Episode-EXTRA2 『ルーム01・人見知りヤンキーの場合』
「ごちそうさまでした」
綺麗に食べ終えた焼うどんの皿を前に両手を合わせる。
我ながら中々の自信作だ。素材が良いこともあるだろうが、いつも以上においしくできた気がする。
が、空腹が満たされたことにより先程見て見ぬふりをしていたとある事実を否が応でも認識せざるを得なくなった。
「…あの人、料理できないんかな?」
それは先程台所で会った同居人について。
こんな不可思議極まりない状況になったのに、まだほとんど会話をしていないと言っても過言ではない。
わかっていることはアタシより年上(恐らく)、無口、メガネ、化粧を全くしていない、見た目に似合わず結構ぶっきらぼうな口調ってことくらい。
そんなほとんど他人と言っても差し支えない同居人が先程言っていた言葉がささくれの様に記憶に残っていた。
「簡単に食べれるものないって聞いてきたのは、そう言う意味だよね~。やっぱなんか作ってあげた方がよかったかなー」
顎に手を当て、うーんと唸る。
いやでも知らない人だしなー。でもでも、神様の言葉通りならここで一年も一緒に暮らすんだもんなー。
でも――それでも、
「話しかけるのはしんどいなぁー」
そう何を隠そうアタシはこんななりしてコミュニケーションが苦手な人見知り。
友達も二人しかいない。恋人なんてもちろんいない。
ただのもうホントどうしよもない不良娘なのである。
「――まずこれ戻さなきゃな」
そんな謎の自虐を脳内でしていたところでふと我に返る。
うじうじ悩むのはせめて食器片付けてからでいいか。
皿とフォークを持ち、とりあえずはキッチンで――、
「あ」
そこまで行動を起こしたところで、とある事実に気づいた。
まだあの人いるかもしれない…、うん、一時間ぐらいしたらでいいか。
またキッチンで鉢合わせになるリスクに気づき、一瞬の逡巡もなくキッチンへ行くことを諦めて元の位置へと蜻蛉帰りする。そして、食器を先程まで食事をとっていた机へと戻すと、
「ぐわぁ」
アタシはベットへとダイブした。
できれば会話をしたい。でも、自分から話しかけたくない。
できれば仲良くしたい。でも、自分から話しかけたくない。
つまりアタシから話しかけるのはほぼ無理と言うわけ。
うん、これはまぁ、しょーがねぇよなぁ…。
「というわけで、マンガ読も」
グーッと頭の上に手を伸ばして、ベットの横にある本棚からアタシのバイブルを取り出す。
現在月刊誌で大好評連載中の少女漫画『スター・マリッジ』(既刊10巻)。
高校生で商業誌デビューした天才漫画家――二ノ前ユキ大先生の最新作である。
ちょっと前に実写映画化されて、主人公の星佳役の女優よりも脇役の四條先生役の虹白夜の方が美人過ぎる問題でも少し話題となった。
でも、アタシは実写化なんて認めない。もっというと、アニメでもちょいと難色を示してしまうほどに、この二ノ前先生の原作が大好きだった。
もう何回読み返したかわからない『スター・マリッジ』。
だが、今読んでも初めて読んだ時の様にシリアスなシーンでは胸が重くなり、明るいシーンでは頬が緩み、感動のシーンでは涙が溢れてくる。
これは一重に二ノ前先生の力量だ。圧倒的なまでの画力と構成力。まず間違いなく、私の中ではナンバーワンでオンリーワンの漫画家だ。
どんな方なんだろう…。きっと私生活もアタシなんかと違って、凄い素敵な恋をして、凄い素敵な青春を送ってた様な素敵な方なんだろうな~。
デビュー年齢が十五歳でそれが八年ちょっと前だから今は二十三、四歳かー。
というか今のアタシの年齢の頃は第一線でバリバリやってたってことだもんなぁ。それに比べてアタシは…。
はぁ~…、少女マンガみたいな素敵な恋愛してみたいなぁ~。
「だから、アタシも来週の十七の誕生日を機に脱ヤンしようと思ってたのに…。あー、なぜこんなことにぃ!!」
こんなことなら高校入学と同時に真っ当になればよかった!
あー、アタシの馬鹿ー!
いっつも気付いた時には遅いんだからー!!
「まあ今さら考えても遅いか…、どっちみちバイトもあるし恋愛とかアタシにゃ無理だろうし。――うん、こういう時はもう一回、一巻から読み直そう」
後悔先に立たず、まさにその通り。
今さら悔いても遅い。
ならアタシは現状できることをしよう。そして、今のアタシにできることは再び二ノ前先生の素晴らしき世界にダイブすることだけだ。
有り体に言えば現実逃避である。
「あっ、そうだ。今までお金なくて買えなかったけど、神様に頼めば二ノ前先生の他の作品もここにお取り寄せできるのかな!」
ふとそんな名案がピカンと閃いた。
よし、あとで聞いてみよう。
まあ、その前にとりあえず手に取ったんだから読もう。
「あ~、癒される~」
そして、アタシは一人漫画の世界へとダイブしていく。
いつの間にか同居人の人のことは綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちてしまっていた。




