Episode-27 『運動場にて・超清純派女優の場合』
はてさて、どうするべきか?
紗凪ちゃんの無垢な提案に私は心の中で逡巡していた。
ひと勝負。それはつまり、このバッティングセンターでという意味だろう。そりゃそうだ。
そして、その提案に私が「…えっ!?」と思わず声を漏らしてしまったのにはもちろん理由があった。
そう何を隠そう私は運動神経がメチャクチャ悪いのである。
多分一般的に言うところの下の中くらい。今まで運動系の部活動なども一切やってこなかったのもその一因だろう。
そんな私はもちろんバッティングセンターになんて行ったこともない。そしてもちろん野球をしたこともない。
そんな私がバッターボックスに入ればその結果は火を見るより明らかだろう。
「えっと、嫌なら全然あれですけど…」
そんな私の乗り気ではない内心を察してか、紗凪ちゃんがフォローするようにそんなことを言ってくれる。
「いやー、嫌じゃないんだけど…」
このノリノリの紗凪ちゃんの気持ちを沈めたくはもちろんない。
でも、私がその勝負に乗れば紗凪ちゃんにカッコ悪い姿を見せてしまうのは必定。
――いや、待てよ。
そこで私の頭にポンとある考えが閃く。
完璧すぎるものというものは、その完璧さ故に親しみを覚えにくいものであると何かで読み聞きしたことがある気がする。
もちろん、私が完璧であるなどと驕るつもりは無いけれど紗凪ちゃんの前では良いカッコをしてきたつもりだ(昨日のお風呂失神は除く)。
ならば、ここいらでわかりやすい弱みポイントを見せつけて紗凪ちゃんに親しみやすさを感じてもらうのも悪くない気がした。
うん、それでいこう!
「あの…実は私あんまり運動神経良くなくてさ。バッティングセンターも行ったことないんだ」
「えっ、一回もですか?」
「うん、一回も」
そこそこびっくりされてしまった。
というか、もしかして世間一般の女子ってバッティングセンターに行くものなのだろうか? うーん、わからない。
「へぇー、そなんですか。じゃあ、あれですね。勝負はなしにして、まずは体験してみましょか」
「え?」
私の背中を紗凪ちゃんが「ほらほら~」と押してくれる。
紗凪ちゃんの手の感触が背中に触れてちょっと嬉しいが、待ってほしい。
えっ、いきなり!? 私の想定では最初に慣れてるっぽい紗凪ちゃんに見本を見せてもらおうと思ってたのに! 勢いでまさかのいきなりバッティングセンターに押し込まれてしまった!
「えっと、なんやモードが何個かありますね。まぁ、とりあえず一番簡単なやつですね」
そして、バッターボックスの入口の前に設置してあったパネルを紗凪ちゃんが何やら操作している。
…よし、これは覚悟を決めなくてはいけないようだ。
「これ押したら、始まるみたいなんで夜さんバッターボックスでスタンバイどうぞ」
「うん、わかった」
紗凪ちゃんに促される形でバッターボックスのある部屋へと繋がる透明なドアを開ける。
そして、入るとすぐに立てかけられた金属バットが何本か目に付く。
「どれがいいんだろ?」
「あんま変わらへんと思いますし、適当でええと思いますよ」
「そっか」
適当に一番端のバットを手に取る。
うわっ、重っ。これそもそも打てる以前にこんなの私に振れるの?
「えーっと、大丈夫ですか?」
傍から見ても私が金属バットの重さに驚いているのがわかったのか、紗凪ちゃんから心配の声がかかる。
いかんいかん、流石に弱みを見せるとしてもこれはカッコ悪すぎる。
「全然大丈夫だよ。あっ、そうだ。バッティングのコツとか教えてもらってもいい?」
そう強がり話題を変える。
すると、紗凪ちゃんは「コツですか!」と少し嬉しそうな顔をする。
おっ、これはよほど自信があるのかな。そんな自信満々の紗凪ちゃんも可愛い。
「あれですね、まずはギュッとグリップを思いっきり握りながらグッて構えるんです。ほんで飛んできたボールに合わせて思いっきりブワッて振りぬくんですよ! そしたら、バッコーンって当たっていい感じに飛んできますよ!」
「―――へぇ~」
……うん、紗凪ちゃんはどうやら完全な感覚派らしい。ぶっちゃけ一ミリも参考にはなりそうもない。
まあ、可愛いからどうでもいいか。
どうせ、私のスイングじゃそもそもコツを聞いたくらいじゃボールに当たらないだろうしね。
「ん? あれ、なんだろ?」
始める前から諦め全開にそんなことを思っていると、不意にピッチングマシーンの更に後ろの上の方にあるマークが目に入った。
そこには『特別商品』と書いてある。
「ん、ここに書いてありますね。モードによってあそこにボール打ち返すと商品が貰えるみたいです。これはメインルームで入り用の物としてお願いしても貰えないらしいですね。ちなみに今の難易度だとスペシャルスポーツドリンクですって」
「なるほど」
紗凪ちゃんが説明してくれる。
まあ、といっても私にとっては関係ない話だ。だって絶対無理だし。
「じゃあ、そろそろ一回スタートしてみますか」
「りょうかい、頑張るね」
「はい、頑張ってください!」
我ながら現金な話だが、紗凪ちゃんの応援があればなんかいける気がしてきた!!
そして紗凪ちゃんのエールを背に受け、私の人生初バッティングセンターが始まった。




