Episode-56 『花見本番・関西弁JKの場合』
「おー」
夜さんが目の前で広げてくれているお弁当を見て思わずそんな歓声が漏れる。
いや、夜さんが料理上手なんはこの一週間で百も承知になっとったんやけど…。
それほどになんというか気合いの入ったお弁当やった。まさかの四段弁当やし!
「これ、作るのにそこそこ時間かかったんとちゃいますの?」
そのお弁当の豪華さに思わずそう夜さんに問いかける。
素人目に見ても数十分でできるもんやないのはわかるし、もしや夜さん結構早起き?
すると、夜さんは少しだけ困った様な顔を浮かべながら、
「まあ、ちょっとだけ早起きしたぐらいだよ」
「あー、やっぱし。…なんかすんません、そうとも知らずうちはガッツリ爆睡してもうてて」
「ううん、そんなことないよ! 私が勝手にやったことだし!」
そうブンブンと手を振って、本気でうちの自虐のような言葉を否定する夜さん。
そして「それに」と前置きし、
「紗凪ちゃんに喜んでもらえるなら早起きの一つや二つドンと来いだよ。美味しいって言ってもらえれば疲れなんて吹き飛んじゃう♪」
コミカルな笑顔で夜さんがグッと拳を握る。
――あかん、後光が見える。
この人は女神の生まれ変わりかなんかなんやろか?
前も似たようなこと思うた気がするけど、百合神は神の座を夜さんに譲るべき。いや、お譲りするべきやろ。
「――! はい、じゃあもうメチャクチャ味わって、メチャクチャ美味しく食べさせて頂きます!」
夜さんと同じくグッと拳を握り頷く。
その夜さんの優しさに心打たれたうちにできることは、文字通りその努力の結晶を心から堪能させてもらうことや。
そんなうちの反応に夜さんもフフッと上品な笑顔を浮かべてくれる。
ふぅ~、それにしても優雅な花見やで。
「ほんなら、いただきます」
夜さんから手渡された割り箸を割って準備万端。
だったのだが…、
「う~ん、こんだけ色々あるとどれから食べていいか迷ってまいますね。一番の自信作とかあります?」
いざ食べはじめようかと思うと、マジでどれから手をつけていいかわからない。それだけ種類豊富の具材の入ったお弁当やった。
というわけで、迷い箸はよーないんで直接夜さんにそんなことを聞いてみる。
すると夜さんは「うーん」と少し悩んだ素振りを見せると「じゃあ一番煮込んで時間かかったこれかな」とお弁当箱の中のチャーシューを指差した。
「おー、たしかに美味しそう。ホンマ夜さんは何でも作れますね」
「ふふっ、簡単なレシピだけどね。本当はもうちょっと寝かせる一手間があると更に味が染みるんだけど」
「いえいえ、これでもメッチャ美味しそうですよ。ほんなら頂きますね」
謙遜する夜さんを余所に箸でとったチャーシューを口に運ぶ。
すると口に入れた瞬間に肉汁が弾け、そして染み込んだタレの旨みが送れて沁み渡ってきた。
――――!?
「って、うまっ!? お店のみたいや!」
「そう、よかった~」
マジでその美味しさに驚くうちを見て、夜さんが安心半分嬉しさ半分と言った様子で息を吐く。
「いやいや、これホンマ美味しいですよ。というかこれとか絶対うちのおかん作れませんて」
「またまた~」
「いや、冗談ちゃいますて。今さらながら夜さんっておかんどころかお店やっとるおとんクラスの料理の腕前な気がしてきますわ」
「それはさすがに褒めすぎな気がするけど…、でも紗凪ちゃんが喜んでくれて嬉しいよ。ささっ、どんどん食べて」
「はい、どんどん頂きます!」
そして、うちは夜さんが作ってくれたお弁当を心ゆくまで堪能さしてもらったんやった。
これって女同士で使う表現やないのかもしれんけど、うちって完全に夜さんに胃袋掴まれかけとる気がするわ。
先の話やけど、帰ったときにおかんの飯に違和感感じへんやろか…? この夜さんの絶品料理を一年食べたら舌が肥えまくる気がするわ~。
――まっ、先の話はええか。
とりあえず思いがけず夜さんからメチャクチャ楽しませてもらった訳やけど、今度はうちのターンやで。
そう逸る思いを抑えながら、うちはシートの端の方に置いとったクーラーボックスへと視線を向けた。




