Episode-87 『二人の知らない二人の話~起~・変人漫画家の場合』
「…ん? むっ…」
ゆっくりと意識が覚醒する。
あー、寝落ちしたなこりゃ…。
そして同時に自分の今の現状を私は悟った。
どうやら作業椅子に座り背中に体重を預けながら舟をこいでいたようだ。
あー、最悪だ。これやると背中とか肩が後日痛くなるパターンあんだよなぁ。
「んっー!」
そう軽く後悔をしながら、残った眠気を吐き出す様に大きく伸びをする。
そして、口元に少々垂れたよだれを袖で拭う。流石に原稿によだれを垂らすようなヘマはしない。一応これでももうそこそこ長いこと漫画家やってるからな。
寝るときは前じゃなくて後ろに体重がいくようにしてるしない。
「んー、深夜の一時前か。結構寝たな」
若干眠気が薄れたところで作業机の端に置いた電子時計を見ると、もう結構時間だ。
が、流石にこのままベットで二度寝ってわけにはいかないな。
あー、かったるいけど風呂入るか。
次の行動をサクッと決めると私は椅子から立ち上がり、タンスから適当な着替えを取り出す。
そしてドアを開け、そのままメインルームへと出たのだが、
「ん? くらっ…」
そこには少々いつもと違う光景が広がっていた。
自然な明かりの一切が消えているように暗いのだ。
なんだこりゃ? 今までは夜中でもこんなことなかったんだけど。
「あ?」
が、そこで私の疑問にでも答えるかのように壁にボワッと光が一点灯る。
その光はまるでペンの様にサラサラッと動き、その軌跡を壁面へと残していく。そして、その動きが止まったかと思うと、
『虹白夜・音木紗凪の両名が就寝しているためメインルームの電気は落としてある。もしメインルーム内を行動したいならば双方の行動を妨げないために私が何らかの対策案を実行するが、どうする?』
そう文字が壁に浮かび上がった。
百合神か。
っていうか、あいつらメインルームで寝てるのか? なんでだ?
…もしかして最初に起きたときの布団をそのまま使ってるのか? どんだけ仲良いんだよ…。
その百合神からの伝言に呆れ半分感心半分といった感情が私の中に浮かぶ。
ちなみにその問いに対する答えは別段考えることなく決まった。
「いや、風呂入りたいだけだから大丈夫だ。とりあえず風呂の位置だけ教えてくれ」
そう答えると先程の伝言が斬りのように消え、今度は『了解した』というシンプルな答えが返ってくる。そして同時に壁に添うように淡い光が点滅して風呂までの位置を教えてくれる。
「器用なやつだ」
その便利な仕組みに思わずフッと笑みがこぼれ、そして私は一人風呂場へと向かった。
特に湯船につかりたいといった考えはなかった私はササッと服を全部脱いで風呂場へといくと、髪の毛と身体を洗うだけして、シャワーで軽く流すと温泉には目もくれずにすぐさま風呂場から出た。
あとはタオルで身体を拭き、持ってきていた着替えに着替える。そして、軽くドライヤーで髪を乾かすと、はい終わり。
これが私の風呂の入り方だ。
現実世界における冬場はさすがに寒いから湯船に浸かったりもするけど、この空間の気温はおそらく現状私が予想するには中にいる人間――つまり私たちが生活するうえで最適な気温に設定されている。
だから、体が冷えることもないからシャワーだけでも十分なわけ。
無駄な時間と労力を使わずに済むしね。
そして、髪を乾かし終えた私はタオルを一枚手に取って首にかけて風呂場を後にしようと出入り口のドアに手をかける。
ちなみに入ってから出るまでの所要時間は大体十五分くらいだ。
「さってと」
そして、私も人間なのだから昼から何も食べていないとお腹は減る。
起きたときはそこまででもなかったが風呂に入ったことでその空腹の主張も段々と強くなり始めていた。
今回も百合神に何か出してもらうとするか、そんなことを考えながらドアノブを回し再び真っ暗なメインルームへと出る。
――ガチャ。
――ガチャ。
が、次の瞬間何故かドアの開閉音が同時に二つ響いた。
一つは当然私のもの。
そしてもう一つは、
「うわっ、暗い。…なんで?」
風呂場から少し離れたドアが開いており、そこから聞き慣れた――とはとても言えないが何度か聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「「あ」」
そして、今度は音ではなく声が重なる。
そこではちょうど私の同居人が自分のプライベートルームから顔を出したところだった。
――これが私のいつもとはちょっと違う夜の始まりだった。
今年最後の更新です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!感謝感激です!!
来年も何卒本作をよろしくお願いします♪




