Episode-EXTRA4 『ルーム07・楽天家無職の場合』
ふぅ~、最初に無理やり脱衣所に連れて来られて服を脱がされた時は「あれ、この人ってガチでそっち系!? それも肉食系!?」とビビりまくったけど、どうやらいらない心配だったみたいだね。
ただの凄く面倒見のいい人でした~ってオチ。
いやぁー、第一印象は生真面目でお固そうなキャリアウーマンって感じだったけど、人は見かけによらないね。反省反省。
それにこの強めの洗髪も段々と癖になってきたかも。毛穴から綺麗にされて、髪が再生させられているような気がする。
いやはや、最初にあのお面の自称神様にこの状況を聞かされた時には「うへー、めんどくさそう」ってなったけどこの相方さんとなら何とかなるかもしれんね。
「ふぅ~。なんか気持ち良くなってきたかもです」
「でしょう。毎日お風呂入って髪も体も洗えばそれだけでサッパリしてリフレッシュになるの」
そこで私の頭をポンとたたき、手が頭を離れる。
「荒宿ちゃん。シャワーとって」
「はいな」
「ありがと」
少し椅子から腰を上げ、備え付けのシャワーを取って青葉さんに渡す。
ちなみにこの人の名前は青葉七生さん。あっちは私のことを荒宿ちゃんと呼んでることだし、私も青葉さんと苗字呼びすることにしている。
そして、青葉さんが自分の手でシャワーの温度を確かめて「流すよ」と一言言うと私の髪にシャワーのお湯がかかる。
「ふぅー」
青葉さんの手で髪の泡が丁寧に流されるのがわかる。
確かにサッパリ。頭の上で繁殖していた菌がそっくりそのままお湯と共に流れていってる感覚がする。
「どうも~。というか青葉さん上手ですね、美容関係の仕事とかしてるんですか」
「ううん、出版関係だよ」
「お~、エリートですね」
「そんなことないよ」
まさに見た目通り。エリート顔してますもん。
出版でもピンキリあるだろうけど、たぶん青葉さんところはトップオブトップだね。
意識してはいないだろうけど「そんなことないよ」の声が若干弾んでたし。意外とわかりやすいね、青葉さん。
「…えっと、答えづらかったらいいんだけどさ」
すると、そこで若干だが青葉さんの声のトーンが下がる。
むっ、言い方的に私に何か聞きたいことがあるのかな?
「別に答えにくいこととかありませんよ~」
「…そう。じゃあ聞くけど、荒宿ちゃんって中学か高校かはわからないけど学生さんだよね? それでさ――」
「? 違いますよ」
「……へ?」
私の答えにその容姿からは想像できないような間抜け声が後ろから聞こえてきた。
口ぶり的に「学生だよね」(確認)→「○○なの?」(本命の質問)てな流れを青葉さんは想像していたんだと思うんだけど…。
いやぁ~、今も私ってそんな若く見えるんだね~。
「え~っと、…あれちょっと待って、混乱中。それはつまり荒宿ちゃんは普通に働いてるってこと?」
「いえ、普通に無職ですよ。働いてたらこんなボサボサ頭してませんって、やだなぁ~もう♪」
「…………」
生真面目なエリートだけどそんな抜けた質問もする。青葉さんってアニメのキャラみたい~。
とまあ、この時の私はそんなことをのほほ~んと考えるだけで、後ろの青葉さんの額に若干青筋が浮かびかけていることが全く予想できていなかった。
多分、久方ぶりに身内以外と話してハイになってたのかもね!
「――えっと、一応聞いておくけど荒宿さんって何歳?」
「んー、24ですよ~」
そう何の気なしに応えた瞬間にガタンと後ろで青葉さんが立ち上がる音が耳に届く。
びっくりしたー!
「どうしたんですか、青葉さ――」
「立って」
「はい?」
「立ちなさい」
「はっ、はいぃ!」
えぇ、急にキャラが変わっちゃったよ!
そして、その謎の圧力のある声に私はピシィッと立ち上がるしかなかった。
人生で一番背筋が伸びたかもしれない。
そして、よく見ると青葉さんの手にはいつの間にかボディソープが抱えられていた。
それを――、
「ちょっ!? ええっ!?」
何故か、一心不乱に私の身体にかけまくる青葉さん。
気でも触れちゃったの!? 無言なのがまた怖いんですけど!?
そして、それを続けること一分くらい。
見方によれば、全裸にシャンプーの原液まみれという若干エロティックな身体になった私の見て、青葉さんがしかめっ面で「うん」と頷く。
いや、せめて満足そうに頷いてくださ―――。
「って、ギャアアアアア!?」
しかし、そんな心の中の感想を言う時間すら貰えずに今度は何故かお姫様抱っこのような形で身体が持ち上げられる。更にそのまま青葉さんは私のことを抱えながら歩き出してしまう。
ちょっ!? マジで意味がわからないんですけど!!
――ハッ、これはもしや私の最初の予感は正しかったのでは!
刹那の思考でそんな考えが再び浮かぶ。
最初に思った青葉さんはそっち系という説だ。
つまり最初は私を中高生と勘違いして大人の理性で気持ちを押し込んでいたが、成人していると判明したことにより理性のタガが外れてしまったのではないかということだ。
ありえる! ならば、さっきのボディソープ連射も下味をつける的なやつかもしれない! 肉や魚に対する塩コショウ的な!!
つまり、これから私はこのままこの人の部屋に連れていかれ文字通り食べられてしま―――あれ?
瞬間的な思考で妄想が限界突破しそうになったところで私は気付く。
青葉さんが歩いていた方向、そこには脱衣所と反対方向のこの大浴場で一番大きなお風呂があった。
そして、いつの間にかそのお風呂の前まで私と青葉さんは来ていたのだ。
「…青葉さん?」
そこからなんとなーく次に何が起こるかを察した私はビビり声でそう問いかける。
が、青葉さんの方は私を見もせずにフーッと大きく息を吐くと、
「同い年じゃねぇーか!!!!」
そんな叫びと共に私をお風呂へとスローアウェイ!
って、そんなこと言ってる場合じゃ―――ぶはっ!?
「―――――」
「ゲホッ、ゴホッ…!! ぷはぁ! なにするんですか!?」
思った以上に水深が深く、尚且つ横向きに放られたことでどこかを打つようなことはなかったが、それとこれとは別だ。というか、思いっきり水飲んだし!!
とりあえず自ら顔を上げ、呼吸を確保して何故か仁王立ちしてこちらを見下ろしている青葉さんに問いかける。
「髪の後は体を洗うのが普通でしょ」
「どんな洗い方ですか!? 髪洗ってくれた人と別人なんですけど!? 本物の青葉さんを返して!」
「安心しろ、本物の青葉さんだ。そっちこそ、私の純粋な気持ちを返せ。ちょっと複雑な事情を抱えつつも素直で妹みたいな中高生の子の髪を洗っていたと思ったら、同い年の無職の髪を懇切丁寧に洗っていた私の気持ちがわかるか?」
「それはそっちの落ち度でしょうが! 私を合法ロリ巨乳ではなくただのロリ巨乳と勘違いした青葉さんが悪いですよ! ――って、ああ!?」
と、そこで私が体のバランスを崩し倒れ込むように再び水面に身体を倒す。
「ブハッ…!? やっヤバッ、足捻った! ちょ、助けて、青葉さん!!」
「…ったく、しょうがないなぁ、もぉ!」
そんな私にお風呂へ足首まで入って手を伸ばしてくれる。
ああ、やっぱり普通にいい人なんだね、青葉さん。
そして、―――ククッ、かかりおったわ。
「うわっ!?」
その手を掴み、思いっきり青葉さんもお風呂へと引きづり込む。
「フッフッフッ、引っかかりましたね青葉さん」
「ぷはぁ!」
「お風呂に女子二人なのですから、一緒に湯船につかるのがセオリーですよ。さあ、混浴と洒落込み…ましょ…う…か?」
湯船から顔を上げるキレる5秒前といった表情の青葉さんと目が合い、声に段々と元気がなくなる私。
あー、引きづり込んだ後の対応は考えてなかったぁ~。
「言い残す言葉はある?」
うひょー、現代日本じゃ時代劇ぐらいでしか聞かない言葉だぜ。
あれ? もしかして、私って殺されるの?
――うん、これは覚悟を決めるしかないね。
男子同士は喧嘩で友情が芽生えるって言うし、それを女子同士で実践してみますか。
「…えっと、とりあえず青葉さんが引っ掛かってるらしい無職の理由についてを釈明します」
「ほう、言ってみなさいな」
「実は私――親がメチャクチャお金持ちなんですよ♪ あと今の青葉さんお湯で下着が透けててセクシーですね♪」
渾身の笑みで放ったその言葉を皮切りに、ボディソープで泡立つ温泉の中での格闘劇が始まった。
――拝啓、お父様お母様。
心配はいりません、というか現実の時間が止まっている様なので心配も何もないかもしれませんが、私は元気でやっていますし、やっていけると思います。
この生真面目で辛辣だけど面倒見がよくて、でもどこか抜けててそこがまた面白い同い年のキャリアウーマンとこの奇天烈な空間で面白可笑しい生活を送っていこうと憩は思います。




