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Episode-31 『運動場にて・超清純派女優の場合④』


 創作物を見ながら時折、こんなことを思うことがあった。


 本物のキスならまだしも間接キスで緊張しすぎでしょ、と。

 しかし、今になって私はその時の自分が間違っていたことを再認識していた。


 手に持ったさくらんぼ味のスペシャルスポーツドリンク。

 冷たいが先程まで紗凪ちゃんが持っていたためかどこか温もりを感じる、

 やばい、また気持ち悪くなってるぞ私。落ち着け!


 そう、これは何のこともないただ紗凪ちゃんの好意に甘えて飲むだけ。

 ペットボトルの中身の味が知りたいだけだ。

 そこに他意はなく、間接キスはその結果に起こった現象にすぎないのだ。


 そして、私が紗凪ちゃんの飲みかけのペットボトルを飲むときは同時に紗凪ちゃんも私の飲みかけのペットボトルを飲んでいるということでもあるのだ。

 うん、そう考えればなんか気持ちが楽になる。二人一緒なら恐くない。

 

 よし、人生初間接キスだ!

 覚悟を決め、グイッとペットボトルを口に付ける。

 

 ――ああ…、今私の唇はさっきまで紗凪ちゃんの唇が触れていた場所に触れている。そして、そう思うと何とも言えぬ恥ずかしさと幸福感に満たされた。


 その瞬間、私は間接キスを実況している自分を気持ち悪いと思う隙が無い程に満たされた気持ちだった。

 が、


「…うえっ!?」


 と、そこで不意に横を見た私の背筋が凍った。

 そこでは当然、紗凪ちゃんが私の桃味のスペシャルスポーツドリンクを飲んでいる。しかし、その飲み方は直接唇を飲み口につけるのではなく、若干飲み口を浮かせ直接唇を触れさせない様に飲んでいたのだ。

 そして、そんな時に限って紗凪ちゃんと目が合ってしまう。

 

 これは…やってしまったか!?

 冷静に考えれば口をつけずに500ミリのペットボトルを飲むことなど容易だ。そして、相手を気遣うならば口をつけない方が自然かもしれない。

 そこそこ仲良くなった自覚があるとはいえ、単純時間で私たちは会ってからまだ一日も経っていない。なら、どう考えても紗凪ちゃんのやり方が正しい気がしてきた!

 なっ、何故そんなことに気付けなかったんだ私は!?


「ごっ、ごめん、紗凪ちゃん! つい自然に口をつけちゃった!!」


 すぐに唇から飲み口を離し、そう弁解をする。

 しかし、紗凪ちゃんは「はい?」と不思議そうにそう声を漏らす。


「あー、別にええですよ。うち、潔癖とかでは全くないんで」


「えっ、でも紗凪ちゃんの飲み方の方が――」


 と私がそこまで言うと紗凪ちゃんは「ああ、これ」とだけ言って、恥ずかしそうに頬をかいた。


「すんません、これ昔からの癖なんすよ」


「癖?」


「はい。これ言うのけっこう恥ずいんですけど、昔っからうちのおかんがええ歳こいて他人が口つけたペットボトル飲まれへんのですよ。だから、家族ルールとでも言うんですかね。うちでは自分一人で飲むん以外はペットボトルに直で口つけたらあかんってのがあったんです。その結果、自分以外が飲むやつは自然にこう飲んでまうんですわ」


 その紗凪ちゃんの説明を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。

 よかった~。

 どうやら、私の早合点だったらしい。


「はぁ~、それならよかった」


「すんません、紛らわしいことしちゃって」


「ううん、気にしないで」


 そう言いながらもう一度お互いのペットボトルを交換する。

 そして、

 

「じゃあ、もう一回あのパネルで他にどんなスポーツがあるのか見てみますか」


 ――あ。

 

 と、そんなことを言いながら紗凪ちゃんがごく自然に先程私が口をつけて飲んださくらんぼ味のペットボトルに口をつけて一口だけ飲む。

 そして、内心メチャクチャ緊張してた私とは反対で、そんな風にまったく気にした様子もない男らしい紗凪ちゃんに私はちょっぴりときめいたのだった。

 

 うん、私もう紗凪ちゃんのどんな行動を見てもより好きになるだけかもしれない。


 ちなみに漫画とかで間接キスに意識が行きすぎて飲み物とか食べ物の味がわからなくなるとか、そんな表現があるけど、飲み物が美味しすぎるせいか私はガッツリ味を認識でした。

 そのため、私の初間接キスの味はさくらんぼ味として脳のメモリーにしっかりと刻まれました。


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