Episode-140 『交差する世界・超清純派女優の場合③』
「きょっうの、晩御飯は、なっににっ、しよっかなぁ~♪」
エスカレーターで下り一階を目指しながら私は上機嫌にそう口ずさんでいた。
最初はどうなるかと思っていたお互いのコーデ選び。しかし、終わってみればなんと素晴らしい行事だったことだろうか。
紗凪ちゃんには喜んでもらったし、褒めてもらった。そして大好きな紗凪ちゃんにお洋服を選んでもらった。これを最高と言わず何と言おうか。
ああ、なんか紗凪ちゃんに選んでもらったお洋服を着ているだけでまるで紗凪ちゃんに常時抱きしめられているかのようなそんな錯覚を覚えそうになる。変な扉が開きそうだ。
…というか、マジでこの紗凪ちゃんが選んでくれたお洋服一式はこれからどうしよう?
毎日着ていたいという感情があると同時に大切に保管しておきたいという対極の感情もある。使用か保存かこれは中々に難しい問題だ。
その難題に頭を悩ませていた私だったが、答えが出る前に、
「あっ、着いた着いた」
目的地の一階に辿り着いてしまった。
一階はその全体が食料品コーナーとなっていて、ありとあらゆる食材が取り揃えられているらしい。メインルームの冷蔵庫の中身も凄まじく充実してはいるが、こことは流石に比べ物にならないだろう。
一応メインルームからでも百合神様にお願いすればどんな食材も入手できるだろうが、やっぱり自分の目で見て自分で選ぶのもそれはそれで惹かれるところはある。
場合によってはこれから食事の具材は毎回ここで買おうかな~、と考えてもいるほどだ。
「さてと、久しぶりのお買いものだ」
そう言って、エスカレーターを降りてすぐ横にあった買い物かごを手に取った。
一先ず気持ちは切り替える。
紗凪ちゃんに選んでもらったお洋服の事から、紗凪ちゃんに美味しく食べてもらうための夕食の事へと紗凪ちゃんシフトだ。
さぁ~て、今日の夕飯は何にしようかな。
「ふっ」
結局、考えるのは紗凪ちゃんの事。
そんな自分のブレなさに思わず少し吹き出しながら、私は夕食の材料の買い出しを始めた。
***―――――
「うぉ~、しかし予想以上に凄いなぁ」
お買い物を始めて十分程、私は予想していたよりも更に上の食材の充実っぷりに舌を巻いていた。
野菜、果物、お肉、お魚、その他もろもろ。とんでもない種類量の食材がそこには揃っていた。古今東西の食材が揃っていると言っても過言ではないかもしれない。
これは料理人の人とかはたまらないだろうな。
紗凪ちゃん専用料理人の私でさえもこんなに高揚してるんだもん。腕が鳴るってやつだね。
「さて、本格的に選び始めるとしますかね」
とは言っても、ずーっとこのままの状態でいる訳にもいかない。
別行動中とはいえあんまり長くここにいて紗凪ちゃんを待たせちゃうわけにもいかないしね。ササッと、晩御飯のおかずを決めて食材を買っちゃいましょう。
とりあえず、今日は紗凪ちゃん初めてお洋服を選んでもらった記念日だからメインは紗凪ちゃんが大好きなお肉だね。
牛、豚、鶏、どれにするかは精肉コーナーへ移動しながら考えますか。
そして私はそのまま精肉コーナーへと歩き始めた。
「それにしても、本物の人にしか見ないな」
ポツリとそう声がもれる。
その途中、目に映った幾人ものエキストラの人達を見ての感想だ。
それにしても紗凪ちゃんはよくこの人たちにアドバイス貰おうって考えを思いついたよね。思いつきそうでなかなか思いつかないアイディアだと思う。流石紗凪ちゃん、閃きの天才だね。
そんな自然な流れで心の中で紗凪ちゃんに賛辞を送った――そのとき、
「――ん?」
私の目的地の精肉コーナーが目の前に見えてきた。
が、私が「ん?」と疑問に思ったのはそこではない。不意に目に映った遠目に映る精肉コーナーで顎に手を当ててお肉を選ぶ一人の女性――その人にある人物の面影を見たからだ。
『えっと、ここにサインお願いします!』
『ここですね。うわぁ~、芸能人みたい。実はサイン書くのこれが初めてなんですよ』
『ええっ!? そうなんですか!? わぁ、メチャクチャ光栄です♪』
交わした会話はそれくらいでほぼ全部だった気がする。
でもそのときの個性の強さから何となくその容姿は印象に残っていた。スーツを着こなしたクールな見た目とは裏腹に凄いテンションの高い面白い人だった。
――私が初めて声優としての仕事に行ったあのスタジオ。そこに二ノ前先生と一緒にやってきた担当編集さんだ。
まぁ、と言ってもあの人よりも少し若めだけどね。あの人多分今は三十歳ちょっとぐらいだろうし。
それに比べて精肉コーナーにいる人は、私と同年代くらい。他人の空似と言うやつだろう。
いやぁ、それにしてもよく似てるなぁ~。
そんなことを思いながらそのまま私も精肉コーナーへと歩いていく。
そしてその女性と少し距離を空ける様にして並びお肉へと視線を移したその時だった。
「………虹白夜?」
困惑した様な声で私の名前が呼ばれた。
声がしたのはすぐ横。それに促がされる様に「え?」とそちらに顔を向ける。
やはりと言うべきか私の名を呼んだのは先程気になったあの女性だった。そして彼女は続けざまに、
「エキストラ役………じゃない?」
そう口にした。
エキストラの人が口にする言葉ではない。そしてここで過ごした時間はあまりに短いが、少なくともその中で私はエキストラ役の人に話しかけられたことはない。おそらく彼女たちは受動的な会話能力しか有しておらず、私達に能動的に話しかけることはないのだろうと私は解釈していた。
つまり、そこから導き出される答えは一つ。
この人、もしかして…。
「…あれ? もしや、あなたもここに連れてこられた口ですか? そして別の女性と二人一組で暮らしている感じですか?」
「…………そういうことか」
少しの沈黙の後に私の言葉に合点がいったかのような渋い顔をしながら女性が呟く。
そして、
「いかにも。同類らしいですね、私達」
二ノ前&鬼村ペア以来初の現実世界の人間と私は精肉コーナーにて邂逅したのだった。




