Episode-112 『二人の知らない二人の話~承~・人見知りヤンキーの場合』
「え?」
いきなり夜中にドアがノックされて二ノ前先生が入ってきただけでも驚いたのに、そこから更に間髪入れずに質問が飛んできた。
当然、その突然すぎる展開に当然アタシはその問いに即答などできるはずもなく首をかしげるが、そこでこちらを見つめる二ノ前先生と目が合った。
それはこの空間で二ノ前先生と暮らしてから初めて見るような真剣な瞳だった。それが真っ直ぐにアタシを見つめている。
そこでアタシは本能的に理解した。唐突だし、漠然としているし、正直言ってそれを聞く意味もよくわからない。でも二ノ前先生は大真面目でその質問の答えをアタシに求めていると。
「うーん…と、少し待ってもらえますか」
ならば真剣には真剣で応えないと。
ベットに寝転がる姿勢から腰掛ける姿勢へと体勢を変えると、手を上げて少しの時間を二ノ前先生に求める。すると、先生は「ああ」とだけ言ってそのまま空いたドアに身体を預けて寄りかかった。
部屋に入って座ればいいのに…、とも思ったがどうやらそれはまずこの問答が終わってかららしい。
とりあえず二ノ前先生を長く立ちっぱなしにさせるわけにもいかない。
そして、アタシはその問いの答えを探し始めた。
「漫画、というのは文字通り漫画全般ってことですよね? 二ノ前先生の漫画というわけではなく」
「ああ」
「そっか」
一つだけ質問をして、再び長考。
…うん。そう考えるとやっぱり、この言い方が正しい気がするな。
「――わからないですね」
そして、アタシは考えた末の答えを二ノ前先生に伝えた。
その答えに「わからない?」と不思議そうに二ノ前先生が首を傾げる。
「はい、もちろん二ノ前先生の漫画は大好きです。けど他はわかんねぇっつーか、そもそも読んだことないんですよね」
私はその疑問を解消すべく口を開いた。
「読んだことがない?」
「はい、『スター・マリッジ』を読んだのもただの偶然でそこからドハマりしちゃっただけなんですよ。だからアタシ漫画ってって二ノ前先生の漫画しか知らないんですよ」
「web漫画とかも見たりはしないのか? 最近はかなり増えてきているが」
「あー…。実はアタシ、メカ関係がサッパリでして。ネット関係はあんまよくわかんないんですよね」
その苦笑しながらのアタシの答えに、「今時の若者には珍しやつだな、それにメカって…」と二ノ前先生も同じく苦笑を浮かべる。
そして、そのまま顎に手を当てながら「そうか、そういうパターンもあるのか…」と呟いた。
「それはあれだ。現段階ではお前が知っているのは私の漫画だけで、漫画という文化そのものに対しての好悪はよくわからんと」
「まぁ、そうなります…ね」
「つまり、これから気持ちがどっちに振れる可能性もあると」
「…まあ、そうなるんじゃないですか?」
疑問調でのアタシの答えに「う~ん」と再び二ノ前先生が何かを考えるように顎に手を当てる。そして、「ま、大丈夫か」と満足そうに頷くと、
「いやぁ~、一先ずよかった」
寄りかかっていたドアから一歩室内へと入ってきた。その言葉通り、二ノ前先生は安心した様な表情を浮かべている。
って、それどころじゃない!? 二ノ前先生にどこに座って貰えば――。
そこで、今になってアタシは自室に憧れの漫画家先生を迎え入れたという事実を冷静に認識してしまった。
ああっ!? ていうか、思いっきりベットにだらしなく寝っころがって『スター・マリッジ』読んでるところを見られてしまった!!
いやっ、そんなことを良くも悪くも気にする人じゃないことは解りきってるし、いっちょ前に気にできる程の女子力などアタシにあるはずもないんだけど…それでも地味に恥ずかしいものは恥ずかしい。
ええっと…! とりあえず一番綺麗なクッションを――、
「ここいいか」
「はい?」
「さんきゅ」
と思っていたのだが、あろうことか二ノ前先生は何の躊躇いもなくベットを指差すとアタシの疑問の「はい?」を肯定の「はい」と受け取ったのかそのままベットに座るアタシの隣へと腰を下ろした。
ええっ~!?
ほぼ肩が当たるぐらいの距離感に、何故か少し緊張する。
「えっと…そう言えば、体調の方は大丈夫ですか?」
その緊張を抑える為に、先程までとは打って変わってありきたりな会話を振ってみる。
「ああ、もう万全だ。そういやお前が色々と処置してくれたんだってな、おぼえてはいないが助かったよ」
「いえ、処置なんてそんな大層なことしてません。…一応これでも医者の娘ですからね、ああいった場合にすべき簡単な対処を知っていただけです」
「…そうか。? もしかしてお前、医者になりたいのか?」
「まさか、とっくの昔にそのレールは外れちまいましたよ。今は頭の片隅にもないです」
そう、本当に昔――まだ母さんが生きていたころには、私も二人みたいになりたいと考えていたこともあった。でも、それは母さんが死んでしまった後に段々と薄れて、そして消えていった。
別に母さんの件の影響でそうなったとは思わない。だって、本当に為りたい夢だったならきっと『母の死』を通しても、その夢に向かって奮起していた筈だから。そうならなかったということは、きっとアタシは本気じゃなかったということだろう。
子ども心の憧れ程度のものだっんだと、今はわかる。
「じゃあ、将来なりたいものとかはないのか?」
「恥ずかしながら全くないですね。五年十年どころか、高校卒業したら何やってるのかも想像つきません」
「そうか。――ならよ、その宙ぶらりんの将来を偶然出会った縁に賭けてみないか?」
「え?」
不意に投げかけられたその言葉の意味が解らずに、説明を求め二ノ前先生の方に顔を向ける。
すると、二ノ前先生は先程部屋に突然入って来て『漫画は好きか?』という質問をしてきたときと同じ様に吸い込まれそうになるくらい真剣な瞳で至近距離でアタシを見つめていた。
「なぁ、鬼村桃。お前、私のアシスタントになる気はないか?」
そして、私の運命を明確に変える問いが超至近距離で投げかけられた。
――ドクン、と心臓の跳ねる音が聞こえた気がした。




