ自意識過剰の恥ずかしいやつだが、勘違いでないのはその顔を見れば一目瞭然だった。


「違うのか?」


「ちっ、違いません! あの、大ファンです!!」


「そうか」


 はい、答え合わせ完了。

 まったく、それならそうともっと早く言えばいいのに。

 ………あ、無理か。だって、今日初めて知ったんだもんな。思えば元の部屋では私が漫画家であることさえも伝えてなかったな。

 ――しゃーない、ここはその詫びも込めて一肌脱ぐか。


 残っていたパスタを全て平らげ、ふぅーと息を吐くと、


「私の単行本持ってたりするか?」


 そう鬼村に問いかける。

 すると鬼村は一瞬「え?」と困惑顔を浮かべるが、すぐに「『スター・マリッジ』は一応全て初版帯付きで持ってますけど…」と答えた。


「ん、それは作者冥利だな。今部屋にあるんだろ、サイン書いてやるからどれでもいいから持ってきな」


「へぇっ!? いっ、いいんですか!?」


「よくなくちゃ言わねーよ」


「えっと…じゃ、じゃあお願いします!!」


 そう言って勢いよく椅子から立ち上がると、クルリと背を向けて鬼村は小走りで自身の部屋へと戻っていく。

 その足並みはどこか弾んでいるようにも見える。

 それを見ながら、


「なんだ、見た目ヤンキーでも中身はふつうの子どもだな」


 思わず私はほんの少し笑みをこぼした。


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