Episode-116 『別れのとき・ルーム50の二人の場合』
「おっ、もうそんな時間かいな」
唐突に壁にモニターが映り、そこにもうメチャクチャ見慣れたお面が姿を現しおった。
時計を見れば確かにいつのまにやら昼時。つまり、ここに桃と須能さんが現れてから丸々二日が経ったって訳や。
「ああ、これより元の部屋への帰還に移る。――といっても、来た時と仕組みは一緒だがな」
そこで百合神がパチンと指を鳴らす。
言葉通り二日前と同じく壁に黒い線が描かれ始め、そこに一分もしないうちにそこそこ大きい扉が完成した。
「…あれやな。こう実際に別れるとなるとちょい寂しい感じするな」
その扉を眺め、ポツリと呟く。
ソファの横に座る桃も「そうだな」と頬をかいて答えた。
「ふぅー、次会うとしても一年後かいな。長いでぇ、うちらのこと忘れんといてな」
「こんな濃過ぎる三日間は忘れようにも忘れられねぇよ。そっちこそ忘れんなよ、帰ったら大阪観光でもてなしてくれんだろ?」
ニッ、と笑って言った桃の言葉に「任しときぃ」と親指を立てる。
うちはその辺の約束はキッチリ守る女やで。
「――あっ。ちなみに各プライベートルームの電話ボックスに同居人以外の二人の連絡先は追加しておいたから今後はいつでも会話は可能だぞ。悩み相談や雑談などに普通に使えるので使いたい時に使うといい」
「……え?」
「……は?」
が、そんな若干しんみりしつつあった別れの空気の中で百合神がそんなことをサラリと言いおった。
………いや、いやいやいやいや、
「お前そういうことは先言えや! なんやねん、今のちょっと寂しい感じの空気が茶番になるやんけ!」
「――いや、知らんがな」
「おまっ、おちょくっとんのか!! なんで急にエセ関西弁やねん!?」
「はい、という訳で忘れ物は無いな。須能一、鬼村桃。プライベートルームはそのまま転送するから問題ないが、その他の場所での私物の置き忘れには気をつけろよ」
「おい、おいお面コラ! 何を急に引率の先生みたいなことを言うとんねん。ちゅーか、まずはうちに対応せいや。なんでさっきのやり取り全部なかったみたいな空気感出しとんねん!」
パチンと手を叩き、もう完全にうちを放置し帰還時の注意事項を話し出した百合神に食って掛かるが、向こうは完全にガン無視を貫く気らしい。
あんにゃろ、この宿泊学習中の期間やけにおとなしかったからおかしいと思うとったんや。
「もしかしたら神も成長したんかな」とちょっとでも思ったうちが馬鹿やったな。
「紗凪って神様と仲良いんだな」
「はぁ? いや、どこがやねん」
ちなみに横でサラリとそんなとんでもないことを言いだした桃にはさっきの百合神の分を割増しでビシッとツッコみを入れておいた。
***―――――
四人いても相も変わらず紗凪ちゃんと百合神様のじゃれ合いみたいな言い合いは変わらないなぁ~。
もはや少し感動すら憶える程に不変でお馴染みなものとなったそれを見ながら、そんなことを思っていると、
「お前ら、百合神と仲良いよな」
私の向かいの椅子に座っていた二ノ前先生が声をそうかけてきた。
「そうですか?」
「まぁ、私ら比ではあるがな。ぶっちゃけ私は飯の時とかしか話さなかったし、桃にいたっては初日以降話していないんじゃないか?」
「へぇ~、そうなんだ。こっちは百合について語ったり、紗凪ちゃんが硬球をモニターにぶつけたり、テレビで熱い説明を聞いたり、クラッカーでお祝いされたりと色々ありましたよ。あと私がお風呂場で倒れたときとか、お花見で倒れたときとかにも紗凪ちゃんは私を助ける為に百合神様の力を借りてたそうです」
「相変わらずツッコミどころが多過ぎるな。…でも、そうか。そんなに色々と話す機会が多ければそれは多少仲も良くなるか」
仲良いってのはちょいと違う気もするけど、人と神様だし。でもまぁ、親しみ深い存在にはなりつつあるかもしれない。
というか、
「多分、百合神様と話す機会ってきっと同居人と仲が良い程に増えるんじゃないかと、私は思ったりしますね。私だったらもちろん紗凪ちゃん、二ノ前先生だったらもちろん鬼村ちゃんです。――だから、何となくだけどこれからそっちも百合神様と話す機会が増えたりするかもですよ」
「いや、別に増えても嬉しくはないんだが」
そう言って苦笑する二ノ前先生。
そんな二ノ前先生を見て、私は少し微笑ましい気持ちに包まれた。
何故なら増えても嬉しくないと言うだけで、百合神様との会話も増える――つまり鬼村ちゃんとこれから仲良くなるという事を否定しなかったのだから。
「さて、じゃあ帰るか桃」
「あっ、はい」
二ノ前先生が椅子から立ち上がり名前を呼ぶと、紗凪ちゃんと一緒にいた鬼村ちゃんがソファから立ち上がる。
私と紗凪ちゃんも同じく見送りのためにそれぞれ立ち上がった。
さて、あとは二人があの扉をくぐって元の空間に戻るだけだ。しかしそこで、
「そうだ、最後に一つだけ聞かせてくれ」
百合神様が不意に口を開いた。
お面でその顔は当然見えないが、その言葉は私達全員に向けられたものであることがなんとなくわかった。
「この二泊三日の宿泊学習、どうだった?」
凄まじく簡素な問い。
それに対し、
「――そうだな、悪くはなかったな。新しい発見もあったし得るものもあった」
最初に二ノ前先生が相変わらず素直じゃない感じにそう答え、
「アタシは…あの、本当にこんなに良くしてもらっていいのかな~って思うくらい充実してて、何と言うか…恥ずかしい言い方かもですが、夢の様な時間でした」
次に鬼村ちゃんが師匠(仮)の素直じゃなさを帳消しにするくらい素直にそう答え、
「ま、始めはどうなることかと思うとったけど、終わってみたら存外おもろかったで。ええ作戦やったんちゃう、そこはしゃーない褒めたるわ」
続けて紗凪ちゃんがいつも通りに快活に笑いながら、百合神様に上から目線でそう答え、
「はい、とっても楽しい三日間でした。まぁ、私はほとんど役に立てませんでしたけどね」
最後に私が全てを総括と情けない自虐をちょいと加えてそう答えた。
私達の答えを聞き、「――そうか」とどこか満足げに百合神様はそう短く言葉をこぼした。
「――ん」
「じゃあまたね。紗凪、虹白さん」
「おう、次は現実世界でな」
「二人ともお元気で~」
そして、後ろ手に手だけ上げる二ノ前先生と両手を上げて笑顔で別れを告げる鬼村ちゃんが扉をくぐるのを私と紗凪ちゃんは二人並んで見送った。
この短い様で長かった宿泊学習の終了を告げるように壁に描かれた扉は、二人を送り届けると最初からなかったかのように消え去ったのだった。




