Episode-48 『花見前・超清純派女優の場合②』
紗凪ちゃんがいきなり現れたことで、ヘンタイの烙印を押される可能性のある危険な状況に陥りかけた私はその焦りからか短い間に二つの選択肢のミスをしてしまった。
いや、ホントにあと数秒紗凪ちゃんが来るのが遅かったり、私が行動に移すのが早かったりしたらヤバかったからギリギリセーフと言ったところだ。
まぁ、ひとまずそれは過ぎ去った危機として置いておくとして問題なのは二つのミスについてだ。
まず一つ。
紗凪ちゃんからタオルの有無について聞かれたときに普通に自分のタオルを取り出してしまったこと。
普段の私ならば、しらばっくれて持ってないふりをしたはずだ。
そうすれば、優しい紗凪ちゃんことだ。きっと使ったタオルを少し申し訳なさそうにしながらも私に渡してくれただろう。そして、私はその紗凪ちゃんの仕様済みタオルで同じく顔を拭けたはずだ。
…文字起こすと思いのほか気持ち悪い表現だが、実際にそうなったらそれはとても素晴らしいイベントだったはず。
そしてもう一つ。
話の流れで私がいい歳こいて化粧の一つもできない女であるとサラリとばらしてしまったことである。これはかなりでかいミスだ。
あー、もう! なにやってんだかなぁ、私!?
紗凪ちゃんに伝えたことに嘘はない。
私は女優として活動している今でもほぼほぼ化粧はしない。というか、自分では全くしないと言っても過言ではない。
紗凪ちゃんに言ったように撮影の時にメイクさんに軽くしてもらうくらいだ。
だって、昔からお母さんに『あなたは地球上で唯一、一切のメイクをせずとも常に美しくいられる存在よ』って言われてきたんだもん!! そのせいで、私も「あっ、そうなんだ」って普通に納得して育ったんだもん! だから、しょうがないじゃん!!
あー、今になって後悔が生まれる。
やはり、料理同様に使い道がその時無かろうとも準備をしておくべきだった…、不覚である…。
―――うん、まあ終わっちゃったことをこれ以上悔いてもしゃーなしだし、反省はこんくらいで切り替えますか!
それにこんな御託を並べておいてあれだけど、紗凪ちゃんは私がお化粧のおの字も知らないからってきっと気にしないだろう。うん、きっとそうに違いない。きっとが二回も続いてちょっぴり不安だが、大丈夫大丈夫。ポジティブに行こう。
「そう言えば紗凪ちゃんはどうなの? 最近の女子高生にとってはお化粧なんて当たり前とかテレビで見たりするけど」
とりあえず、脳内での高速思考を取りやめ、紗凪ちゃんにそんな風な話題を振ってみる。
まあ、聞いてはいるが答えは分かりきってはいるけどね。
「ハハッ、うちも全くやりませんよ。恥ずかしながら面倒で考えたことすらありません」
そう、あっけらかんとした様子で快活に紗凪ちゃんが笑う。
それでこそ紗凪ちゃん。いや、別にお化粧を悪いことだというつもりは全くないけれど、紗凪ちゃんはありのままの天然素材というイメージが私の中にあるのだ。
…というか、お母さんはああ言ってたけど私からすれば紗凪ちゃんこそ『一切のメイクをせずとも常に美しくいられる存在』だと思う。惚れた弱みと言われればそれまでだけど。
「フフッ、なら一緒だね」
「ですね~。まぁ、一緒言うても元のルックスレベルが比べたらあかんくらい全然ちゃいますけどね」
「そんなことないよ、紗凪ちゃんはすっごくすっごく可愛いよ。世界一可愛い」
「…………はい?」
「…………え?」
―――――――…あれ?
静まり返る洗面所。そして、横を向くとポカンとした顔の紗凪ちゃん。
それを見て、私もポカンとしたまま数秒。
その後に、ようやく遅れてサラリと先程自分が言った言葉を思い返す。
―――脳内で思っていた言葉がそのまま出てしまった!!
寝不足のせいか!? 寝不足のせいなのか!?
自分を卑下するかの様な紗凪ちゃんの言葉に反射的にそのまま心の声が表に出てしまった。そして、それを認識した瞬間にブワッと顔が熱くなるのがわかる。
やばい…、脳内で紗凪ちゃん可愛いと言って一人で盛り上がる分には大丈夫だけど、それを直に紗凪ちゃんに発信するのは今現在の私の精神のキャパを超えている。
それに何より紗凪ちゃんの反応が予想がつかない。
これはもはや運を天に任せる、ならぬ運を紗凪ちゃんに任せるしかない。
きっと紗凪ちゃんなら私の突然の謎の言葉を華麗に捌いてくれるはずだ。
ゴクンと自分の唾を飲む音さえも聞こえるほどに緊張する。
そして、ポカンとしたままの紗凪ちゃんの反応を待つこと数秒。
「おっ、おおきにです」
と、顔を朱に染めたままに紗凪ちゃんがぺこっと頭を下げる。
かっわいい~~!! キュンキュンする~!!
――よし、今度は心のうちに留められた!
というか、この紗凪ちゃんの反応は地味に予想外。これはもしや――チャンスあり!
「よっし、ほんならそろそろ向かいましょか。八時過ぎとりますし」
「えっ、…ああ。うん、そうだね」
が、まあ当然そんな上手くいくはずもなく、すぐさま紗凪ちゃんはいつもの状態に戻ってそう意気揚々と脱衣所の出口を指差した。
……うん、まあそりゃそうでしょ。それでこそ紗凪ちゃん(二回目)。
そう、これは私にとって前途多難の茨の恋路。そんなにすぐさま両想いになれたら苦労はしない。
しかし、だからこそやりがいがあるのだ。
まずその茨の恋路攻略の一翼として、今日のお花見withお弁当を紗凪ちゃんに満喫してもらうことだけを考えるとしましょうか。
「ささっ、花見楽しみですね」
「うん、そうだね♪」
こうして、ようやく私たちは花見前の朝の準備を終えたのだった。




