Episode-EXTRA5 『ルーム13・不幸系クールガールの場合』
人生で一番発した言葉は何だろう?
いきなり問われると中々に難しい問いだと思う。時間をかけて考えても答えは出ないし、出たとしてもそれがあっている保証もない。
せいぜい「ありがとう」とか「すみません」とかそんなベーシックなものだろう。
ではこのよくわからない空間に来て、私が一番発した言葉は何だろう?
正直、それは即答できる。
「相方変えてくれ」
私の場合はこれだ。当然だろう、あの異常者とこれから一年の間同じ空間で一緒に暮らすことを私は強いられた、というか現在進行形で強いられているのだから。
言った相手は、もちろん百合神。こっちはこっちで別のベクトルで異常者――というか異常神だが、この場では頼れる相手はこいつしかいないのもまた事実。しかし、残念ながらその願いは未だ叶えられていない。
というか、叶えるつもりは無いのだろう。
「はぁ~」
ザ・溜め息ってな感じの息を吐きながらフライパンを振る。
フライパンの上ではベタなハムエッグが焼き上げられていた。そして、トースターにも食パンを二つセット済み。
ご飯作りは日替わり当番。そして、今日の当番が私というわけだ。
「そろそろ起きてくる時間だけど…」
視線をあの人の部屋に向ける。
時刻は七時半をまわろうとしているが、未だにメインルームには私しかいない。
「まあ、起きて来なかったら来なかったで別にいいけど。待ってる義理はないし、先に――」
と、そこで視線の先のドアノブが回るのを眼にしてしまう。
噂をすれば影がさす、とはよく言ったものだ。
つーか、『影がさす』と『なんとやら』ってなんで同じ五文字なのに『噂をすればなんとやら』って言うんだろ?
「おっはー、ミチルちゃん」
そんなくだらないことを考えていたら、とびきり元気な声と共に軽い寝癖の付いた頭の同年代の女性(無駄に美人)が部屋のドアから現れた。
この女こそが先程言った異常者である。
「どうも。あと数分でご飯出来ますけど…間に合います?」
「ふっふっふっ。笑止千万だよ、ミチルちゃん。私はめちゃくちゃすぐにイケることをもう知ってるじゃない」
「…これっぽっちも知りたくなかったですけどね」
得意げに笑うと、その足取りはそのままトイレへと向かう。
彼女のいつもの日課だ。
――と思われたが、
「あっとと、あれ忘れてた忘れてた!」
「?」
すぐにUターンして自室へと戻っていく異常者。
扉を閉めもせずに、自室に飛び込み。そして光の速さでまた戻ってくる。
変化してるのは一か所。その右手に握られた携帯端末だけだ。
「さ~ってと、今日の朝は何にしようかな~♪」
その画面を上機嫌にタップしながら、今度こそトイレに向かう。
が、
「どうしたんですか?」
その足取りはまたしてもトイレに到着することなく停止する。
そして、何故かその視線をメインルーム内のソファに留まった。
…おい、まさかこいつ!?
悲しいかな、私はそれだけで彼女が何を考えているのか何となく察してしまった。何度か見た光景である、その瞳が怪しく光っていたからだ。
あー、嘆かわしい。何でこんなやつの生態に詳しくならなきゃならんのだ。
「…ミチルちゃん。あの~、特例で今回はソファでやっていい?」
「いいわけねぇだろうが!!」
その口から出たのは予想通りの言葉だったため、私は敬語を辞めて感情のままに一喝した。
うん、やっぱこいつ頭おかしいわ!! 異常者どころの騒ぎじゃないわ!!
「むぅー、残念」
そして、私がそう答えるのがわかっていたかの様に物わかり良く彼女は頷くと、三度目の正直とばかりにトイレの中へと消えていった。
「あー、マジで相方変えてくれないかなぁ…」
はい、回数がさらにもう一回上積みされました。
***―――
そして、二分後。
綺麗に今日の食材をテーブルに並べ終えたところで、「ふぅ~」というスッキリした声とやけに艶のあり尚且つ邪心の一切合切がなくなったかのような顔をした彼女がトイレのドアを開けて現れた。
「手、洗ったんですか?」
「モチのロンだよ。私って常識人だし。わぁ、美味しそ~。ハムエッグってベタだけど最強のおかずだよね。あっ、ちなみに私のさっきのおかずは――」
「余計なことを言わなくて結構です、耳が腐りますんで」
話を途中で遮り、「いただきます」と両手を合わせる。
理由は単純明快。聞くに堪えないからだ。
そんな私の態度に彼女は「ちぇ~」と残念そうにしながらも私同様に両手を合わせ行儀よく「いただきます」をした。
そしてお手本の様に綺麗な箸の持ち方でハムエッグを掬いパンの上に乗せると、それを凄まじく美味しそうに食べ始める。
「………」
「? なーに?」
「いえ、なんでもありません」
まったく、どうせなら他のこともちゃんとしてなけりゃ心から嫌いになれるのになぁ。
…いや、それはそれで一緒に暮らすのが余計しんどいか。
そう、彼女が自分のことを常識人と言うたびに戯れるなとは思うのだが、いかんせん実際に彼女はこと生活面に置いては普通に常識がある。
彼女の持つ異常な面は一つだけ。問題はその一つが一緒に暮らすうえでメチャクチャ深刻だということなわけだ。
「新井谷さん、今日の晩御飯希望とかありますか?」
特に決まった話題があるわけでもないので、何となくでそんなことを聞いてみる。
すると彼女――新井谷涼子は意外そうな顔をした後に「そうだな~」と考え始める。
「今さらながらミチルちゃんの得意料理って?」
「基本的に料理に得手不得手はないです。オーソドックスなメニューなら何でもできますよ」
「じゃあ、いつも通りでいいよ。私ミチルちゃんの味付け好きだしね。毎回料理が出てくるのをテーブルで待ってる時のワクワク感が好きなんだよねぇ~」
「…そうですか。私も新井谷さんのお料理は好きですよ、どこで習われたんですか?」
「私? いやぁ~、うちの家柄が結構昔からの由緒正しい名家ってやつでね。今時珍しいぐらい昔っから色々とやらされたのよ。お料理もその一つ」
「へぇー…」
「特におばあちゃんが厳しっくてね、ホント大変だったよ。でもほら、私真面目だから全部きっちりこなしたわけですよ。そのおかげで今や才色兼備の超ハイスペックガールなわけ」
「よく恥ずかしげもなく言えますね…」
そのあっけらかんとした自画自賛に牛乳を飲みながら思わずそんな呆れた声を漏らす。
つーか、やっぱ育ちよかったのかこの人。どうりで色々と仕草に品があると思った。まあそれを帳消しにするくらい下品なとこがあるわけだけど…。
「う~ん」
「? どうしたんですか?」
するとそこで新井谷さんが唐突に何考え込むように顎に手を当てる。
そして、
「ねえ、ミチルちゃん。私達ってここで一年間生活するんだよね」
「願わくば今すぐ終わって欲しいですけどね。…まぁ、たぶんそうなるでしょう」
「だよね。だから始めのうちに私の秘密についても知ってもらうべきだと思うんだ。――だからさ、ミチルちゃん、唐突だけど私にかけられた呪いの誓いについての話を聞いてくれる?」
「いえ、大丈夫です。興味ないんで」
「そう、あれは思い返せば最初は小学生の頃まで遡るかな――」
めんどくさそうだったからキッパリと断ったら、勝手に回想に入り出しやがった…。
「はぁー…」
こうなれば諦めて聞くしか選択肢はない。なんだよ呪いの誓いって。ファンタジーの世界で生まれたんかこいつは…。
そうして私は大きくため息をつきながら。テーブルに頬杖をついて一応の聞く姿勢をとった。
あー、心の底から思う。相方変えてくれないかなぁー。
この話次第では百合神に直談判も考えるか。




