表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/178

Episode-117 『二人の知らない二人の話~転~・人見知りヤンキーの場合』


 あの宿泊学習から早一週間が経過した。

 アタシ達の生活の場所はいつもの空間へと戻り、また二人きり。しかし、その生活の様相は全く別のものへと変わっていた。


「よし、これで午前は終わりだ」


「――っと、はい。了解しました」


 画材、漫画、資料が物品の九割近くを占めているんじゃなかろうか、という感じのこの部屋。言うまでもなくここは二ノ前先生のプライベートルームだ。

 そして、アタシはこの一週間の内のかなりの時間をこの部屋で過ごしていた。こちらも言うまでもなく、アシスタントになるための特訓のためだ。

 これが始まったことにより一日の生活リズムもだいぶ変化した。


 まずは朝起きて、アタシが二人分の朝食を作る。それを二人で食べた後にシャワーや歯磨きと言った朝の日課を一通り行い、二ノ前先生の部屋に集合。そこから特訓に入る。

 当然はじめてやる作業が大半のため、進みはかなりゆっくりペースだが意外…と言ったら失礼かもしれないが二ノ前先生はアタシの四苦八苦する様子に怒ることも不機嫌になることもなく、懇切丁寧に教えてくれている。


「じゃあ、お昼ご飯作っちゃいますね」


「ああ、三十分後にな」


 午前の部が終わったら、その後はアタシは昼食の準備のためメインルームに向かい、二ノ前先生はそのまま残って三十分だけ自分の原稿を進める。

 そして、三十分後。また二人一緒に昼食をメインルームでとるという訳だ。


「うん、美味いな」


「どうもです」


 今日のメニューは、チャーハン。

 アタシは今までは調味料は自分の中の一人分の感覚で入れていたため、二人分つくるのは慣れていなかったが二ノ前先生のリアクションを見るに今回も味付けに問題はなかったらしい。

 とりあえず一安心。この調子で慣れていきたいものだ。それとも今さらながらこれからは目分量ではなく、しっかり測った方が良いんだろうか?


「もうそこそこ漫画読んだだろ?」


「そうですね、結構読みましたかね」


「どうだ? 好きになれそうか?」


 そこで対面の二ノ前先生からそんな質問が飛んできた。

 実は『技術を磨くのも大事だが知識を磨くのも同じくらい大事だ』、とのことでこの昼食の後に食休みも兼ねてアタシはいつも二ノ前先生の部屋にある名作漫画を読んでいる。

 とは言っても、アタシは別に漫画家を目指しているわけではないことを二ノ前先生も当然知っているのでそれは半分建前だろう。実際はあの宿泊学習二日目に言った『漫画は好きか?』という問いの答えをアタシに見つけさせようとしてくれているのだと思う。


 そして、実はその問いの答えはもう見つかっていた。


「はい。どうやらアタシは漫画が好きなようです」


 そう感じたままに素直に答える。

 すると、


「そりゃよかった」


 そんな風に二ノ前先生は安心した様に小さく笑い、「ほっ」と息を吐いた。


「アタシが嫌いっていたらどうしてたんですか?」


 少し反応が気になり、そんなことを掘り下げて聞いてみる。


「どうもしねぇよ。…まぁ、ただ仕事とはいえ嫌いなものに関わらせるってのはあんまり気乗りしないからな。今後の指導の熱は少々下がったかもしれん」


「結構なリスクのある問いだった!? ていうか、他の漫画は知りませんけど二ノ前先生の漫画は大好きって最初に伝えてたじゃないですか」


「いや、まぁそりゃそうなんだがな…」


 二ノ前先生には珍しく歯切れの悪い答え。

 それを彼女自身もわかってか、その後に付け足す様に、


「一応担当編集とかを抜けば、お前は初めて私の漫画に作り手側として深く関わる存在だからな。どうせならお前にも『漫画』っていうもの自体を好きになって欲しかったんだ」


 そう言った。

 心なしかどこか恥ずかしそうで、年上で恩人である彼女にこんな感情を抱くのは自分でもちょっとどうかと思うがそんな二ノ前先生が少し可愛く見えた。


「何を笑ってんだよ…」


「えっ、笑ってました?」


「ああ、口がニヤケてやがったぞ」


 やべっ…。


「――おっと、これは失礼しました」


 無意識に出てしまったその反応を誤魔化す様に「えへへ」と笑い、チャーハンを口に運ぶ。

 「…ったく」、そんな最初とは違いすっかり二人での会話に慣れたアタシに呆れた様にため息を吐くと同じく二ノ前先生も食事へと戻った。


 ちなみに、先程から安心だったり照れだったりと二ノ前先生の感情を読み取っているアタシだがこれは断じて彼女の表情が豊かになったりした訳ではない。二ノ前先生自体は全く変わっていない。

 これは単純にアタシが二ノ前先生に詳しくなり、その表情の些細な変化から感情を読み取れるようになったに過ぎないのだ。

 きっと一週間前のアタシでは、その些細な変化は見逃していただろう。そう考えれば本当にあの三日間は実りのある期間でこの一週間は充実した期間だったと心から思う。


「ごちそうさん」


「お粗末様です」


 そんなことを考えていたら、二ノ前先生が一足先に昼食を終えた。

 相変わらず食うのがはえぇ。

 まぁ、そう言いつつもアタシももう食べ終わるんだけど。ちょうどいいやと思い、そのまま二ノ前先生に合わせるようにスプーンで更に残っていたチャーハンを全て口にかき込んでいく。

 

「ふぅー、我ながら美味しかった。ごちそうさま」


 そして、両手を合わせて昼食終了。

 あとはササッと洗っちゃお。「あっ、桃。これも頼む」、と手渡された二ノ前先生の食器を「はいはーい」と受け取って台所まで戻る。

 そんな中で、


 ――。


 シンクに食器を置き、洗い始めようとしたところで不意に目の前の光景が目に入った。

 テーブルに座り、お茶を飲んでくつろぐ二ノ前先生。

 二人で同居していればありきたりな普通の光景。しかし、あの二泊三日があるまでは見られなかった光景だ。そう考えれば本当に色んなものを得た三日間だった。


 虹白夜と音木紗凪。

 あの二人との出会いがこの光景を形作ったと言っても過言ではない。

 でも、一人が後片付けをしてもう一人がテーブルでゆっくりする光景を台所越しに見るなんてあの二人なら初日ぐらいに経験してそうだけどな。

 そんなことを考え、「いつかあの二人ぐらい仲良くなれたらいいな~」と思っていたところで、


 ―――あ。


 アタシはあることに気付いた。気づいてしまった。


 虹白さんは、紗凪ちゃんと呼んでいた。

 紗凪は、夜さんと呼んでいた。

 二ノ前先生は、桃と呼んでいる。

 アタシは、二ノ前先生と呼んでいる。


 一人だけ名字呼びじゃん!?


 こっ、これじゃあ…縮まるものも縮まらない可能性があるんじゃないか!?

 いやっ、でもいきなりそれは馴れ馴れしいとも言えるか!?


 いやいやいやいやいやいや――――。


 振って湧いたそんな疑問に皿洗いをしながら脳を珍しく高速回転させる。

 そしてその思考の末、アタシの出した結論は「いい機会だし言うだけ言ってみよう!」というものだった。


「あの~、二ノ前先生」


 恐る恐るそう話しかける。


「どした?」


「これからアタシ達ってそこそこ長い付き合いになるじゃないですか?」


「? そうだな」


「あの…なのでお嫌じゃなかったら下の名前で呼んでもいいですか?」


「いいぞ」


「ええっ!?」


 しかし、返ってきたのはまさかの即答。

 思わず言った私の方が驚きの声を上げてしまう。当然「いや、なんでお前が驚くんだよ…」と二ノ前先生も呆れ顔だ。


「いや、まさかそんな即答で許可を頂けるとは」


「許可も何も私が桃って読んでるんだから、それでそっちは名前で呼ぶなって言うのもおかしな話だろ。別に呼び方ぐらい勝手にしてくれていいぞ」


「な、なるほど。――では、えっと…これからは一さんと呼ばせて頂きます」


「――……!」


 そう言っていた二ノ前先生もとい一さんだったが、アタシが実際に名前で呼ぶと眉をピクンと跳ねさせた。

 これは…若干動揺しているリアクションかな?


「えっと…なにか?」


「いや、ユキの方ではなく本名でくるとは少し予想外だった」


 ああ、なんだそういうことか。


「よく考えたら、アタシが一日の結構な時間を漫画のご指導をして頂いているのは二ノ前ユキ先生ですが、一日の全てを同じ空間で過ごしているのは須能一さんですからね。そっちの方が良いかなって思いまして」


「…そうか」


「もしかして気に入りませんでした?」


「いやそう言うわけではないが…。呼ばれ慣れてないから少々こそばゆいな」


 そう言う二ノ前先生の表情は、驚きと困惑そして少量の照れで構成されていた。

 何故か漫画の腕よりも一さんの表情鑑定の腕の方が上昇率は高いアタシである。


 そんなこんなをしているうちに、洗い物は終わってしまった。

 この後はいつも通りなら名作漫画を読んで食休みだが、すでにアタシは『漫画が好き』という答えが出たのだから今日からは別メニューかな?、なんて思っていたのだが、


「よし、今日も漫画を読んで学ぶといい」


 そう言って、一さんが立ち上がった。

 その変わらぬ様子に「はい」と笑顔で応えつつ、アタシも手を拭いてテクテクと自室へ向かうその背中へとついて行く。


「でも、この一週間漫画を読んでいるうちに一つ気付いたんですけど」


「んー」


「やっぱりアタシにとっては二ノ前ユキ先生の漫画が一番面白いし一番好きですね」


「――ハハッ、当たり前だ。何せ私は天才漫画家だからな」


「ですね。そしてアタシはその天才漫画家の最初で最後のアシスタントだ」


「おっ、言うようになったじゃねぇか。ならさっさと私の力になれるようにこれからもっと精進しろよ、桃」


「お任せください。頑張って付いていくんで、――これから末永くよろしくお願いしますよ、一さん」

 

これにてメチャクチャ長かった宿泊学習編が終了となります!ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!

ちなみにこの話のサブタイトルはまだ起承転結の結が残っておりますが、これは相当先になると思われます。気長にお待ちいただければ幸いです。

さて、この後はお馴染みのEXTRAを挟んだ後に本編は新展開に突入となります!

これからも本作を何卒よろしくお願いいたします♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ