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Episode-16 『初お風呂・百合神の場合』


 時間的にいえば、そろそろこの計画が始まった初日の終わりが近づいていた。

 神といえど、流石に分身はできない。身体は一つだ。

 だから『ルーム1』の二人を朝に起こしたとしたら、自然と『ルーム2』の二人を起こす時間は少し後にずれる。そうなれば『ルーム50』の二人を起こす頃には夕方近くになっていた。


 しかし、それで全員の体内時間にズレが生じてはこちらの計画にも同じくズレが生じる。

 そのためキチンと事前に対策は打ってある。

 神に隙はないのだ。

 だが、まあ何でもかんでも上手く事が進むかといえばそれもまた違うのだが。


 目の前のモニター。

 そこには一番最初にこの空間について説明した『ルーム1』が映し出されていた。しかし、そこには一人の人間の姿もない。

 二人してもう十時間近くもプライベートルームから出てきていない。

 確か…この部屋の二人は漫画家と女子高生だったかな。


「人間は順応の生き物…とは言ったが、流石に交流が生まれなければ百合の可能性が0から上がらないのは自然の摂理なのだよな」


 そして、そこまでいかなくても初日にしてほとんど話すらしていないコンビも二、三組ほど存在している。

 はて、悩みどころだ。

 まあ、まず一、二週間程度は様子を見るつもりだがそれでもまったく関係性に変化が無かった場合はどうするべきか。それもまた一興と見守るべきか、それともやはり何か手を打つべきだろうか。

 百合神として私はどんな選択肢を取るべきなのか?


 ――ピロリンピロリン!! ピロリンピロリン!!


「うおっ!?」


 そんな神ならではの高尚な考えに浸っていたところで、不意にけたたましい音が鳴る。

 びっくりしたぁ…!!

 これ音量設定間違えたな…、って! いやそれどころではない!

 これは確かもしもの時のために風呂場に設置しておいた緊急用のボタンが押された際のアラームだ。つまり、誰かがそれを押したことを意味する。


「場所は――」


 視線をモニターとは別の壁に立てかけられた液晶パネルに移す。

 そこには各ルームを表す番号が1から50まで番号が浮かんでいた。その番号の中で非常事態用緊急ボタンが押されたことで赤く点滅している番号が一つだけあった。

 点滅していたのは『ルーム50』。


「何故一番最後に説明したのに一番話す機会が多いのだ!?」


 悪態を吐いながら指をパチンと鳴らす。

 音声だけを『ルーム50』の風呂場と繋げる。ちなみに向こうから非常事態用緊急ボタンが押された時だけ音声を繋ぐことができる。

 繋げるのが音声だけな理由は言うまでもない。当然、それ以上は百合純度が下がるからだ。


「今度はなにごとだ?」


「百合神か! ちょっと緊急事態やねんけど!」


 すぐさま聴覚に本日だけで三度目になる少女の関西弁が届く。

 まったく…、他のルームとは最初の説明の一回だけだというのに、ここの部屋の二人とは何度話したことやら。 

 仕方ない、ひとまず問題解決が先決だ。

 

「どうした?」


「虹白さんが倒れてん!」


「なんだと!?」


 本当に緊急事態ではないか!

 てっきり風呂上がりにコーヒー牛乳が飲みたいとかだろうと思ってたのに!


「あかん、どないしよ! しかもメッチャ鼻血出てんねん!」


「落ち着け。そもそもここにいる間は貴様らの体調に急激な変化が起こることはありえない。そもそも時間という概念は実際の世界に従っているため歳をとることもない」


 恐らく長風呂でのぼせた程度だろう。

 というかこいつら一緒に風呂入ってたのか? 

 そっちの方が驚きだ。ご飯も楽しそうに食べてたし仲がいいのはいいことだが距離の縮まり方が凄いな! 

 見ていなかったからわからないが女優の方が働きかけたのだろうか? ふむっ、さすが私に宣言しただけはあるな。


「そんなこと今はどっちゃでもええわ! とりあえず虹白さんをやな!」


「まあ確かにそのままという訳にもいかんし、いくら私が神とはいえ万が一ということもある。それにこれはいい機会だ、貴様に改めて神の権能というものを教えてやろう」


「は?」


「目の前の虹白夜はいるな?」


「いるにきまってるやろ!」


 苛立ったような女子高生の声。

 が、それに答えず指をパチンと鳴らす。


「――少しだけ神の瞳を貸してやる」


「うおっ、なんやこれ!?」


 次の瞬間、女子高生の混乱した様な声が聞こえてくる。

 ふははっ、愉快痛快。さぞ驚いていることだろう。

 今、あの女子高生の眼には恐らく目の前の女優の身体の容体とその解決法が文字となって見えているはずだ。そうなるように少しだけ力を与えた。


「長湯によるのぼせとショックによる一時的な失神。お風呂から上がり、涼しい場所で安静にさせておけばすぐに回復する? なんやこれ?」


「一時的にお前の視覚を人間のレベルから少しだけ引きあげた。その通りにすれば大丈夫だ」


「お~」


 感心している様子がそれだけでわかるような歓声を上げる女子高生。

 ふむ、それでよいのだ。関西弁で捲し立てたり、硬球を投げつけたりしなければ素直ないいやつではないか。それに相手を心から心配している所も好印象だ。

 症状も私の予想通りだな。さすが神。

 唯一ショックというのがいまいち分からんが壁に頭でもぶつけたか? まあ、大事には至らんだろう。


「ついでに軽くお前の肉体も一時的に強化しておいた。それで脱衣所まで虹白夜を運ぶのも容易だろう」


「あっ、ホンマや! メッチャ虹白さんが軽い! おまえ――凄いやないか!!」


「何度も言ってるけど私は神だからな」


「うおっ、マジで軽いわ。赤ちゃん抱っこしてるみたいやな~」


 うん、聞いてないな。安心したのか声音から焦りも消えている。

 もういいや、慣れたし。そう、こいつとの会話にも少しずつ慣れてきている私もいた。


「ちなみにどちらも三分もしないうちに消えるから、ササッと運んでしまえ。では、会話を切るぞ。いくら音だけとはいえ風呂場のお前と私がこれ以上話すと百合純度が落ちる可能性がある」


「あっ、ちょっと待てや」


「なんだ?」


「助かったわ、おおきにな。最初はこんなボタン何の意味あんねんと思っとったけど役に立つもんやな、見直したで」


「――そうか」


 唐突にかけられた素直な感謝の言葉に毒気が抜かれる。

 ――なるほど、こいつは良くも悪くも真っ直ぐなやつなんだな。だからこそ、少し性格がややこしそうな女優の方とはかなり相性はいいのかもしれない。

 

 なにが言いたいかというと、やはり私の見る目は凄いということだ!

 さすが百合を司っているだけはある!!


「あっ、それと」


 自画自賛をしているとまた女子高生が何かを言おうとする。

 さらに感謝の言葉を続けるつもりか?

 まったく…やはり素直ないいやつ―――、


「風呂上りの冷えたコーヒー牛乳用意しといてや。あっ、勿論うちと虹白さんの二人分な。頼んだで、百合神」


 そう言うと「よいしょ」っという声と共にお風呂から上がるような音が続く。

 どうやら、それで会話は終わったらしい。


「…………………ふっ」


 呆気にとられた後に思わず吹き出す。

 前言撤回。素直だが、同時にいいやつかどうかはまだ微妙だ!!


 指をパチンと鳴らし、音声通話をきる。

 同時に手元に冷えた瓶のコーヒー牛乳を創造し、それを脱衣所の洗面台の上にを転送した。もちろん要望通り二人分。


 一応言っておくが、断じてお願いを聞いた訳ではなく単なる神の気まぐれだ。

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