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Episode-19 『初お風呂後・超清純派女優の場合』


「いやー、本当に手間をかけて申し訳ないです」


 起き上がり、紗凪ちゃんから今に至るまでの経緯を聞いて私は言葉通り申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 どうやら私がアホの塊のような夢を見ている間に紗凪ちゃんは倒れた私を脱衣所まで運んで、タオルかけて、そのあと髪まで乾かしてくれていたらしい。

 本当にどっちが年上かわからない。我ながらメチャクチャ情けない。


「困ったときはお互い様ですわ。気にせんといてください」


 そんな優しすぎる言葉が背後から聞こえて来る。

 何故かというと結局私は今、紗凪ちゃんに髪を乾かしてもらっている。

 ちなみに、裸のままと言う訳にはいかないため今の私は紗凪ちゃん同様のバスタオル一枚を身体に巻いたお風呂上りスタイルだ。

 好きな子に髪を乾かしてもらうという非常に胸躍るシチュエーションではあるが、先程言ったように今の私は羞恥心プラス罪悪感によりあまり乗り切れない。


「うん」


 紗凪ちゃんの気遣いの言葉に小さな返事と共に頷く。

 その返事も髪を乾かすドライヤーの音でほとんどがかき消されてしまった気がした。

 でも、紗凪ちゃんにはしっかりと届いた様で「そですよ」とカラリと快活に笑ってくれる。


「というか、これうちの乾かし方大丈夫ですかね? こういうん慣れてない―というかぶっちゃけ初めてなんでそっちの方が心配ですわ。熱ないですか?」


「ん、全然。大丈夫だよ」


「そですか、良かった~。何やさっきも寝とる虹白さんの髪乾かしとったときにちょっと苦しそうな顔しとったんでうちのやり方が悪いんかと」


「うっ…」


 またもや罪悪感。

 それは恐らく夢の中でS凪ちゃんと戦ってたことの影響だろう。

 というか、少し冷静になって考えてみたらいくら気絶状態とはいえあんな突飛な夢を見るって私の精神状態ヤバくない? 我ながらちょっと引いてしまう。


「音木さんは自分の髪乾かすときはどうしてるの?」


 揺れる心情を誤魔化すようにそんな話題転換をする。

 すると、紗凪ちゃんは少し恥ずかしそうに「うちですかぁ」と言葉を濁すと、


「適当にタオルで拭いて、適当にドライヤーでブワッてやってまいますね。ほら、うち髪短いんで。正直こんな雑なこと虹白さんにお聞かせするんも恥ずいんですけどね~」


 とそんな風に言う。

 うん、確かに紗凪ちゃんショートヘアーだしね。そんなに手間はかからないか。

 でも恥ずかしいなんてことは断じてないと思う。


「全然そんなことないよ。それを言うなら私の方がずっと恥ずかしいよ。だって私もいい大人でその上で人前に出るお仕事もしてるのに、音木さんと似たような感じだしね。違うのは髪が長いから乾かすのに時間がかかるっていう手間だけ」


「ほんまですか!?」


 私の言葉がよほど意外だったのか、紗凪ちゃんが少し大げさにリアクションする。

 でも、これは本当に本当だ。

 昔から、お風呂上りはタオルで水気とってドライヤーで乾かすだけ。そのくせ、全く髪ががさついたりなどはしないのだ。たぶん、そういう髪質なのだろう。


「うん、だからむしろ今の音木さんの乾かしは自分で乾かしてる普段よりずっと丁寧で――ずっといい感じだと思うよ」


 いい感じて。

 ここにきて自分の語彙力不足を恨む。あー、もっとドラマの中の私みたいに気の利いたセリフが言えればなー…。

 そんな後悔の念に駆られる。

 でも、そんな私の言葉を聞いた紗凪ちゃんは「さよですか」と少し弾んだ声で嬉しそうにしてくれた。

 

 ――ま、恰好つかないセリフでも紗凪ちゃんが喜んでくれたならそれでいいか。


「うん、こんなもんですかね」


 そこで紗凪ちゃんのそんな言葉と共にドライヤーの音が消える。

 後ろ手でちょこんと自分の髪を触ると確かにもう水気は完全に消え去っている。

 うん、これはホントに自分でやるのより遥かに丁寧だ。その上、それをやってくれたのは紗凪ちゃんという事実がやはり嬉しい。

 よし、どうやら私のメンタルもそこそこ回復したらしい。我ながら早い。中々に鋼のメンタルをしていると思う。


 そして、これは好機だ。俗に言うピンチの後にチャンスがやってきた状態。

 紗凪ちゃんは私の髪を乾かしてくれた。だからこそ、今私が「音木さん、今度は私が乾かしてあげるよ」といっても何ら不思議はない。

 紗凪ちゃんはお風呂から上がった後の時間をほぼ全て気絶していた私のために使ってくれた。それなら、まだ髪も乾かしていないはずだ。


 よし。

 覚悟を決めるのは一秒もあれば十分だった。

 紗凪ちゃんの髪に触りたいというちょっと邪な気持ちもないといったら嘘になる。でも、それ以上に今の私は紗凪ちゃんに感謝の気持ちを表すために何かしてあげたかった。


「音木さ――」


 ブワァ~~~~!


 しかし、振り向きながらの私の言葉はとある音に邪魔される。

 そうそれは何を隠そうドライヤーの音。

 振り返ったその先では紗凪ちゃんが再びドライやーの電源を入れるとその風を自らの頭に当てながら髪をわしゃわしゃと撫でていた。


「ん? あっ、すんません。ササッと乾かしちゃいますんで。というか、最初に水気はバスタオルで軽くとっとるんでもう自然乾燥で結構乾いとるんですけどね」


「…りょーかーい」


 死んだような眼でそう了解の返事をする。

 まさかの紗凪ちゃん自身に先取りされてしまった。

 そして、言葉通り一分足らずでその作業は終わってしまった。


「ふぅー、終わりました。で、どうかしはりました?」


「あっ! えっとねー…」


 そして、ドライヤーのコードをコンセントから引き抜きながら紗凪ちゃんがそう無垢な問いをかけてくる。

 ここで紗凪ちゃんの髪を乾かしてあげたかったというのも変な話だろう。だってもう乾かし終わってるし!

 どうすべきか? と考えていたところで不意にあるものが視線に止まった。

 それは確かにこの場所にピッタリとマッチするものだ。しかし、それ単体でそこにあるのは少々不自然なものでもあった。


「あれなんだろ?」


 ちょうどいいからそれを利用することにする。

 洗面台に二つ並んで置かれているそれを指差す。

 すると紗凪ちゃんが「おっ!」と少し驚いた様な声を上げる。

 そして、小走りでそこへと近づくと両手にそれを持って私に片方を差し出してくれた。


「実はこれさっき百合神に頼んどいたんですよ。まさか、ほんまに用意するとは――やっぱあいつ中々やりやがりますわ」


 と、嬉しそうな笑顔でそう言う紗凪ちゃんにドキッとしながら差し出されたビンのコーヒー牛乳を受け取った。

 さすが、紗凪ちゃんちゃっかりとそんな注文もしてたんだね! 


「そう言えば私、結構のど乾いてたかも」


「ハハッ、うちもです。やばっ、意識したら更にごっつのど乾いてきましたわ」


 二人して夕食以降飲み物を口にしていなかったため、当然かもしれない。

 キュッと、プラスチックのふたを外して飲む準備が整ったところで「じゃあ」と言って紗凪ちゃんがビンを私に近づける。

 その意図をすぐさま理解し、私も自分のビンを紗凪ちゃんのビンに近づけた。

 そして、


「「かんぱ~い」」


 と二人の声が重なると同時にコンというビン同士のぶつかる甲高い音が鳴った。


 一気に煽るようにコーヒー牛乳を飲む。

 口の中に水分を入れたことで改めてのどの渇きを実感して、自分でも信じられない程にごくごくと飲んでしまう。

 

「「美味い!!」」


 紗凪ちゃんと同じタイミングでビンから口を離し、同じ言葉が口から出る。

 そのタイミングがあまりにもピッタリで二人して脱衣所でクスリと笑い合う。


 数分前に感じていた羞恥心や罪悪感といった負の感情は、いつの間にか胸の中から綺麗さっぱり消えていた。


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