Episode-20 『初日の終わり・関西弁JKの場合』
「いや~、なんやほんまに旅館に来たみたいですね」
「フフッ、そうだね」
ようやく色々あったお風呂タイムを終え、虹白さんと二人で脱衣所から百合神の言うところのメインルームに戻ってきた。
そして、旅館感を際立たせとるんが今のうちらの格好。
一応着替えは持っていったんやけど、今日のところは結局二人で浴衣に着替えることにした。
おあつらえ向きに置いてあったし、着てみたくなる気持ちもわかるやろ。
「ふわぁ~」
と、そこで不意に欠伸が出てまう。
というかさっきからなんかちょいとおねむなんよなぁ。色々あって疲れとるんやろか。その上、飯食って風呂入っとるしな。寝る前みたいな行動したのもあるやろ。
うん、でもまだ起きてからそこまで時間経っとらんし、あんまええことではないよな~。
「音木さんももしかして眠い?」
と、そんなことを思っとったところで虹白さんがそんなことを言いはる。
も? ちゅーことは、もしかして?
「虹白さんもですか?」
「うん、そうなんだ。なんだか普通に夜みたいにちょっと眠気があってさ」
「あー、うちもそんな感じですわ。なんや今寝たら気持ちよー寝れそうですわ」
まあ実際その通りやろな。
でも、今寝たら絶対体内時計が狂うやろな。さっきも言うたけど、まだ起きて数時間やろし。
『それについて説明してやろう!』
「うおっ!?」
「わっ!?」
そこでいきなり百合神の言葉がメインルームに響き渡る。同時にモニターがバッとまたしても壁に投影された。
びっくりしたっ!! 今の絶対わざとやな、なんやねんこいつ!?
ほんまいっぺんしばいたろか――いや、でもコーヒー牛乳の件もあるし…。うーん、しゃーない。ここは勘弁したるか。
「…なんやねん」
『むっ、どうした? 「いきなりうっさいねん!」と食って掛かってくると思っていたが』
「いや、自分でわかってるんなら最初からやるなや。コーヒー牛乳の借りや、ちなみに今チャラになったで」
『一回ツッコミを堪えるだけで、その借りが消滅するのか…、まあいい元から単なる神の気まぐれだ」
百合神がはぁーと小さく溜め息を吐く。
なんでお前が溜め息やねん。こっちが吐きたいくらいやわ。
「ふぅー。で、説明とは何でしょうか?」
『簡単だ、お前たちが感じている眠気についてだ』
「ん? なんやなんか理由あるんかいな?」
『ああ、たらたら説明するのは面倒だから簡潔に言うとお前たちが今眠気を感じているのは至極当然のことだ。何故なら、今は時間帯でいうともう夜なのだ」
唐突にそんなことを言いよる百合神。
夜? 何言うとんねんこいつ?
「いや、まだ起きて精々四、五時間ってとこやろ」
『その理論でいくと私の言うとおりもう夜だ。何故ならお前たちを起こしたのは時間で言うところの夕方の六時くらいだからな』
「はぁ~、なんでそんな時間に起こしとんねん」
『…諸事情だ』
「おい、いま変な間空いたやろ。お前、なんか隠しとるんとちゃうか?」
怪しいな、こいつ。
そもそも改めて考えると未だにお面付けとるんも怪しいしやな。
なんか、うちらに対しまだ結構な隠し事ありそやな。
「でもなんでそれで眠くなるんですか? 夕方に起きたりしたら普通は次の日まで眠くならないと思うんですが?」
『そうだな、その通りだ! それも説明してやろう!』
が、そこで虹白さんが発した疑問に水を得た魚の様に百合神が食い付く。
こいつ…完全に話題逸らしよったな。
いや、でも虹白さんの疑問ももっともやしな。気になるっちゃ気になる。ふむ、ここは一端退いたるか。
『簡単に言うと、この空間にも独自の時間が作られている。その時間の本来の身体の状態にこの部屋で目覚めた時点でセッティングされたわけだ』
「独自の時間?」
『ああ、といっても何か変わるわけではない。二十四時間三百六十五日は不変だ。ただ、体内時間がそれに合わせて初期設定が変わったとでも言おうか。つまり、お前たちが起きた時点でその時の体内時間は寝起きではなく夕方の六時の状態になった。思い出してみろ、起きた瞬間普段の寝起きと同じ感じがしたか?」
「――たしかに」
思い返せば起きた瞬間は虹白さんが横に寝とるっていう衝撃で頭が一杯やったけど。眠いとか、起きたくないとかそんな感覚が薄かった気がしてくる。朝が弱いうちにしては確かに変な話や。
「つまり、明日以降は普段の生活となんら変わらないということですか?」
『ああ、この状態は初日だけ。明日からは朝に起き、夜に眠くなる通常の毎日になる』
「ほーん」
「なるほど」
そこまで言ってうちと虹白さんが納得の声を漏らしたことで百合神も満足した様にふーっと息を吐いた。
そして、
『よし、では私は失礼する。また明日』
「いや、待てや! まだうちの質問に応えてへんやろ」
『うっ…!?』
そそくさと通信を切ろうとする百合神にツッコミを入れる。
すると百合神はあからさまに焦った顔(お面で表情は見えへんけど多分慌てとるのはわかる)でビクッと肩を跳ねさせる。
『…悪いな、それはまた今度だ。私はこれから大事な用事がある』
「用事ってなんやねん?」
『そっ、それはだな…』
「それは?」
『そっ、そろばん塾だ!!』
「いや、嘘つけやっ!!」
今日日そろばん塾て! それも神が!!
もっとマシな嘘が何千何万とあるやろ!!
『じゃあ、そういうことで! もう質問はNGだ! はい、おやすみ!!』
しかし、そんな内心のツッコミを表に出す前に百合神が強引に会話を打ち切ると、ブワッとモニターが消える。
「あいっつ、また勝手に消えよった…!」
「フフッ、なんかもうお馴染みみたいになってるね」
「いや、笑いごとやないですけどね。なんや隠し事があるのは間違いない気がします」
「それは確かにね。―――あっ」
顎に手を当て、なにか少しの間考え込むと閃いたかのようにそう声を上げる。
「何か気付きはったんですか?」
「ん? ああ、ごめんそっちじゃなくてあれが目に入ってさ」
「あれ?」
そう虹白さんが指さす方向に目を向ける。
先程まで百合神が映ったモニターが投影されていた白い壁。そこに新たに大きなアナログ式の時計が生み出されていた。
なんやロンドンの時計塔の時計みたいなでかさの時計やな。実際に見たことないけど。
「でっかい時計ですね。えっと十一時十分ですね、確かに思いっきり夜やわ」
「だね。私はそろそろ布団に入る時間かも」
「あっ、うちもそんな感じですわ」
あら、意外な共通点やな。
自分で言うのもあれやけど若者にしたらうち結構は早寝やから珍しい。
「百合神の言葉通りならもう寝ても別におかしくないですよね」
「そうだね。逆に寝ないと生活リズムが狂っちゃうかも」
「そですね」
そう口に出すとより眠気を意識してしまう。いや、別に意識してもええんか。
「ふわっ~」と浮かんでくる欠伸をかみ殺す。
「んじゃ、もう歯磨いて寝てまいますかぁ~」
「…うん」
うちの言葉に虹白さんが少しだけ遅れて頷く。
少し気にかかっけど、まあそんなに気にすることでもないか。
そして、うちらは再び風呂場へと歯磨きのために歩き出した。




