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Episode-15 『初お風呂・超清純派女優の場合②』


 まるでホラー映画のワンシーンの様に開けたガラスの引き戸からゆっくりと顔を出して室内に視線を向ける。

 結構湯気が濃い。だが、それは私にとっては朗報だ。

 ホッと息を吐く。

 そこで、


「あっ、虹白さん。足はもうええんですか?」


「うん、もう大丈夫だよ」


 反射的に声の方を振り向き、もう一度ホッと息を吐きながら紗凪ちゃんに向けそう答える。

 紗凪ちゃんはすでに湯船につかっていた。そのため湯気と温泉のお湯のダブル効果でお湯から出ている肩より上からしかハッキリと見ることはできない。正直それだけでも中々の破壊力だが、まだ致命傷には及ばない。

 紗凪ちゃんは極楽といった表情でお風呂に浸かっている。そのうえ頭にちょこんとタオルを乗せているのがすごく可愛い。


 と言っても今はそこに注目しすぎるのは自傷行為だ。

 あくまで見えていないだけで紗凪ちゃんは裸。その事実を認識するだけで鼻血と共にボロがでそうになる。

 手早く紗凪ちゃんに挨拶を交わすと洗い場の方へと歩を進める。

 何故かここも普通の温泉の様に大多数でも利用できるくらいにシャワーがある。が、そこに突っ込む余裕は当然ながら今の私にはない。


 風呂桶を取り、椅子に座ると備え付けてあったシャンプーで頭を洗う。

 この後の段取りを考えよう。頭を洗い、体を洗ってからが本番だ。

 

 まずはできるだけ紗凪ちゃんを視線に入れない様に今紗凪ちゃんが入っているお風呂にゆっくりと入っていく。そして、紗凪ちゃんの隣に座る。

 ここまでいけばたぶん大丈夫。紗凪ちゃんと会話はできるし、目線は正面に向ければ紗凪ちゃんの身体も視界に入らない。

 そして、最後は私から先に上がる。さすれば、うっかり見てしまう可能性も低い。


 よし決めた、これで行こう。そしてすぐに行動しよう。多分じっくりと考えると色々と作戦の穴が見つかる!

 頭を流しながら、そう決意する。

 そして、体を適度に洗って全身を流せば準備完了だ。


「よしっ」


 紗凪ちゃんには聞こえない声で今日何回目かの決意の「よしっ」を呟く。

 まずは紗凪ちゃんが使っていたお風呂へ。

 さっき見たときに紗凪ちゃんが入っていたのは一番オーソドックスな広いお風呂。たぶんそこまで時間は経っていないためまだそこにいるはず。それに紗凪ちゃんは優しいから多分私がくるまで待っててくれてると思う。


「あっ、虹白さ~ん」


 私の予想通り、紗凪ちゃんはそこにいた。

 そして、私を見つけるとお風呂から片手を出して「こっちですよ~」とばかりに私を呼んでくれる。

 嬉しい、嬉しいよ紗凪ちゃん。でも、体の向きをこっちに向けちゃうと視界から自然に外すのは難しいよ~…。


「音木さ~ん」


 なので、ちょっとお行儀は悪いけどお風呂まで小走りで近づく。

 そして手早くお風呂の中へと体を沈めていく。

 

 紗凪ちゃんはお風呂の壁を背中に中央辺りにいる。

 そのため私はまずその壁の近くからお風呂に入った。そこから普通に行くならばそのまま歩いて紗凪ちゃんの隣まで行くんだろうが。それだと完全に紗凪ちゃんの身体を見てしまう。

 だから私は入ったところでいきなり座る。

 

「虹白さん?」

 

 そして、そんな私を不思議そうに見つめる紗凪ちゃんの元へとお尻を横にずらしながら横ばいに近づいた。

 

「おまたせ~」


 そして、ちょうど紗凪ちゃんの横まで来るとまるでそれが世界標準であったかのようにその移動方にはなんの説明もなくそう言う。


「ええ、別に待ってはいませんけど。…変わった移動の仕方ですね」


「あっ、さっきのね」


 当たり前だが紗凪ちゃんにツッコミを受ける。

 だが、ここで躓くわけにはいかない。


「この前テレビで見たんだ。温泉とかでこうやって少し移動するだけでヒップラインが良くなるんだって。ついそれ思い出してやってみちゃった」


「はぇ~、初耳ですわ。こんな感じですか」


 私の嘘知識に紗凪ちゃんが感心した様に頷きながら、真似るようにお尻を起点に横移動をする。

 可愛い、可愛いがまたもや罪悪感。

 しかし、そんな思いは一瞬ではじけ飛ぶ出来事が起こる。


 紗凪ちゃんはその横移動を私と反対方向ではなく、私がいる方向に向かってしたのだ。

 そのため元からほとんどなかった私と紗凪ちゃんの距離がさらに縮まり、


 ――ぴとっ。


 私と紗凪ちゃんの肩が触れる。

 プニュッと凄く柔らかい感触がした。

 ふわあああああっ!?

 なんとか心の声を外に出さない様に耐えることに心血を注ぐ。


「あっ、すんません」


「いえいえ」


 そして、必死に何の動揺もありませんとばかりにそう答える。

 結構ギリギリだ。

 というか、私はホントに成人しているのだろうか? 無意識の紗凪ちゃんの行動一つ一つに先程から振り回され過ぎだろう…。


「いたっ」


 そんなごちゃごちゃした頭の中をいったん整理しようかとグッと背筋を伸ばしたことで後頭部に何か固いものがぶつかった。

 なんじゃ、こりゃ?

 紗凪ちゃんのいる方とは逆向きに首を回し、頭に当たった何かを見る。


「非常事態用緊急ボタン?」


「ん、これ風呂場の入り口にもありましたわ。なんや押すと百合神と声だけが繋がるって書いてありましたよ」


「あー、お風呂場は監視できないって言ってたもんね。でも、押す機会とか無さそうだね」


「ふふっ、うちもそう思います」


 二人で笑い合う。

 おー、いい雰囲気。それにこんな感じに会話してれば私の邪念も自然と発動しない。

 よし、これなら乗り切れる。光明が見えてきた。


 その後はお好み焼きを食べたときみたいに少し世間話のような話を紗凪ちゃんと繰り返した。


「音木さんは朝はパン? ご飯?」「ご飯ですね~」

「そういや少し前の百合神様に投げた硬球って」「あー、あれはうちの部屋が電話ボックスの他に変わってるとこないかなって探しとったら偶然見つけて、それで悪戯心で思いついてもうたんですよ」

「虹白さんはどんな漫画とか読みはるんですか?」「うーん、結構まんべんなく読むかな。少年漫画とかも読むし」

「そういや百合神ってこのボタンといいちょいと過保護なきがしません?」「だね、それは私も思ってた~」

 

 他愛もない話だ。でも、相手は初恋の女の子。

 だからこそ凄く楽しくて幸せだった。

 あ~、一生こうしてられるかも~。紗凪ちゃん、好き~。


 が、実際はそうしてられないのが現実だ。

 というか先程から私の身体は若干のぼせ気味だ。仕方ないか、もうお風呂に入って結構な時間が経ってるはず。

 そのうえ私ってどっちかって言うと早風呂だしね。

 …あれ、そういえば思い返せばずっとこのお風呂にいる。紗凪ちゃんは結構お風呂楽しみにしてたのに他のお風呂に入らなくていいのかな?


「音木さん、別のお風呂に行かなくてもいいの?」


「ん? そういやそですね…、あー、でもええか。どうせ一年もあるんやしまた今度にしますわ。――虹白さんと話すの楽しぃて忘れてました」


 眩しい笑顔でそんな愛らしいことを言う紗凪ちゃん。

 いくらなんでも可愛すぎる。この子はもしや天使か何かの生まれ変わりなのだろうか? 


「ありがと、嬉しいよ」


 今いるのがお風呂でよかった。 

 もし外だったら私の顔が照れで赤くなったのがばれてしまったかもしれない。


「じゃあ、そろそろ私は出ようかな」


「あっ、さよですか」


「うん、私あんまりお風呂長くないんだ。あれだったら音木さんはもうちょっとゆっくりしてて大丈夫だよ」


 そんな感情を隠すようにゆっくりと腰をあげる。

 あとはこのまま脱衣所まで歩いていけばいい。

 さて、これでひとまずはミッションコンプリートだ。そう思った。


 唐突だが、『画竜点睛』という四字熟語がある。

 簡単に言うと最後の仕上げと言う意味だ。

 そして、私は言うなればその『画竜点睛』を欠いてしまった。


「うわっ!?」


 これで乗り切ったと気が一瞬緩んでしまったんだと思う。

 立ち上がると同時に足が絡み、体勢が崩れる。

 そのまま顔面から水面にバッシャーン―――ならばまだ良かっただろう。


「虹白さん!!」


 前へと倒れる私の身体を素早く立ち上がった紗凪ちゃんが抱きとめるようにグッと掴む。

 その結果、倒れる最中だった私の身体が紗凪ちゃんに抱きしめられるような形で空中で静止した。

 ムニュッという先程の肩とは比べ物にならない程に柔らかな感触が上半身を中心に広がる。

 ―――――――ッッッッ!?!?!?

 

「ふっー、セーフ」


 安心した様に紗凪ちゃんが息を吐く。

 しかし、私はそれどころでない。だが、私にかかる負荷はそれだけでは収まらなかった。


「大丈夫ですか、虹白さん?」


 身体に触れる感覚が消える。

 すでに紗凪ちゃんによって引き戻され身体は普通に立っている体勢に戻っている。

 そして、当然ながら私と紗凪ちゃんの二人は立っている。更に言うと向かい合うように立っている。更に更に言うと私の瞳には思いっきり一糸纏わぬ姿の紗凪ちゃんが映っていた。


 それが限界だった。

 鼻の上辺りが熱い。その理由は続く紗凪ちゃんの言葉でわかった。


「ちょ、虹白さん! 鼻血!!」


「あっ…」


 手で鼻を軽く抑えるが、同時にぐらんと視界が揺らぐ。

 そして制御を失った身体が前方へと倒れる。


「ちょ…!? えっ、虹白さん、虹白さん!?」


 再び紗凪ちゃんに受け止められる。

 その体勢のままポツンポツンと視界が点滅し始めた。

 そして、私を呼ぶ紗凪ちゃんの声を聞きながら私の意識は段々と閉ざされていったのだった。


 え…、これってもしかして私、死ぬんじゃない?


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