Episode-EXTRA14 『ルーム22・真面目過ぎた二十六歳の場合』
昔から真面目に生きてきた。
学校は無遅刻無欠席、勉強も運動も勤勉に租力を惜しまず取り組んだ。ルールは何事も遵守し、嘘は吐かない。
ただただ、ただただ真面目に生きてきた。
それが私の唯一、他の人よりも――誰よりも誇れる点だった。
でも、それは今になって思えば本当に無意味な誇りだったと思う。
友情を捨て、恋愛を捨て、遊びを捨て、そして大人になった私の手の中には結局なにも残らなかったのだから。
***―――――
「先程の助言ですが、やはり納得いきません。なっちゃうどころか、私はなれるならば貴女のようになりたいですよ」
食事を終え、更に私が皿洗いを終えたところでテーブルに座る凛ちゃんが心底納得いってなさそうな顔と声でそう言ってきた。
あー、やっぱりさっきの会話の件かぁ~。
「あなた真面目過ぎる。このままじゃ私みたいになっちゃうわよ」的なことを言った後、なんか気まずくなってその話題を打ち切ってしまったんだよね…。
「まぁ、そう言ってくれるのは正直嬉しいんだけどね…。あれだよ、凛ちゃんは若いんだし今の内にいろんな経験とかした方がいいかなぁ~って」
「はぐらかさないでください、納得できません。キチンとした説明を求めます」
「う…」
真っ直ぐこちらの目を見てのその言葉に思わず言葉が詰まる。その眼を見ただけで梃子でも動かない様な頑なさが今の彼女にはあることがわかった。
そしてそんな彼女を見て私の胸中はある一つの思いに支配されていた。
――ほんとにっ、ホントにこの子はもうっ、私の学生の頃にそっくりだな~~!!
そう、彼女――真嶋凛は昔の私に瓜二つなのだ。
正直、生き写しと言っても相違ない気がする。
性格もそして何の因果か見た目も十年前の私そのままだ。ここで最初に見たときからず~~っと思っていた。そして、その思いは日々を重ねるごとに増加していった。
だからこそ、私は彼女に普段以上に余計なお世話をしてしまいがちなのだ。
恐らくこの子はこのままいけば私と同じような人生を歩み、同じような大人になる。
そして、この考えは驕りかもしれないが『私は私と同じような人生を歩ませないためにこの子とここで出会った』、そんな風にも考えていた。
さっきの指摘もその思いがあるが故に我慢できず出てしまったものなのだ。
そして、実際に口に出して言ってしまったからにはもう全てを話そう。
私がそんな覚悟を決めるのに時間はかからなかった。
「ふぅ~、わかった。少し話そうか」
「はい」
そう言って、社会人二年目から吸っているたばこをポケットから取り出すと換気扇のスイッチを入れて火をつける。
ちなみに私が喫煙者であることは凛ちゃんに説明済みだ。
「ふぅ~。さて、何から話そうかな。…そうだな、まず導入は」
煙を吸い込み、吐き出す。
そして、私は考えながら口を開き始めた。
「…私の隣の家にね、同い年の佳奈子って子がいたの。友達って程じゃなかったかなぁと私は思ってたけど、小さい頃はたまに遊んだりしたの」
「へぇ」
今から話すべき内容にしては不可解な話し出し。
しかし、凛ちゃんは余計な口を挟むこともせずに黙って相槌だけをうってくれる。
「佳奈子は私とは正反対の子だった。どちらかと言えば不真面目で勉強嫌いでルールとか色々破ったりもして、遊んだりするのが大好きで友達も大勢いて恋人もいて、とそんな感じの子だったの」
「大人になって苦労するタイプですね」
「ふふっ、辛辣だね。でも…うん、昔は私もそう思ってた。将来的に私の方が絶対に良い人生を送るって疑いもしなかった」
「…違ったんですか?」
その問いに私はフッと笑い、煙を吐いた。
「中学を卒業した辺りから佳奈子とは疎遠になって、大学は佳奈子は親戚が関西にいるとかでそっちに行ったって風の噂で聞いたっきり。もうそれ以降は会うことはないんじゃないかと思ってた」
しかし、そうはならなかった。
今でもはっきりと覚えている、あの時の会話については。
「三年前かな。いつも通りの職場の高校から家までの帰り道、そこで私は佳奈子たちと再会した」
「たち?」
「うん、里帰りでもしてたのか佳奈子とその旦那さんと五歳ぐらいの娘さんが家族で近所の道を歩いてたの。そして、お互いがお互いに気付いて目が合った瞬間にふと思っちゃったんだ。――あれ? 今の私が彼女に勝っているところってなんだろうってね」
自嘲の笑みを浮かべながらのその語りを、凛ちゃんは黙って聞き続けてくれる。
「たくさんの友人、旦那さんや子どものいる家庭、色々な楽しい思い出。全部私は持ってない。だからといって私が持っていて彼女が持っていないものは思いつかない。あっ、お酒もたばこもやる私は健康面でも負けてるね」
人生は勝ち負けじゃない。そんなことはわかってる。
でも勝ち負けは無くとも、優劣は存在する。佳奈子と私を比べれば、どちらが優か、どちらが劣かは明らかだ。
それに加え、
「佳奈子の第一声、なんて言ったと思う? 私を見て『ひっさしぶりじゃん~、芽衣♪』って本当に嬉しそうに言った後に旦那さんと娘さんに『この子、私の幼馴染でね。すっごい頭良くてすっごい美人でね~。昔はよく遊んだんだ~』って自慢するみたいに説明するんだよ」
「――ふむ」
「それ見て、『あ、性格でも負けてるじゃん…』ってね。それに気付いちゃったらなんだかとっても気まずくて同時に恥ずかしくなっちゃってね。そのあと二、三言だけ話してすぐ家に帰っちゃった。…あはは、すっごいカッコ悪いよね」
あー、自分で話し出したのに話がダサすぎてまた恥ずかしくなってきてしまった。
というか、マジで格好悪いな私…。今さらながらこれは失望されてしまうのでは?
――まぁ、それでもいいか。若人に道を説くのも教師の務めだしね。でも、最後に一番伝えたいことだけはしっかり伝えよう。
「真面目に生きるのは当然悪いことじゃない、むしろ素晴らしくてとても偉いことよ。悪いのは私みたいな生き方、真面目にだけ生き過ぎる事。真面目も遊びもバランスよく、それが一番人生を楽しめるんだと今の私は思ってる」
…まぁ、こんなことはわざわざ言われなくてもきっと大半の人が自然に理解して、そして自然にできてることなんだけどね。
中には私とか凛ちゃんみたいに不器用に悪い意味で真面目過ぎる生き方をしちゃう人もいる。
私はもうそういう風に大人になってしまった。でも、凛ちゃんはまだ若い。色んな事が今からでもできるんだ。
「だから、学生らしく友達と遊んだり恋をしたりちょっとだけ羽目を外したり、若いときにそういうことをしてみるのも良いんじゃないかな、という失敗者からのアドバイスをもってこの話を終えるとしようかな」
これにておしまい。チャンチャン♪、ってね。
話を終えて、灰皿へとタバコを押し付ける。
だが私が話を終えても、凛ちゃんは目を閉じて何かを考えるように押し黙っていた。
きっと、悩んでいるのだろう。
うん、悩め悩め若人よ。そしてどうか私が送れなかった素晴らしい青春を――、
「閃きました!」
「わぁ!? ビックリした!! どうしたのっ!?」
が、一人感慨に耽っていたそんな時に突如凛ちゃんが声を上げながら勢いよく椅子から立ち上がった。
そして、
「ならその体験、ここで私とするのはいかがでしょう。私と貴女、一緒にです」
「………はい?」




