Episode-21 『初日の終わり・超清純派女優の場合』
「なんや、よく芸能人は歯が命って言いますけど特別な事とかしてはったりするんですか?」
「うーん、私は特にないかな。朝昼晩しっかり歯磨きするくらい」
「なるほど、基本が大事ってやつですね」
「そんな感じかな」
紗凪ちゃんと並んで歯を磨く。
どういう訳か始まったこの生活も一日が終わろうとしていた。
しかし、またしても私の頭の中はそんなことを余所に全く別のことを考えていた。
――私達、どこで寝るんだろ?
そう、紗凪ちゃんは気付いてないかもしれないがこれはそこそこの問題だ。
まず第一にメインルームには布団が二つ並んでいる。私たちが最初に眠っていた布団だ。
これだけならば問題にはならなかった。
しかし、プライベートルームにも同様に元の世界で寝ていたベッドがある。
私のプライベートルームは寝室が再現されていた。そのためそこには当然ベットもあった。
そして、紗凪ちゃんのプライベートルーム。私はまだ見ていないが、普通に考えれば私同様に寝室が再現されているはずだ。そもそも紗凪ちゃんは高校生。自室と寝室は同じ可能性もかなり高い。
ならば、この空間には寝るための場所が二つ存在していることになる。
メインルームの布団か自室のベットか。
可能ならば、紗凪ちゃんと並んで布団で寝たい。
何故かというと、朝起きたとき紗凪ちゃんの寝顔が見たいから!
しかし、当然ながらプライベートルームで個人で寝た方が精神衛生上はいいだろう。私は相手が紗凪ちゃんだから別としても、一般的に会って間もない人と並んで寝るのはしんどいだろう。
紗凪ちゃんも私の前では元気に振る舞ってくれてはいるが、内心ではどう思っているのか私に知ることはできない。まだか弱い女子高生なのだ。もしかしたら、色々なストレスが溜まっているかもしれない。
そう考えたら今日はプライベートルームで寝た方がいいかもしれないなぁ。
残念だが、私の気持ちより紗凪ちゃんの方が一万倍大切だ。
そんな結論に私が至ったところで、隣の紗凪ちゃんが口の中の歯磨き粉をピョッと吐き、コップで口をゆすぎ、歯磨きを終える。
どうやら、ひとり考えに没頭しすぎていたみたい。私も急いで歯ブラシを動かし、歯磨きを終える。
ちなみにこれも旅館の様に洗面台にもとから置いてあったものだ。
「さてっと、じゃあもう寝ちゃいましょか」
「だね」
そう紗凪ちゃんが前を歩くような形で脱衣所から出る。
そして、ここいらで寝る場所について話すつもりだったが、紗凪ちゃんはあろうことか脱衣所から出たところで立ち止まることもなく一直線で最初に起きた布団へと歩いていく。
そして「よいっしょ」と布団の近くへと腰を下ろし、すぐさまその中へと入ってしまった。
……あれ?
「ん? 虹白さんどないしたんですか?」
「あー」
……うん、これは仕方ないよね!
どうやら、紗凪ちゃんの頭の中からはプライベートルームで寝るという選択肢がそもそもなかったようだ。
なら、仕方ないよね!!
自分の行動に免罪符を張るかのようにそう二回繰り返し、「なんでもないよ~」と言うと私も紗凪ちゃんの横の布団へと入り込む。
ふぅ、布団ふわふわで気持ちいい~。これはすぐ寝れそうな気がする。
「虹白さんって寝るときは電気どうしてはりますか?」
「んー、真っ暗かな。音木さんは?」
「うちも一緒です」
そうニコッと紗凪ちゃんが笑う。
恐らく今日最後だからあえて言う。
紗凪ちゃん本当に可愛い!!
「百合神ー、この部屋の電気消してくれやー。明るくて眠れぇへん」
そう眠る準備はすでに万端といった態勢でそう百合神様に呼びかける。
すると、すぐさまメインルームの明かりが落ちて本当に夜みたいになった。
というか百合神様がパシリみたいだ…。
「しっかし、けったいなことに巻き込まれたもんすよね~」
「そうだね~」
視界が暗く染まったところで、横の紗凪ちゃんからそんな声が聞こえて来る。
本当に不思議な話だ。私にとってはまさに夢物語と言ってもいい。今さらながらこれはやけにリアリティがあるだけの夢なんじゃないかとさえ思う。
起きたら今までとなんら変わらない日常が待っているんじゃないかと錯覚しそうだ。
そう考えると少し怖い。
でも、あり得なくはない。むしろそっちの方しっくりくる。この世界は私の理想そのもの過ぎるから。
…あー、なんで寝る前ってこんな余計なこと考えちゃうんだろうなー。
どうせなら、もっと晴れやかな気持ちで寝たいのに。
「これからここで一年間暮らすんだよね」
「そですねぇ。一年、そう考えると長いっすよね~」
「そうだね、一年は長いよね。だからさ――」
そこで私は少しだけ勇気を出してみることにした。
もし、これが夢だとしたらここで一歩踏み出さないと後悔する気がしたから。現実だとしても後悔しない気がしたから。
そう思えたから。
「お互い苗字呼びも素っ気ないからさ。その…名前で呼び合わない…?」
少し恥ずかしくなりちょっとどもった気がしたがちゃんと言えた。
私のその提案に横から「おっ」と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「それええですね。これから一年の付き合いになる訳ですもんね」
その答えにホッと胸を撫で下ろす。
そして、
「これから一年間、よろしゅーお願いしますね。夜さん」
「こちらこそお願いします。紗凪ちゃん」
そうずっと心の中で呼んでいた彼女の名前を初めて呼ぶことができた。
すると胸の中の不安がスッと無くなった。
――うん、これで仮にこれが一夜の夢だとしても満足かな。現実だともっと嬉しいけど♪
「じゃ、おやすみなさい。夜さん」
「うん、おやすみ。紗凪ちゃん」
そして、そうもう一度お互いの名前を呼び合って私たちは眠りについた。
お互いの名前を呼び合うという結構なビックイベントに何故だか私の心はとても落ち着いていた。
幸福感に満たされたからだろうか。
そのまま目を瞑ると、私の意識は嘘のような早さでストンと眠りに落ちた。
こうして私と紗凪ちゃんが初めて出会った日は終わりを迎えたのだった。




