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Episode-111 『二人の知らない二人の話~承~・変人漫画家の場合』


 ――ピンポ~ン♪


 軽快な音が玄関から耳に届く。

 その音で原稿にはしらせていたGペンを止めて、「はぁ~」とため息を吐く。そして私は立ち上がりインターホンの前まで歩いていった。


 この家に来る人間は基本的に三パターンだけ。

 通販の宅配か、編集か、もしくは身内かの三択。

 そして、インターホンに映った笑顔で手を振る美魔女(自称)を見て私はもう一度ため息を吐いた。


 そのまま玄関まで歩いていき、ドアのロックを解除する。


「やっほ~。元気してた、一」


「毎度変わらず元気だよ。というか、今月二回目だぞ、かあ


 来客者は三択の内の一つである身内――私の生みの親である須能すのうそらだった。

 まぁ、今日は特に宅配予定はないし打ち合わせもないからそうじゃないかとは思っていたけど。


「ハッハハァ~、親が子の家を訪ねる回数に制限なんてかけてもしょうがないでしょ」


「…ったく。今日はとうは一緒じゃないのか?」


「父ちゃんはお仕事よ。休日出勤、ホント頭が下がるわよね~」


 愉快そうに笑い手慣れた仕草で靴を脱いで下駄箱にしまうと、母は遠慮なく室内へと入ってきた。

 私としても慣れたものなので、「あっそ」とだけ言ってその間に踵を返して作業場へと戻っていく。


「どう、恋人の一人でもできた?」


「毎回同じような質問して飽きないのか?」


「たまには別の回答が返ってきたらそのうち飽きるかも♪」


「じゃあ、一生飽きないじゃねぇか…」


 いつもの決まったやり取りをして、作業場へと母を招き入れる。

 そして、この後のやり取りもほぼ決まっていた。

 母は毎回うちに来るたびに何らかの荷物を持っている。それのお披露目会といったところか。


「一、お茶でいい?」


「ああ」


 もう我が家の構造など全て知り尽くしている母は、まるで自分の家の様に冷蔵庫からお茶のペットボトルを、冷凍庫から氷を、棚からコップを、それぞれ取り出していく。

 そんな様子を見ながら私はうちの唯一のテーブルに腰かけ、恒例の贈り物お披露目会が始まるのを待つ体勢になったのだが、


「あっ、今日は先にご飯作っちゃうわね」


 母はお茶を注いだコップだけテーブルに置くと、そのまま台所へと向かった。

 珍しいパターンだ。


「食材は無いぞ」


「何年あんたの母ちゃんやってると思ってんのさ。そんなこと百も承知よ」


 そう言うと、母は炊飯器だけ見て「お米はいつも通りあるわね」とだけ言うと荷物の中から小さめのクーラーボックスの様な容器を取り出した。


「なにそれ?」


「ふっふ~ん、今日は土用の丑の日。つまりこれは鰻よ」


「は?」


 よく耳を澄ませば、なんかその容器から音がする。そして母がその容器の中へグッと手を突っ込むと、微かに聞こえていた音がビチビチと明確な水中で生物が暴れる様な音へと変化した。

 …マジか?


「さぁ、母ちゃん特製うな重をつくってやろう。関東だし背開きね♪」


「相変わらず、メチャクチャだな…」


「そりゃあ、一の母親だもん」


 そして、母が来訪したときにしか稼働しない我が家の台所で生きのいい鰻が豪快に捌かれ始めた。

 冷静に考えれば、家にやってきてからまだ五分も経っていないのだが。



「どうよ?」


「――普通にうまい」


「ハハッ、そりゃよかった~」

 

 店で出てきてもおかしくない様なうな重を食べながら、そう感想を伝える。

 ちなみに私は普通にうな重だが、母は蒲焼きだけ。何故かというと、


「というか、飲んで大丈夫なのか?」


 米の代わりに酒を飲んでいるからだ。

 いま普通に真昼間だぞ…。


「ふふぅ~ん、私だって考えなしに飲んだりしないよ。今日は仕事帰りに父ちゃんが迎えに来てくれる手筈になっているのであ~る」


「は? ここまでか?」


「そそっ。夜に一人で帰らすのは危険だし不安だー、って仕事は早めに片づけてここまで迎えに来てくれるんだって」


「そりゃまた仲のよろしいことで」


「まぁねぇ♪ ラブラブよ、ラブラブ。ぶっちゃけまだ全然三人目もありえるわ」


「真昼間に酒飲んで娘相手に下ネタはエグすぎるぞ」


 相変わらずの母のテンションに呆れ笑いを浮かべながらも、箸を進めていく。

 「あっ、そだそだ」、とそこで不意に何かを思い出したように母が再び荷物の袋をごそごそといじくり始めた。

 そして、


「はい、これ。いい感じだったから二つ買ってきちゃった」


「…はいはい、どうもね」


 そこから取り出したのは上下の下着。しかも、何というか可愛らしい系とでもいう様な感じのやつだ。

 何故それを私は驚きもせずに普通に受け取っているかというとそれは単純、もう慣れたから。完全にこの件は母がここに来た時のお決まりとなっているのだ。

 私の両親は定期的に一人暮らしの私の家に来ては、「どうせあんたは自分じゃ買わないから」と服だったり下着だったりを置いていくのだ。まぁ、実際買わないのはあってるけど。

 

「というか、今は着けてるの?」


「何を?」


「いや、私が買ってあげたやつ」


「着けてるけどだな…」


 私の答えに「おおっ」と母が歓声を上げる。そして、「見して見して」と謎の催促をかけてきた。

 こいつもう酔い始めてやがるな…。

 「ほら」、断るのも面倒なので着ていたシャツをめくり上げて上の下着を見せる。すると「お~」と再び歓声を上げる母。


「いやぁ~、一のそういう素直なところ大好きよ、私。それに意外といいじゃん。オシャレとか無縁な感じなのに、下着だけ女子高生みたいとか! ギャップ萌えってやつでしょ!」


「それ絶対私の漫画で覚えた言葉だろ」


「そそっ、なんかそれにグラッとくるらしいじゃん。もう物は試しで、それで若手敏腕編集を誘惑とかしてみたら~」


「アホか。それに私の編集は女だ」


 適当にあしらうと、母の方も「冗談冗談」と笑いながらグビッと酒をあおった。


「まぁ、ぶっちゃけ初孫の方は花に任せとるしね。あんたの色恋関係は十年前に諦めてるってもんさ。楽しく自分の好きなように生きてくれたらそれでよし。好きなことを仕事にできて更に一生をかけて極められるのは、選ばれた者の特権さ」


「ああ、言われんでも好きに生きるよ」


 花、というのは私の妹の名前だ。

 マジで血が繋がっているのか怪しい程に私とは正反対。なんというか、女子の王道みたいな感じの妹だ。それこそ少女漫画に出てきそうな感じの。

 ちなみに姉妹仲は意外にも悪くない。


「親ってのはね。結局、子どもが幸せなりゃそれでいいのよ。その幸せの形ってのは色々あるから、模索のために色々お節介は焼いちゃうけどね。いくつになっても親は親、子は子。可愛いし、放っとけないもんさ」


「花と違って私は昔から可愛げないだろが」


「まっさか~、どっちも昔も今も可愛くてしょうがないよ。ホントに親思いのいい子達だよ。かかさず母の日も父の日も、どっちの誕生日にも贈り物くれるしね」


「しょうがねぇだろ、習慣みてぇなもんだ。本当は金渡して好きなもの買ってもらうのが一番効率的なんだけど、それは好きじゃないんだろ」


「もち。嫌ではないけどそれじゃ味気ないしね。ベタだけど悩んで決めてくれた気持ちに値段はつけられないのさ」


「…はぁー」


 よくそんな恥ずかしいことを面と向かって躊躇わず言えるな。

 そんなことを思いながら「ごちそうさん」と手を合わせ、少し熱くなりかけた頬を覚ます様に食べ終わった皿を流しへと持っていく。


「それで、仕送りはまだしなくていいの?」


「モチのロンだよ。子が親のお財布事情を心配するなど十年早い。私も父ちゃんもまだバリバリ働けてるし、娘の稼ぎの世話になるつもりはないよ。たとえ私らの何十倍も稼いでいようとね。定年したらそんときに色んな所に旅行にでも連れてっておくれよ」


「定年まであと二十年くらいか。私は仕事道具と資料と生活費以外には金使わねぇから、その頃に金がどんだけ貯まってるのか想像つかねぇな」


「カッキ―! 一度は言ってみたいセリフ!」


 心底楽しそうに笑って言いながら、再び母が酒をあおる。が、そこで何かに思いついた様に「ねぇねぇ」と皿を洗う私に声をかけてきた。


「一もたまにはどう?」


 手には当然ながらお酒。

 その誘いに「んー」と少し悩んだが、「じゃあたまには貰うか」と了承した。だが、それに対し母は意外そうな顔で「え?」と首を傾げた。


「そっちが言ったんだろうが。なんだよ、その反応?」


「いや、乗ってくるとは意外で。でも大丈夫? 原稿中でしょ?」


「今やってるのは再来月の分の原稿だ。これでも筆の早さは、業界でもトップクラスだしな。それに半日やらなくても一日グッと気合い入れりゃあ余裕でペースは取り戻せるし、なんなら上げれる」


「カッキ―! それも一度は言ってみたいセリフ!」

 

 そして、私と母のプチ宴会は父が迎えにやってくるまで続いたのだった。


 *****―――


「…ん、んんっ」


 あー、結局またグッスリと寝ちまったか。

 目を擦り、見上げた先にはいつもの天井。横を向いて時計を確認すれば、時刻はちょうど深夜0時を迎えたところだった。


「昨日と一緒だな」


 ポツリとつぶやく。

 そんな中、サウナの熱にやられてぶっ倒れる前の会話が寝起きだというのにしっかりと頭の中には残っていた。もちろん、お節介を焼く義理などない。私には関係のないことなんだから。

 

「はぁー…、母の性格が移ったかね」


 しかし、内面の感情とは逆に私の身体はベットから立ち上がりドアへと向かっていた。

 

『親ってのはね。結局、子どもが幸せなりゃそれでいいのよ。その幸せの形ってのは色々あるから、模索のために色々お節介は焼いちゃうけどね。いくつになっても親は親、子は子。可愛いし、放っとけないもんさ』


 不意に一年程前に母が話していたそんな言葉を思い出す。

 そうだな、その通りだ。


「――親と子ってのは、本来そういうもんなんだろ」


 ま、生涯人の親になることはなさそうな私が言うかって話だがな。

 

 部屋から出て、目的地に向かい歩く。

 やはり昨日同様にメインルームの明かりは落ちていたが、昨日とは違い百合神の案内は必要ない。

 もう寝ているだろうか?

 そう思いながら――コンコンと二度ドアをノックする。


「――はいっ!?」


 すぐに返事は返ってきた。

 その返事と同時に、私はドアノブを捻り部屋へと足を踏み入れる。


 なんというか、見た目に似合わず女子らしさが垣間見える様な部屋だった。

 ちなみに当の本人はベットに座りながら、いきなり私が現れたことに驚き顔。その手元には『スター・マリッジ』の三巻が握られていた。

 それを見て、無意識に「ふっ」と笑みがこぼれた。

 そして、


「いきなりで悪いが単刀直入に聞く。鬼村桃、お前は漫画が好きか?」


 私は初めてこの世界での相方の瞳を真っ直ぐに見つめてそう問いかけた。

 

私事ではございますが、総合評価が1000ptを突破しました! ゆっくりペースでしたが、一つの区切りなので凄く嬉しいです!!

さて、長く続いた宿泊学習編もそろそろ終盤です。四人の共同生活はどのような結末を迎えるのか、どうぞご期待ください。

そして、これからも本作を何卒よろしくお願いいたします♪

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