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Episode-109 『サウナの外で・人見知りヤンキーの場合』


 嘘を吐くことも、適当に誤魔化すこともできたと思う。というか、普段のアタシだったらそうしていたと思う。

 でも、何故だかその時は不思議と特に考えることなく正直に答えていた。


「…いや、母親はだいぶ前に亡くなったよ。父親も…今はほとんどいないようなもんかな」


 そんなアタシの答えを聞いて、紗凪がどういうリアクションをとるかなんてわかっていた筈なのに。

 

「えっ…!? ごっ、ごめん! 軽い気持ちで聞くことやなかったわ! ほんまごめん!!」


 一瞬、唖然とした表情を浮かべたのちに紗凪は心底申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 自分でガサツと言ってはいたが、そういう部分には敏感なんだろう。そんなすぐさまの表情の変化に紗凪の心根の優しさというか清らかさが溢れている様な気がした。

 

「いや、もう何年も前のことだしアタシ自身がもう気にしてないよ。こっちこそごめんな。言わなくてもいいこと言っちまって」


「いや、聞いたのはうちやし…」


「いや、適当に誤魔化すこともできた…」


 そして、「いや」の応酬と共にさっきまでの盛り上がりが嘘の様に風呂場には沈んだ空気が充満していた。完全にアタシのせいである。

 そしてチラリと横目で紗凪を見たら、何か思いつめた様な表情を浮かべている。


「ふぅーっ」


 それを見たことで、アタシは決心した。

 特に意図もなくというかほとんど無意識に口走ったことだが、それが紗凪の中で後を引いたりしては流石に申し訳ない。

 だから、ちょろっと話して変に想像させてしまうくらいならいっそ全部話してしまおう。


「アタシさ、こんなナリしてるけどさ。昔はそこそこ真面目だったんだよね。というのも、両親が揃って医者だったんだ」


「…そうなの?」


 唐突に話し出したアタシに、少し考えつつも紗凪は相槌を返してくれた。

 きっと聞いても何の得もないとわかっているのに了承してくれたことに感謝しつつ、私は続きを話し始めた。


「本当に子どものアタシから見ても仲良し夫婦だった。でも、それは驚くぐらいに急に終わっちゃった。母さんはね、昔からちょっと身体が弱かったみたいなの。それに急病と日々の仕事の疲労が合わさってね。アタシがまだ小学生の頃にね、死んじゃったんだ」


「…」


「当時はホント毎日泣いてた。でも色んな人が支えてくれて、色んな人が助けてくれて、少しずつ段々と前を向こうかなって思い始めることができた。…でもね、父さんはそれができなかった。母さんが死んじゃってから抜け殻みたいになっちゃってね。あんなに真剣だった医者の仕事にも全く行かなくなった」


 そう言えば、最後に父としっかり話したのはいつ頃だっただろうか?

 あれからもう何年も経つのに、きっと父は未だにあの時間に囚われたままなのだろう。

 

「…まぁ、アタシも父さんの事は言えないけどね。昔から母さんに学校にはしっかり行きなさいって口を酸っぱく言われてたから、いっぱいサボったりはしなかったけど。気づけば他の人との関わりとかほとんどしなくなってた。あとほら、一応貯金はそれなりにあったけど、父親が無職になって家の収入減が無くなった訳だから新聞配達とかのバイトに精を出し過ぎたりとかね」


 もしかしたら、アタシが紗凪みたいな強い人間だったらこうはならなかったのかもしれない。

 ホントはそこそこ真面目なのに変に悪ぶったりとか、楽だからという理由で人との関わり合いを断ったりとか。そんなことはしなかったのかもしれない。

 意味のない仮定だけどね。

 あたしは別に弱くもないけど強くもなかった。だから自然とそうなった。それだけの話だ。


「それでそのまま成長し中学を卒業し、『高校生だしそろそろ不良ぶるのやめよっかなぁ~』とか思ってたところでここに召喚されたって流れ。ま、こんな感じかな」


 全てを話し終えると、不思議とスッキリとした気持ちが胸を満たしていた。

 考えてみたら、ここまで全部話したのは紗凪が初めてだ。現実世界のアタシの数少ない二人の友人にもここまで話したことはない。

 ここが現実とはかけ離れた場所だからだろうか。自然とアタシの口も軽くなったのかもしれない。


「…そっか、色々あったんやな」


 そして、少し経ったところで全てを話し終えて一人スッキリしている私とは対照的に明らかに悩みまくっている紗凪が重い口を開いた。


「うん」


「――まぁ、色々と言いたいことはあるんやけど、でもダチとはいえ深く知らんうちが知ったような口で言うべきことやないなと思う。だから、一個だけ言うことにするわ」


「?」


「ここでの一年間の生活が終わったら大阪に来ぃや、桃」


「…は?」


 が、そこで投げかけられた思わぬ言葉に思わず首を傾げる。

 すると紗凪も言葉足らずと思ったのか、「あっ、ちゃうねんちゃうねん」と首を振り、


「あれや、遊びに来いっていう話や。桃の過去にうちは「あーだこうだ」はできん。うちはまだ子供や、言う資格もあらへんし下手に首ツッコむべきでもない。でも今の桃にしてあげることはある。ってことで約束な、反対意見は受け付けへんで。大阪観光でメッチャ楽しませたるわ♪」


 そうニッと笑って、右手の小指をこちらへ出してきた。

 

「…はぁ~。改めてだけど本当に凄いやつだな、お前は」


 急にこんな思い話を聞かされて、言いたいこともいっぱいあって、そんな中でアタシを元気づける為に余計なことは言わずに笑ってそんなことが言える。

 なんというか、純粋にかっこいい。まるで漫画のキャラみたいだ。

 そして、そんな思いやりに満ちたお誘いを断る理由はアタシには当然なかった。


「ああ。それじゃあ一年後、楽しみにしてるよ」


 同じく小指を出して、キュッと結ぶ。

 そして、


「――ありがとな」


 短いが一番伝えたかった言葉を伝えたところで、


 ――ドン!!


 と唐突にド派手な音と共にお風呂の中にあったとあるドアが開いた。


「あわわわわっ!? えらいこっちゃ~!」


「って、ええっ!? 夜さん!?」


 そして、その中から飛び出してきた虹白夜の姿に呆気にとられながら横の紗凪が声を上げる。

 身体に巻いているバスタオルは結構はだけていて、目のやり場に困るほどだ。だが、今注目すべきはそこではないことにアタシは遅れて気付いた。


「ええっ!?」


 その飛び出してきた彼女の腕には、まさかの顔を真っ赤にしたアタシの同居人の姿があったのだ!

 …ん? てことはもしかして、あの出てきた部屋って――サウナ!?


「ちょっ、いきなりごめん二人とも! それでどうしよう!? 二ノ前先生が完全にのぼせて、倒れちゃったんだけど!? 目がぐるぐる回ってるんだけど!?」


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