Episode-8 『百合談義・超清純派女優の場合』
私は女優だ。
だから、笑顔も怒りも涙も感情による副産物はしっかりとコントロールできる自信があった。
それでも、あのときに瞳の奥から溢れ出る涙を止められなかった。
心配してくれる紗凪ちゃんの声を半ば無理やりに振り切り、私は自分の部屋に小走りで駆け出した。
そのままドアを閉めて、鍵もかける。
そして、両手の袖で涙を拭う。
これからとる行動はもう決めていた。
どうしても言いたかった。どうしても伝えたかった。
この気持ちを――。
部屋にアンバランスに置かれた電話ボックスに飛び込み、受話器をとる。
それだけで電話はつながったようで、呼び出し音が鳴る。
そして、待つことしばし。
「…やあ、どうした?」
と若干だが不安げな百合神様の声が届く。
しかし、その時の私にはそのことに気付けなかった。
それどころではなかったのだ。その声を聞いた瞬間にある思いに支配されていたのだから。
そして、私は口を開く。
「先程の百合神様のお考えと思い、感銘を受けました! この虹白夜、心の底から感服いたしました!」
「…は?」
返ってきたのは気の抜けた様な百合神様の声。
またまた~、そんなリアクションしちゃって~!
「特に百合は女子に始まり女子に完結するというくだりは最高でした! 名言ですよ、名言! 気づいたらもう涙が溢れるのなんのって!」
「おっ、おう…。え? それが涙のわけ…か?」
「はい、もちろん! 感動により溢れ出る涙はどうあっても止めようがありませんでした」
「おおっ、そうだったのか。 うん? ということは、もしかしてお前は――」
「はい、百合好きです。大好きです。もうほんっと好きです!! というか、こんなところに呼び出すくらいなのだからてっきりご存じなのかと? それで私を選んだのではなかったんですか?」
「いや、決まった年齢帯でその他にいくつかの条件を整えただけでお前たち選んだのはほとんどランダムだからな。嗜好や性格までは考慮してはいないさ」
「なるほど~」
ほう、つまり私と紗凪ちゃんが選ばれたのは運命という訳ですね。
あらやだ、素敵♪
「しかし、本当に私の中の信仰心が凄いことになってますよ! いや~、ホント百合に男とか心の底からいらないですよね!! 同意も同意です!」
「うっ、うむ…」
「個人的には百合作品だとヒロインに元彼がいるってだけでも私からしたら地雷ですね。百合漫画とかでもそういう設定が出た時点でなんか萎えちゃうんですよね! だってそんな設定出す意味あります? 百合と面打っておいてそんなことをするなんて、作者が何を考えているのか私にはまっっったく理解できませんね!!」
「…うん、いや…私は別にそこまで過剰に言っているわけでは――」
「そりゃまあ、現実世界ではそうはいかないかもしれませんよ。可愛い子にはそりゃそれなりに誰かと付き合った経験ぐらいあるでしょうよ。でも、でもですよ、フィクションの中でそんなリアルな描写いりますか!? なんでそんなことしてちょっと読者にしこりを残すようなことするんでしょうね!」
「いや、あの…さっきからちょっと論点がずれてる気がするのだが」
ヤバい、話してたら段々とヒートアップしてきてしまった。
頭の中に連載を追っていた百合漫画が最終話でいきなりヒロイン二人ともが男と結婚したときや話の途中で出てきた謎の同級生(男)とヒロインの一人が過去に結婚を前提に付き合っていたことが判明したときの様な頭をトンカチで殴られたような衝撃とトラウマが再発する。
なんで作者はあんな読者の絶対に求めていないであろう展開を書こうと思ったのか。
あー、思い出したら今度は気分悪くなってきた…。
過去には、もしかしたらそれを受け入れられない私が百合作品を嗜む資格がないのではないかと思ったこともあった。他の百合好きはこれをすんなり受け入れられて、そこに引っ掛かり続ける私がおかしいのだと。
でも、そんなことはないといま確信した。
何故なら、私のこの思考のバックには百合を司る百合神様が付いていることが判明したのだから。
百合神様がそれが正しいと言うのだ。ならば正しいはずだ。
真の百合――そこには現在も過去もそして未来にも男など必要性のかけらもないのだ。
「ふぅ、すみません。ついカッとなっていしまいました」
まあ、とはいっても紗凪ちゃんがいなく演技をする必要が無いためか必要以上に熱く語ってしまった。
そこは反省、反省。
「いや、まあお前が百合に対する熱い思いを持っているということはわかったよ。それで、あれか? この電話は私にそれを伝えるためだけのものということか?」
「はい、百合神様のお話を聞いて溢れ出る思いを伝えたくてお電話してしまいました」
「そうか」
と、どこか安心した様な百合神様の声。
どうやら、何か勘違いがあったように思える。
……………。
いや、それはそうか。
冷静になってみれば考えると、あんな風に急に泣いて部屋に引っ込めば周りも動揺もするだろう。
――――……………って!?
「さ、紗凪ちゃんは何か言ってました!? ああっ、どうしよ!?」
そうだ、紗凪ちゃん!!
自分のとった行動を思い返し、一気に血の気が引く。
やばいっ、変な人って思われたかもしれない!?
完全に一時のテンションに身を任せてしまったことを今さらに後悔する! せっかくいい感じの関係性を築きかけてたのに!
あー、私は馬鹿か! 絶対に百合神様と話すことより紗凪ちゃんとの関係性の方が大切だろうに!!
「…まったく、この部屋は問題児が一人いて大変かと思っていたが――どうやら二人とも問題児だったようだな」
そんな焦りまくる私の耳に百合神様の呆れた様な声が受話器の向こうから届く。
しかし、女優である私にはわかった。その呆れ声はどこか楽しそうでそして優しい声音だった。
「それはどういう?」
「あの小娘ならお前を元気づけようと何やら料理してたぞ」
「ええっ!? なんていい子なの、紗凪ちゃん! 好き!!」
「それを私に言われても困る…。さあ、わかったなら早く行ってやれ。そろそろ、できあがる頃だろう」
百合神様の言葉に私は「はい」と頷き、受話器を耳元から離そうとする。
が、そこで少しだけ思い悩む。
…うん、ちょっとだけ勇気出してみよっか。
そして再び受話器を耳に当てると、
「百合神様」
「ん?」
「ここに誓います。あなたに今までこの世に生まれた中で最高の百合をお見せしますよ。私と紗凪ちゃんの二人で――」
言ってしまった。
完全なる意思表示。もう後戻りはできない。
その言葉に少し間を置き、百合神様から「それは楽しみだ」と嬉しそうな返答が返ってきたところで通話は切れた。
そしてそれと同時に、
「虹白さーん! 準備できたんで、飯にしましょ~」
ノックと共に紗凪ちゃんのそんな声がドアの向こうから聞こえてきた。




