Episode-PLUS2 『ふとした笑顔・不幸系クールガールの場合』
「なんだ、この趣味…」
自室の鏡の前でとりあえず下着姿になりながら、私は新井谷さんから手渡されたその紙袋の中身を見てそんな声をポツリと漏らしていた。
あの異常性欲者のことだ。口ではああ言いつつも、結構ヤバめのコスプレをさせられるのではないかと私は予想していた。エロくないと言いつつもそれは所詮あの人の尺度によるものだ。ヘンタイの尺度は常人にはわからないから、あの人から見て全然エロくない格好であっても私からしたらそこそこの代物ってパターンもあると思っていた。
「まぁ、これでいいんならいいけどさ」
というわけで、今の私は表現がこれでいいのかわからないが――若干拍子抜けしていた。
いかん、少し感覚が麻痺してるな。これも特殊と言っちゃ特殊だしな。
「さてと、じゃあ着替えるか」
とりあえずいつまでも下着姿でいるわけにもいかないので指示通り着替えることにする。
まずは最初は濃い紺色のタンクトップ。
うーん、よく考えたらタンクトップとかほぼ着たことないかも。
そんなことを考えながらとりあえず、下着の上からタンクトップを身に着けるのだが…、
「――ちょっとサイズ小っちゃくない、これ」
少しきつい。具体的に言うと、…胸部が。
あの人のことだ、狙ってやってるのか? はたまた不慮の事故か?
後者なら仕方がないが、前者ならちょっと後でお説教だなこれは。
「うっと」
そして、次が中々大きい。紙袋の大半を占めている。
新井谷さんが選んだタンクトップの上に身につとけるもの。それは、上下セットの黒のスーツだった。ちなみに下はスカートではなくパンツスタイルだ。ちなみにシャツは入っていない。
「なぜタンクトップの上にスーツ?」と当然思うが、まぁ考えても答えなど一生出ないのはわかっている。あえて答えを言うならば、新井谷さんの言っていたようにそれが彼女のフェチってやつなのだろう。
「よいしょ」
まずは下を履き、そしてタンクトップの上からジャケット部分を羽織り上下のスーツを着終えた。
「ん?」、しかしそこで紙袋の中に一枚の紙が服と一緒に入っていたことに遅れて気付いた。それを手に取ってみれば、どうやらこの衣類たちの着こなしに関する注意事項が書いてあるらしい。
「なになに」
まず第一に、スーツの前ボタンは開けておくこと。
ん、あーこれか。
確かにそれは言われなければわからない。現に私は自然な感じジャケットの前ボタンを閉めていた。とりあえず指示に従い、もう一度ボタンを開ける。
えーっと次は第二に、…ん?
「眼鏡はキッチリとズレない様にかけること?」
眼鏡?
そこに書かれたその文字に首を傾げる。一応言っておくと、私は眼鏡をかけていない。視力も悪くはないので別段コンタクトもしていない。
つまりこの注意事項の意味するところは、
「あった」
私の予想通り、紙袋の底には一つの眼鏡ケースが入っていた。
そして中を開けると、
「…普通だな」
そこには黒縁眼鏡が一つ入っていた。変わったところがあるとすれば、レンズの部分がちょっと大き目ってとこぐらいかな。普通の眼鏡のレンズが長方形ならば、これは丸型と言った感じだ
しかし、それも特段気にかかるほどではない。むしろこういうのがオシャレなのかもしれない。わからんけど。
「さすがに度は入ってないか」
眼鏡を一度かけてみるが、特に視界が歪んだりは無い。伊達眼鏡というわけだ。
ここでおさらいしてみよう。
今の私は上着に紺色のタンクトップ。その上に上下のパンツスーツ。そして、顔には普段かけていない黒縁眼鏡という衣装となっている。
ちなみに何故おさらいをしたかというと、もう紙袋の中には何もないからだ。
タンクトップ一着にパンツスーツ一式、眼鏡一個。コンパクトと言えばコンパクトだ。
しかし、注意事項が書かれた紙の方には更に続きがあった。
第三に、髪型は黒髪ロング(←これはすでにミチルちゃんは満たしています)で横髪はできる限り耳にかけずに後ろ髪と同じく肩の後ろへと流す感じであること(自然な感じだと尚良い)。
「指示細かっ。…こんな感じかな」
とりあえず両手で髪を纏めて、後ろに流す様に調整する。
ん、一応手櫛でしっかり梳かしとくか。そっちの方が見栄えは良いだろうしな。
「よし、こんなものか」
我ながら何故こんな余計なプラスαを自発的にしているのか少しわからなくなるが、まぁいいだろう。
正直この文面だけじゃ明確に新井谷さんのイメージを再現するのは難しいけど、大体こんな風だろう。これで仮に「違う違う!」とか言われても知らん。逆に「わかりにくいんじゃ!」とローキックを食らわせてやろう。
さてと、注意事項も次で最後。
そこに書かれていたのは、
最後に、その恰好で私の誕生日をすっごく心からもてなすこ――、
「アホか」
そう吐き捨てながら、読み終えた注意事項の描かれたの紙を丸めてゴミ箱へとスローアウェイ。
そして、新井谷涼子セレクションに無事変身した私はそのまま部屋を出るためドアへと向かった。
照れくさかったからか、それとも呆れたからか。私は最後の鏡の前での自分の姿をチェックしなかった。
だから、そのとき私は気付かなかった。
その時の自分がどんな表情をしていたのかを――。




