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Episode-EXTRA1 『ルーム01・変人漫画家の場合』


 カリカリカリカリ、とGペンが用紙を奔る。

 聞き慣れた音に見慣れた原稿。

 結局のところ、こんな非日常の世界に来ようとも私のやることは何も変わらない。

 そんな不変さに思わず、フッと笑みがこぼれる。


「――ペン入れ終わり」


 仕上げを残し完成した一話分の原稿を前に呟く。

 あれ? そーいや、トーンって買い置き残ってたっけかな?

 ヘッドホンを取って立ち上がり、スクリーントーンをしまっている棚まで少し歩く。そしてお目当ての番号の引き出しを開けて中身を確認したところで「あー」と思わず声が漏れる。


「しゃーない、買い出しに―――ってここではいらないんだっけか」


 そうここには外の世界は無く、決まった部屋しかない。

 たしか、入り用の物があったら言えって言ってたっけか。


 チラリと部屋に置かれた異質さを際立たせる電話ボックスが目につく。

 これで、あの自称神のお面と連絡がつくはずだか――。


「うー、その前にちょいトイレ行ってくるか」


 気づけばもう結構長いこと描きっぱなしだったしな。

 腹も減った。ついでにあのやけに綺麗なキッチンでなんか食ってくるか。

 そう決めると足の向きをドアの方へと変えて歩き出す。

 

 ったく、それにしてもけったいなことに巻き込まれたもんだ。

 ノブを回して部屋を出るとそこには白一辺倒の大きな部屋が広がっている。しかし、すでにキッチンには先客がいた。

 私を除いて唯一この部屋の住人だ。


 が、まあそれは別にどうでもいい。

 まずはトイレトイレっと。

 ササッと壁沿いに進み、私はそのままトイレに入った。



 用を足し終えて、トイレ内に備え付けてあった手洗い場で手を洗い手を振って水気を切ると残りはパパッと着ているTシャツで拭う。

 そしてトイレのドアを開けると、まだキッチンには同居人の姿があった。

 が、遠慮する必要性は無いため私もキッチンへと向かうことにする。


 そして距離が近くなるにつれて、フライパンを振る同居人の容姿も段々と明瞭になり始める。

 改めて見ると、わけーなぁ。高校生ぐらいか?

 完全にカラーリングしてる金色の髪をポニテにしており、右耳にはピアスで何故かスカジャン姿。昔のヤンキーみてぇ。だが、そんなヤンキーが細い眉を顰めながらでフライパンを振るその姿は不釣り合いで中々に面白い。

 けっこーキャラ立ってるし漫画のサブキャラで似た様なキャラ出してみっかな。

 そんなことを思いながらキッチンに足を踏み入れる。


「なんか冷蔵庫に簡単に食えるものあった?」


 冷蔵庫の前に立ち、自然に問いかける。


「…わかんねっす」


「そうか」


 それだけ言うと私は冷蔵庫を開き、中を物色する。

 と同時にガスが止まるカチッという音が鳴る。どうやら料理が完成したらしい。

 そして同居人は自身のつくった料理を盛り付けると、テーブルにはつこうとはせずにそのままその足をプライベートルームに向けた。


「それじゃあ」


「ああ」


 そして、また一言ずつの簡易な会話を終えると同居人は自室へと消えていった。

 ふむ、これでここに来てから二度目の会話だったな。

 案の定まったく続かなかったけど、こっちもあっちも会話する気ないんだから、そりゃそうか。

 まぁ、それよか今は飯だな。


「って、確かに冷蔵庫ん中は全部素材のままだなこりゃ。どっかに缶詰とかカップ麺とかねーのかよ?」


 あー、めんどくさい。

 これに関しちゃ元の生活より不便かもな。

 というかまずったなこりゃ。私、料理なんかできねぇぞ…。

 ここでぶっつけ本番でつくる気なんてサラサラ起きねぇし…、しゃーないトーンの件もあるしここで呼び出すか。


「聞こえるかー」


 声を張るのはたるいため、上だけ向いてそう呼びかける。

 主語の抜けた問いかけであるが相手は一人しかいない。そして、その相手ならばこれだけで気付くはずだ。何故なら神なのだから。


「どうした、須能すのうはじめ?」


 そして、数秒後私の予想を裏付けるように白い壁にモニターが浮かび上がるとその中にお面姿の男が現れる。


「おー、出前の注文お願いする」


「………は?」


「じゃあお寿司。そこそこ腹減ってるから多めで。あと私、貝類だめだからホタテとかは抜いてくれ」


「…いや、待て待て待て! なんだそれは!? お前は私をなんだと思っているのだ!?」


「? 入り用の物があれば言えって言ったのそっちでしょう?」


「いや、確かに言ったが…材料は冷蔵庫にあるだろう」


「私は包丁握ったことさえないぞ」


「…同居人に作ってもらったりとかは?」


「あの子は部屋だ。それにそもそも会ったばかりの相手にそんなことを頼むのも頼まれるのもおかしいだろう」


「いや…まぁ、それはそうなのだが…」


 何を言ってるんだ、こいつは?

 ――いや、そうか。百合神だけあって私とあの子の交流を促がしてるって感じか。漫画家だから百合やらBLの知識も一応は一般人よりはあるつもりだ。

 まあ、こっちからしたらだからどうしたって話だけど。


「わかった。一分ほど待て、そのテーブルに出してやる」


「どうも。――あっ、それと」


「なんだ!」


 百合神の声が少し大きくなる。

 何かに期待しているような声音。だが、残念ながらその期待には皆目関係ないことだ。


「私の部屋のスクリーントーンとあと一応原稿用紙も補充しといてくれ。ここじゃ買い出しに行けないし、あれが無いと私の仕事が成り立たん」


「ここにいる間は休むという選択肢はないのか?」


「何故だ? せっかく人生が一年余分にプラスされて描ける内容が増えたんだ。休む理由が無い」


「……そうか。まあ仕事中毒ワーカホリックも大概にな」


「安心しろ。私の仕事は趣味の延長線上だ。私はただ漫画を描くのが楽しくて仕方がないだけなのだよ」


「なるほどな。まっ、神に人間の感情の機微はわからんがな。だがな――」


 何かを言いかけたところで百合神の言葉が止まる。

 お面に手を当て何かを逡巡している様だ。しかし、続く言葉を待つ私にフッと笑いかけると「いや、なんでもない」と訂正する。

 そして、私も興味が無かったため「そうか」とだけ言って会話を打ち切った。


「じゃあ、これにて失礼する」


「ん? ああ」


 そんな言葉と共にモニターが消え、気づけばテーブルの上には皿に乗った寿司が置かれていた。


「しっかし、神って本当にいたんだな」


 そして、私は椅子に座りそんな率直な思いを呟きながら寿司へと手を伸ばした。


 あっ、そういや私、あのヤンキーの名前も知らねぇや。

 ……まっ、別にいっか。



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