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Episode-58 『お酒は飲んでも呑まれるな・超清純派女優の場合』


 あれは私が二十歳の誕生日を迎えた日のこと。


 うちの両親は二人とも年中大忙しの仕事人間だったが、それでも私の誕生日だけは二人とも必ず仕事を休んで私のことを祝ってくれた。

 その日は決まって外食ではなく一年に数回の母の手料理を食べて、自宅で家族水入らずで過ごす。

 二十歳の誕生日で今までと違ったのは、私が成人を迎えたということだった。つまり、法律的に飲酒喫煙が可能になったのだ。


 とは言っても、喉を痛めたり健康を害したりしないためにタバコは別に吸うつもりは無かった。

 それにお酒の方もあんまり興味が無かったので、成人したからといって今日明日から飲み始めようとは考えていなかった。

 

 ――のだが。


 実はうちのお父さんお母さんは結構お酒が好きなのだ。

 それ故に、娘とお酒を一緒に飲むのをことのほか楽しみにしていた様で、食事が一段落ついたところで父がいつの間にやら買ってきていた私にも飲みやすいような高級なシャンパンを冷蔵庫から持ってきた。


 ちなみに「普通シャンパンって食後じゃなくて食前じゃないの?」、とツッコみたくなったがまあ結構そんなのはテキト―な父なのであえてツッコまなかった。野暮だしね。

 そして、別に進んで飲む理由はなかったが、進んで飲まない理由もなかった私は「一緒にお酒を飲もう」というその両親の申し入れを二つ返事で受け入れた。


 が、ここでまた予想外のことが起こった。

 そう、初めて飲むお酒は結構美味しかったのだ。勿論シャンパンが相当上物だったのも理由の一つだろうがそれを差し引いても凄く美味しかった。

 それが私が初めてお酒を飲んだ時の記憶だ。


 ――と、まあこんな風に綺麗に終われたならそれでよかった。よかったのだが…この話には続きがある。


 途中までは覚えているのだ。

 お母さんの料理をちょびちょび食べながら、シャンパンをグビグビ飲んだ。そうしているうちに、いつの間にか私はそのまま寝てしまったのだと思う、というかそう記憶していた。

 

 しかし、事実は違ったようで…、


 私が起きたときに私が見たのはうめき声をあげて何故か顔に油性マジックで落書きをされまくったままソファに横になる父と同じくゲッソリとした顔でその父に覆いかぶさるように倒れている母の姿だった。


 そして、その日の昼。

 二日酔いから少し回復した父と母から、私はお酒を飲むにあたる三カ条を出された。


 一つ、両親と一緒にいるとき。

 二つ、家に一人でいるとき。

 三つ、心から信頼できる人といるとき。


 上記のいずれかでない限り、飲酒を禁じるというものだった。


 ――そう、二十歳の誕生日。その日は成人したと共に、私の酒癖の悪さが新たに発覚した日でもあった。


***―――――


 はい、回想終了。

 何が言いたいかというと、この私はお酒を飲むとあまり好ましくない変化を遂げてしまう可能性があるのだ。


 ちなみにその誕生日以降、私はその三カ条を律儀に守り、一と二でしかお酒を飲んでいない。

 まったく我ながらなんて健気な娘だこと。


 そして、私がお酒を飲むとどうなるかと言うと、お母さん曰く「普段は5鬱陶しいくらいなのが100鬱陶しいくらいになる」らしい。

 それを聞いた時「私は普段でも5鬱陶しいもあるんかい!」という感想ももちろんあったが、「100鬱陶しいってどんなのだよ!?」という感想の方が強かった。だって単純計算で通常時の20倍の鬱陶しさって、洒落にならんでしょう!

 更にお母さん曰く、私は俗に言う絡み上戸的な感じらしいのだが、「それでも100鬱陶しいか~」と当時は軽く凹んだものだ。


 が、しかしだ。

 私は先程も言ったようにそれ以降はお酒と健全に付き合ってきた。

 家で飲む回数も一回に飲む量もしっかりと定めて、アルコールに支配されるのではなくアルコールを支配するよう努力してきた。

 それ故に、最近はそれにより寝落ちすることも記憶をなくすこともない。ちょっと家で一人テンションが高くなるくらいだ。

 そう、今の私はあの時の私とは完全に別物なのだ。


 だから、この紗凪ちゃんからのお酒のプレゼントも大丈夫! 行けるはず!

 そう確固たる決意を持って紗凪ちゃんがお酒を見せてきたときに一瞬胸中に浮かんだ不安の根っこを直ぐにむしり取る。

 

 そう、それに同じ轍を二度も三度も踏むわけにはいかない。

 運動場の時もさっきの散歩のときも私の不安だったり疲れだったりは、女優とは思えないわかりやすい反応をしてしまい、紗凪ちゃんにすぐばれた。ならば今度こそ完全に私は演じ切る。


「わぁ~、凄い。色々あるねぇ」


 そして、長い長い精神世界での独自から帰ってきた私は紗凪ちゃんが見せてくれたお酒のビンを覗き込んで驚きつつも笑顔で感想を言う。

 あれ? でも運動場のってことは…?


「でも、運動場ってことはあのバッティングセンターのミッションみたいなのを色々やったってことでしょう。大変じゃなかった?」


「いえいえ、全然楽勝でしたよ。これがサッカーのフリーキックで、これがバドミントンのラリー、ほんでこれがまさかのスポーツクライミングでしたね。まっ、ちょいと夜に汗かいたんでシャワーは浴びましたけどね」


 ヘヘッ、と少し恥ずかしそうに頬をかく紗凪ちゃん。

 なるほど、これで脱衣所の謎は解けた。

 私のために夜遅くまで汗をかきながらお酒を取ってくれてたんだね、…私のために!

 ヤバい、嬉しさと感動で泣きそう。それに紗凪ちゃんは楽勝と言ったがそこそこ時間がかかったんじゃないかなぁと私は思う。だって、いつもより少し起きるのが遅かったのもきっとそれが原因だし。


 そして、そんな紗凪ちゃんの努力の結晶を断るなどという選択肢はあろうはずもない。

 何より誠意には誠意で答えねば!


 お父さん、お母さん。

 初めて三カ条を破りま………ん? 

 いや、ちょっと待って。あー、別に破ってはないか。


 ―――だって、今の私は心から信頼できる人と一緒にいるんだから。


 というわけで私は初めて三カ条の三の状況でお酒を飲んでみることにした。

 

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