Episode-EXTRA16 『ルーム22・真面目過ぎる十六歳の場合②』
「よい…しょ」
着ていた衣類を脱ぎ、下着姿になる。
そして、着慣れた動作でセーラー服を身に着ける。
…ん? やっぱり私も多少は成長しているようだ。あまり体格は変わっていないといっても中学生の頃の制服はやはり全体的にきつく感じる。
といっても、着るのに支障が出る程ではないけど。
「よし。どうです、変じゃありませんか? 坂巻さん」
懐かしの制服を身に着けてその場で一回転。
すると腕にまだ制服(高校バージョン)を持ったままの坂巻さんはその場でパチパチと軽い拍手をしてくれた。
「うん、似合ってるよ」
「そうですか、よかったです。実を言うと着ていたのは一年以上前なので少し不安だったんです」
「…それを言うなら、私は八~九年くらい前なんだけどね」
「――たしかに! 言われてみればそのとおりですね。鋭いご指摘です」
流石、坂巻さん。
そうか、冷静に考えてみれば坂巻さんが私と同じ年齢だったのは十年も前なんですよね。
でも、今の私と坂巻さんの体型は見たところそこまで変わらない。きっと坂巻さんも普通に着ることは可能だとは思う。
「それにしても凛ちゃんって大胆だよね」
そんなことを考えていると、坂巻さんが少し頬を赤らめながらそんなことを言ってきた。
大胆?
「どういう意味でしょう?」
「いや、いきなりお洋服脱いでこの場で着替え始めちゃったからさ」
「あー、なるほど。大胆というほどではありませんよ。坂巻さんに下着姿を見られても特段恥ずかしがるようなことではないというだけです。同じ女性ですし、…個人的には気心知れた仲だと認識していますしね――あっ」
が、その指摘に答えている最中に私は気付いた。
この言葉はつまり坂巻さんは私の目の前で着替えるのが恥ずかしいから『着替えている間は外に出ていてくれないか』という無言のメッセージではあるまいか。その証拠に、セーラー服を手に取ったはいいが未だに坂巻さんは着替える気配がない。
うん、今日の私は冴えている。
「じゃあ私、坂巻さんが着替えている間は外に出てますね」
「えっ、なんで急に!? というか待って! どちらかと言えば一人で着替える方が精神的にしんど――」
「では、ごゆっくりどうぞ~」
そして、私は瞬時の判断でそのまま坂巻さんを残し自室を後にした。
ふぅ~、今のは我ながら中々に大人な気遣いだったのではないだろうか。言葉で聞かずして、相手の心情を推し量る。中々今までの私ではできなかったことだ。
はっ! もしや、もう計画の成果が出始めているのでは!? やはりこれは中々にいい提案だったかもしれない。
そう少しの満足感を噛みしめながら、私は自室のドアを背に「ふぅー」と息を吐いた。
「………んー?」
そんな中、広大なメインルームで一人で坂巻さんの着替えを待っている間に私の中で先程の違和感が再熱し始めた。
それすなわち若干の制服のサイズの合わなさからくる違和感である。
さて、どうすべきか? 今さら坂巻さんに制服を交換してくれとは言えない、そもそも私でキツイのだから坂巻さんも同じくキツイはずだ。
「あっ」
が、その悩みの解決法はすぐに見つかった。
簡単なことだ。全能の存在にお願いすればいいだけだ。
うん、やはり今日の私は冴えている。
「百合神様」
「――なんだ? そちらから呼びかけるとは珍しいな…ってどうした? なんだその恰好は?」
呟くような小さな呼びかけに百合神様はすぐに反応を示した。
が、モニターに映ったお面姿の神様は私の出で立ちを見るや否や首を傾げる。
まぁ、妥当な反応だろう。
「少しやりたいことが見つかりましてね。それに必要な格好です。なに、貴方の目的をどちらかと言えば手助けするような計画ですよ」
「――ほう、それは楽しみだ。あとでメインルームの録画映像からその計画とやらは拝聴するとしよう」
「ご自由に。で、肝心な要件ですが。私が身に着けているこの制服のサイズを全体的に少し大きくできますか?」
「お安い御用だ」
パチンと百合神様が指を鳴らすと、一瞬でキツかった制服が緩みちょうどのサイズに変換された。
何度見てもこの神の権能は慣れませんね、常識はずれです。
「感謝します。全体的に、特に胸部と臀部が若干キツくなっていたんです」
「おい、やめろ。私の前でそういうことを言うな、相方の前で言え。百合純度が下がるだろうが」
「…前々からお聞きしたかったのですが、その百合純度という言葉は一体なんなのですか? よろしければ具体的にご説明願いたいですね。もし複雑になる様でしたら、用紙数枚にでも資料としてまとめておいてくだされば、空いた時間に目を通しておきますよ」
「ふーむ、考えておこう。といってもこれは理解できる人間とそうでない人間がいるからなぁ。感覚的な話でもある訳だし」
そう仮面越しの顎に手を当てて百合神様が思案し始めたところで、
「凛ちゃーん…」
そんな声と共に遠慮がちに扉が開かれた。
ドアから顔だけを出した坂巻さんの表情は恥ずかしがっている様で顔色も朱に染まっている。
「あっ、着替え終わりました?」
「終わりましたけど…。えーっと、やっぱりこれは中々に中々なんじゃないかと思います」
「どういう意味です?」
その私の問いかけに何かを諦めるように「はぁ~」とため息を吐くと、
「――こういう意味です」
ゆっくりとだが完全に扉が開き、セーラー服をまとった坂巻さんがメインルームへと入室した。
「おお」
その姿を見て思わずそんな声が漏れる。
なんというか――凄い。大人の見本のような坂巻さんが女学生しか着ることのないセーラー服を身につけることで、本来学生にはないセクシーさが現れている。
はて、これをどう本人にお伝えしようか?
数秒悩み、そして、
「なんというか、セーラー服越しに背徳感の様なものと学生にはない大人の魅力が溢れていますね。今まで学校などでも見たことが無いタイプのセーラー服の着こなし、一言で言えば素敵です」
「…凛ちゃん。それは褒めてるつもりかもしれないけど、すんごい複雑な気持ちだよ。というか、どんな賛辞の言葉でもこの格好の私には嬉しいと感じれないかも。ううっ、顔から火が出そうっ」
私なりの手放しの賛辞だったがそれにより坂巻さんの顔の赤さは増してしまった。
ううーん、難しい。いや、私は本当に素敵だと思うのですけどね。私が着てもこんな魅力的には絶対になれないですし。
「百合神様も素敵だとは思いません?」
何となくそう問いかける。
しかし、そういえば坂巻さんには百合神様がいることを伝えていなかったので、彼女は「ええ!?」とまずその存在に驚き、両手で自身のその姿を覆うように隠してしまった。
あっ、これは言われたばかりの百合純度とやらを下げてしまったかもしれない。
そんなことを思っていると、
「あーっと…うん、まぁ、そうだな…。いいんじゃないか、…人それぞれで」
百合神様がそう私の思考に同調してくれた。
なんだ、やっぱりそうですよね。声が若干引き攣っていたのは私の気のせいだろう。
「ほら、百合神様もああ言ってくれてます」
「あのね、凛ちゃん。『いいんじゃないか』の前か後に言い淀むような何かがあったら、それは十中八九本心からの言葉じゃないのよ。今回は前にも後にも精一杯の気遣いがあったわ」
「気にし過ぎじゃないですか?」
そんなことを話していると、
「というか、単純な疑問なのだが――お前たちは一体何をしているんだ? 気になって仕方がないんだが」
そこでそんな質問が百合神様の方から飛んできた。
あれ? 先程は録画映像で確認するって言っていたのに結局この場で聞いてくるんですね。
「――なるほどな」
まぁ、この場で隠す理由もないし神様のお知恵を拝借できる可能性もあるのでここまでの流れをかいつまんで私たちは説明した。
そして、その説明を聞き終えると百合神様は納得した様にどこか満足そうな声でそう息を吐いた。
「さながら、青春回顧録といったところか。ふむっ、悪くないな」
「そうでしょう」
「うむ。それを通して今まで以上にお前たち二人の仲は良くなり、絆は深まることだろう。それに何よりここにはそれだけの機能があるし、青春につきものの季節ごとのイベントも順次開催予定だ」
「くっくっくっ」と上機嫌に笑う百合神様。
イベント…というとこの前のお花見みたいな感じだろう。あれにはほとんど参加しなかったがあの時にすでにこの計画を思いついていれば、もしかしたら二人で制服姿のままにお花見を楽しんでいたのかもしれない。
ふむっ、百合神様の言うことはもっともだ。
「愉快な楽しみが一つ増えた。ではこれ以上ここでお前たちと長話をすれば更に百合純度は下がりそうだから、私はお暇するとしよう。さらばだ」
そして私達の計画を聞いて心底満足した様に数度頷くと、百合神様を映したモニターはメインルームから消え去った。
「なんというか、思いのほかにお墨付き頂きましたね」
「そうだね。そしてそれは、私がこれから先もこれを着るのが半ば決定したとも言える…」
「でも、悪くないと思いますよ。青春回顧録」
「とほほ…」という擬音が聞こえてきそうな表情でそう言う坂巻さんの手を取って、私は先程百合神様が命名した私たちの計画の名を口にした。
回顧――それは過ぎ去った過去を懐かしみ思い返すこと。
これまで坂巻さんが思い返していた青春は、色あせた楽しくない日々の記憶。でも、私とのここでの青春の追体験を通して、その記憶は上書きされるのだ。
そして、それはきっと私にとっても大切な財産となる。そんな確信が今はあった。
「――そっか。うん、そうかもね」
「はい。坂巻さんは失われた青春を、私は今現在進行形で失われている青春を。それぞれ取り戻しましょう。私達二人で」
「凛ちゃん…」
よーし、そうと決まればやる気が出てきた。
坂巻さんが言っていた、『友達と遊ぶ』のも『ちょっと羽目を外したりする』のも二人一緒ならできる。
…あれ? 何かあと一つ坂巻さんは言っていた気がする? なんでしたっけ?
少し考える。しかし、何故かど忘れしてしまったようで思い出せない。
――でもまぁ、いいか。それもきっと、いや絶対に私と坂巻さんならできるはず。
「よし、じゃあ明日からもセーラー服女子高生コンビとして青春していきましょう!」
「おっ、おー!」
そして、私たち二人はその場の勢いそのままに握り合った手を天へと突き上げてそう宣言した。
――さあ、二人だけの青春を始めましょう。




