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Episode-34 『浮かんだ疑問・超清純派女優の場合②』

  

 やばい…。

 一度、気になりだしたら止まらない。私はそういうところがある。

 もしや、そうなることを見越して無意識下で紗凪ちゃんの現実世界での恋愛事情を考えないようにしていたのかもしれない。


 もはや、亜美のことなどどうでもいい! 晋太郎のことはもっとどうでもいい!!

 手に持っていた『二人しかいない風景』をそそくさとコレクションルームに戻し、ベットに座る。


 そもそも、最近の若い子は恋愛とかの目覚めも早いと聞く。小学生で恋人同士などというのも不思議でなないらしい。この前、ワイドショーでもやってたし。

 ちなみに、一応私も世間一般では完全に若い子に分類されるが、自分でも特殊な例だとわかっているため除かせてもらう。


 いや、でも紗凪ちゃんはそういうタイプには見えない。

 いやいや、でも私の知識は基本的には漫画やアニメ・ドラマ・映画といった創作物で得た知識。いわば、フィクション知識だ。現実の若い子の恋愛事情などほぼ知らないと言っていいだろう。

 それに別に幼いのに彼氏彼女がいるからといって不真面目と言う訳では断じてないのだ。逆に大人びているとも言える。そして、紗凪ちゃんの明るいけど気遣いできる性格はかなり大人びていると言ってもいいだろう。


「あー、もう…!」


 こうしていても埒が明かないのはわかる。

 しかし、忘れようにも忘れられそうもない。たぶんそうしてもずっとモヤモヤし続けることは想像に難くない。現に、私は家の鍵を閉めたかメチャクチャ確認する。しないと、一日中モヤモヤし続けるからだ。

 ならば、今回の件も早々になんとかしたい。


 でも、どうやって。

 いきなり「紗凪ちゃんって~、恋人とかいるの?」と聞く?

 だめだ、それはあまりにもいきなり過ぎて不自然この上ないだろう。

 ならばどうする?


「あっ」


 そこで目に付いたのは部屋の端の本棚に置かれた漫画本。

 いま実写映画が絶賛公開中の高校生の甘酸っぱい恋愛模様を描いた少女漫画だ。実写映画の中で私が生徒たちの恋模様を優しく見守る新任教師を演じた際に一巻から最新刊までプレゼントされたものだ。

 

「これだ!」


 ピカンと頭の中で電球が光る。

 紗凪ちゃんも昨日漫画好きと言っていた。ならば、この恋愛漫画を紗凪ちゃんにオススメしてそこでさりげなく「そういえば、紗凪ちゃんって恋人いるの?」的なことを聞けばいいではないか。

 名案…なのだろうか? 

 わからない。というか今の私の動揺した精神ではそれを正しく判別できる気がしない。


「でも、行動に移さなきゃ何も始まらないよね…」


 覚悟を決めて、即断即行。とりあえず一巻から五巻までを手に取る。

 そして、そのままメインルームで紗凪ちゃんが出てくるのを待とうかとドアノブに手をかけたところで私の身体がピタリと止まる。

 それはもう一つ重大な事実に気付いたからだ。


「いますって言われたらどうしよう…」


 それは先程よりも数段階深い絶望の声だった。

 想像しただけでお腹が痛くなり吐き気がしてくる。

 我ながらよくここまでイメージを肉体に還元できるのかと呆れるが、実際本当にそんな返答が来たら私はたぶん吐くと思う。うん、絶対吐く。泣きながら吐く。


 もし、そんな最悪の未来が訪れる可能性があるならばやはり聞かない方がいいのだろうか? そんな臆病風に吹かれる。

 でも聞かなければずっとモヤモヤ。

 まさに前門の虎、後門の狼。


 ――いや、この例えはちょっと間違っているかもしれない。


 確かに後門には狼がいる。

 しかし、前門にはまだ虎がいるとは確定していない。それ自体が私の想像でしかないのだ。

 それにその程度で霞む程に私の紗凪ちゃんへの恋心は薄いものだったか? それは違うはずだ。

 仮に本当に虎がいたとしてもそれを打ち倒すぐらいのものが恋の力だろう! まあ、これが初恋だから恋の力とか今まで体感したことはないけどね!!

 

「――よし、いける」


 脳内で気持ちをまとめると覚悟は決まった。

 あとはこの覚悟が緩む前に行動に移すのみだ。

 掌に必要ない程に力を込めてドアノブを回す。


「あっ」


 ドアを開け、思わず声が漏れる。

 すでに紗凪ちゃんがメインルームにいたのだ。

 先手を打たれてしまった。いや、私一人が盛り上がってるだけで先手も後手もないんだけどね。


「メインルームにいたんだね」


 少し動揺するが、大丈夫。

 いつもと変わらぬように意識して「はい」とソファに寝そべりながら片手を上げてくれる紗凪ちゃんの近くにまで近づく。


「それ、なんですか?」


 そして、私もそのソファに座ると紗凪ちゃんが漫画本の存在に気付いたようで、そう聞いてくる。

 よし、ここまではプラン通り。そしてここからが腕の見せ所だ。


「あっ、これ最近若い子に人気の恋愛漫画なんだ。実は私これの実写版に出ててさ、その時に既刊の全巻セット貰ったの。で、紗凪ちゃんも漫画好きって言ってたからさ」


 私がそう言って、漫画を手渡すと紗凪ちゃんは「へぇ~」と興味深そうに受け取ってくれる。

 さあ、ミスは許されないぞ。今まで培ってきた演じる力を全て出す時だ。いかに不自然なく、会話の流れで例の質問を繰り出せるかは私の力にかかっているぞ。まずは何気ない会話からだよね。

 

 そう迫る勝負の時に内心で気合いを入れたのだが、


「特に女子高生に人気らしいんだ。紗凪ちゃんは読んだことあるかな?」


「いーや、うちはあんまこういうジャンルのは読みませんね。そもそもうち恋愛経験皆無ですし、恋愛感情とかもよーわからんからこういう漫画っていまいち共感もできひんのですよね~」


「―――――――――」


 私のさっきまでの葛藤とはなんだったのか、とアホらしくなるほどにアッサリ紗凪ちゃんの口から凄いお気楽口調で私の望んでいた通りの答えが返ってきた。


 いきなり過ぎて一瞬だけ思考に空白が生まれる。


 そして、少し遅れてその紗凪ちゃんの発した言葉の意味を理解した瞬間――頭の中でファンファーレが鳴り響いた。


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