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Episode-EXTRA3 『ルーム07・リアリスト社会人の場合』


 私のこれまでの人生に躓きは無かった。

 もちろん、多少のトラブルや想定外の事象はあったが、それでも中学生時代に描いた人生年表通りの道を歩み続けていると言っても過言ではないだろう。

 一度の挫折もなく希望の一流大学を卒業し、希望の一流企業に就職した。そして、今もバリバリに仕事に取り組み、お金も稼ぎ、入社してそれほど時間は経っていないが順調に出世街道を歩いている。


 そう、全ては思い描いた通りの順風満帆の生活のはずだった。

 

 ――ここに召喚される前まではだ。


「ちょ、ゴシゴシしすぎですよぉ~」


「マガママ言わない! まったく、何でこれで平気なのよ!!」


 そして、私は今何をしているかというと大浴場にてTシャツに裾をまくったジーンズ姿で全裸の知らない女の子の髪を懇切丁寧に洗っていた。

 

 …いや、知らないって言ったらちょっとおかしいか。

 名前はさっき聞いた。荒宿あらやどいこいちゃん。歳はわからないけどたぶん中高生くらいだろう。そして、私の同居人であり百合神とやらのよくわからない計画の被害者仲間だ。

 

 なんでその同居人の髪を私が洗っているかというとその理由は簡単。

 この子の髪がメチャクチャ汚かったからに他ならない。

 

 最初は「ボサボサだな~」程度にしか思っていなかったのだが、百合神の説明が終わり少しして、何の気なしに「よくわからないことに巻き込まれたけど、これから一緒に頑張っていこうか」とポンと彼女の頭に手を置いた時に、ヌメッとしたのだ。

 その瞬間に背筋にゾワッとした感覚が奔り、即お風呂場に直行したという流れだ。

 そして今に至る。

 

「最後に頭洗ったのはいつ?」


 シャンプーを通常の三倍増しで使い、泡だらけになった少女の髪を洗いながら恐る恐る問いかける。

 すると、


「う~ん、一週間くらい前ですかねぇ」


 そんなとんでもない答えが返ってきた。

 …あっ、やばい。クラッときた。

 うそでしょ、一週間洗ってないってそんなの状態で暮らせる現代人が存在するの…?


「それは自分でもツラくないの…?」


「いや~、最初はキツかったかもですけど今は平気っすね。ほらよく言うじゃないですか、人は自分のにおいに鈍感だって」


「そっ、そうなのね…」 


 一切悪びれないどころか、何故か胸を張る様にそう少女が答える。

 というか、改めて見るとこの子って年の割に胸の方はかなり立派ね…。

 とまあ、不意にそんなことを思いながらも私は無難な受け答えをしつつ少女の髪を洗い続ける。


 あまりツッコんだ意見を言わないのにはもちろん理由があった。

 一週間もお風呂に入っていないこの子。流石にこのまま学校に通っているとは考え難い。つまり、その、あれだ…中々にナイーブな事情があるのではないかと私は勘ぐっているのだ。

 幸いにも身体に傷跡などは無く、バイオレンスな問題があるわけではなさそうなのが救いだ。


「でも、青葉さんでしたっけ。面倒見いいですね~。いきなりお風呂場に連れて来られて服を脱がされたときは、メチャクチャビビりましたけど」


「まあ確かにちょっと強引だったかもしれないわね。でも、流石にあの状態のまま放置はできないわ。清潔にするに越したことはないのよ」


「いやぁー、あたしもわかってはいるんですけどねぇ。めんどっちくなってついついサボっちゃうんですよ~」


「お風呂をサボるサボらないで考えるのが、そもそも私には理解できないわ」


 はぁー、と思わずため息が漏れる。

 まったく、困った子ね。でもまあ素直ではある様だし、しっかり会話もできる。こうして話していて愛嬌もあるし悪い子じゃなくてちょっと安心かしら。


「とりあえずここにいる間は毎日お風呂には入ってもらうわよ」


「え~、マジっすか…」


「マジよ。頭くらいなら洗ってあげるから」


「おー、そりゃ少し楽ですね。んじゃ、お願いします」


「もう、なによそれっ」


 無邪気に楽しげに笑う少女を見て、思わずこっちもフフッと笑みがこぼれてしまう。

 まったく手のかかる子。

 でも、まあ…私は上の兄姉はいるけど下はいないから妹ができたみたいでこれはこれで新鮮かもね。


 うん、最初は困惑と怒りと呆れでネガティブ全開だったんだけど、ちょっと長めのリフレッシュ休暇だと思ってみるのも悪くないかな。


 このとき私は思ってもみなかった。

 数分後、このを湯船に思いっきり放り投げることになるなんて!!

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