Episode-110 『私は無能で役立たずのどうしようもないオトナです・超清純派女優の場合』
こんにちは、虹白夜です。
今現在、自己嫌悪がとんでもないことになっています。虹白夜と書いて虹白夜と呼んでもいいくらいです。
時刻は夜の九時。
メインルームにいるのは三人。私、紗凪ちゃん、そして鬼村ちゃん。そう、あの人の姿が見えないのです。
それは何故かというと、
「えっと…、二ノ前先生はまだ寝てるのかな?」
「はい。気絶ってわけじゃありませんから体調に問題があるわけじゃありませんけど…まぁ、ぐっすりですね」
「朝あんだけ寝てたのに…」
「ハハッ、難儀な漫画家さんですね」
という訳だ。
ちなみに今は夕食終わりの雑談時間。
三人で和気あいあいと話しているように見えるかもしれない。実際二人はそう思っていることだろう。しかし、私はぶっちゃけメチャクチャ気が重い。
この和気あいあいムードを造り出しているのは、一重に紗凪ちゃんと鬼村ちゃんの穢れ無き優しい性格によるものなのだ。
ここで話を少し戻そう。
そう、こうなった原因は当然先程のあのお風呂場の件にある。
事の発端は私たちがサウナ内にいるのを二人に気付かれないようにするために百合神様に依頼した壁の防音。
しかし、正確にはあの時の私はこうお願いした。
「このサウナの扉をこっちの音声を外に通さない様にしてくれません? 音で外に気付かれちゃったら元も子もないんで」
お分かりいただけただろうか?
つまりあのとき私たちの声は紗凪ちゃんたちには届かないが、紗凪ちゃんたちの声は私たちに届いてしまったのだ。
そして、偶然にも二人が入ったのはちょーどサウナに隣接するお風呂。
そしてそして、偶然にも始まったのがそこそこ…どころかかなりへヴィーな鬼村ちゃんの身の上話。
それが始まったときの私の心の声と言ったら凄かった。
「やっちまったー!」「これ絶対聞こえちゃダメなやつだー!」「というか普通に盗み聞きなのでは!?」「どどどっ、どうしよう!?」ともう自身のやらかしと罪悪感でいっぱいいっぱいだった。
そして極めつけは、ちょうど鬼村ちゃんの話が終わったと同時くらいに唐突に肩にのしかかった二ノ前先生の身体。
「えっ!?」と驚きつつ見てみると、あらビックリ。顔真っ赤で眼がぐるぐる回ってた。
どう見てもヤバい状態だと一目でわかるその様子を見たところで、気づいた時には火事場の馬鹿力で二ノ前先生の身体を抱きかかえて私はサウナから飛び出していた。
その後は、とりあえず事情を説明する前に三人でのぼせる二ノ前先生をせっせと外へと運び出して、うちわで扇いだりしながら治療。
少しして二ノ前先生は目を覚ましたのだが、起き上がり水を飲むと「ちょいと疲れたわ…」とだけ言ってそのまま自室に二度寝に向かってしまったというのがあの後の大まかなあらすじだ。
その後に私はとりあえず三人分の夕食の準備に取り掛かり、そして心なしかいつもより手間暇かけて作った食事の席で先程の事情を二人に打ち明けて謝った。反射的にサウナに身を隠してしまったこと、サウナの中で鬼村ちゃんの話を聞いてしまったこと。
それを聞き終えた二人は別に怒ることもなく紗凪ちゃんは「へぇ~、そやったんや。全然気づかへんかったわ」と笑い、鬼村ちゃんは「別に聞かれて困る話でもないですし、全然大丈夫ですよ!」と逆に励ましてくれた。
あれどっちが年上だっけ?
その会話の中でそんなことを十回ぐらい思いましたね、はい。
メチャクチャ情けなかったですよ、はい。
だが、いくらそう自己嫌悪しても今の私にできることはなかった。
肝心の二ノ前先生は部屋だし。…ってよくないな、これじゃまるで二ノ前先生のせいにしてるみたい。
悪いのは、あのときまでに個別攻略作戦を成し遂げられなかった私と余計なことをして二ノ前先生をのぼせさせしまい今日の午後をほぼ棒に振ってしまった私。つまり、まぁ全部私が悪い。
もちろん、最後の意地というか気力でその落ち込みまくりの私の感情は女優の演技力で二人には悟らせなかった。
これ以上、女子高生二人に気を使わせるわけにはいかない。それがその場で私にできる唯一のことだった。
――そして、そのまま時間は進んでいった。
夕食を終え、夕食後の雑談を終え、夜の時間を適当に過ごし、三人で歯を磨き、鬼村ちゃんは「おやすみなさい」と自身の部屋へと戻っていった。
残されたのはいつも通りの私と紗凪ちゃん。
「今日は色々ありましたね~。動きすぎの疲れすぎでごっつ眠いですわ」「ふふっ、じゃあゆっくり眠れるね」、そんな会話をしながら二人でいつもの布団に並んで横になる。
ここしかないと、そう思った。
「紗凪ちゃん」
「はい?」
「――ごめんね」
いつも通り紗凪ちゃんが消灯を百合神様に告げたことにより、真っ暗になったメインルームの天井を見上げながら一番言いたかったことを口に出した。
それに対して、紗凪ちゃんは「はい?」と不思議そうに言った。
「いやさ、昨日とか今日の朝とかあんだけ自信満々に任せてって言っておきながらしっかり成功させるどころか、なんか足ひっぱちゃってさ」
「いやいや、そんなことありませんて。まぁ確かに今日であの二人が仲良しに~ってのは無理でしたけど、それは別に夜さんのせいやないですよ。それに――」
「…それに?」
「まだあと半日残ってるやないですか。明日の昼まで時間はあります」
そう言って紗凪ちゃんはこちらを向いてニコリと笑った。
真っ暗な室内。しかし、その笑顔はその暗闇を照らすほどに輝いて見えた。
「そっか、そうだね」、その紗凪ちゃんの言葉と気遣いを咀嚼する様に頷き、私は考えを改めた。
そうだ、あと半日ある。
反省も後悔もそれを全力でやり切ってからするべきだ。
ふぅ、また紗凪ちゃんに助けられてしまった。
「――よし、最終日もガンバろっか」
「はい、その意気ですよ」
「うん、そうと決まれば今日は寝る! おやすみ、紗凪ちゃん」
「ふふっ。おやすみなさい、夜さん」
我ながら単純だと思う。
それだけで気持ちが切り替わり、やる気が湧いてきた。
明日こそは絶対にやってみせる!
そう強い思いを胸に、私は眠りについたのだった。
――――のだが、どうやら事態は私の知らない所で勝手に進行していたらしい。
『災い転じて福と成す』という言葉がある。
『自身を襲った災難を逆に利用して、幸せを得る』というような意味だ。しかし、『不幸があったけど、それが結果的に幸運につながった』というような意味で使われることもある。
簡単に言えば、今回その後者の現象が起こったというわけだ。
それを私達が知ったのはぐっすり眠って起きた後のことだった。
「ふぁぁ~~あ。眠いっ…」
「でっかい欠伸だな」
「先生が結局寝かせてくれなかったからじゃないですか!」
「いや、私は寝ろって言っただろうが…。桃が寝る間を惜しんで熱中してただけだ」
翌日、朝食の用意をするため台所にいた私と紗凪ちゃんにそんなどこか仲良さ気な会話が届いた。
「「え…?」、私と紗凪ちゃんの声が重なり二人揃ってその会話の聞こえた方へと振り向く。
――そこには、何故か二ノ前先生のメインルームから一緒に出てきた鬼村ちゃんと二ノ前先生の姿があった。
「……………いや、どういうことですか?」
「……………いや、どういうことやねん?」
もう一度、今度は声と同時に気持ちまでもが紗凪ちゃんと重なった。




