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Episode-99 『百合談義・変人漫画家の場合②』


「じゃあ、問一だ」


「はい」


「お前は『男が出てくる百合漫画を受け入れられる穏健派』と『受け入れられないこだわり派』に分けたよな」


「ですね。あっ、あとそれだと長いんでこれからは前者を『こう』、後者を『おつ』としましょう」


「…何故そんなややこしい表現をわざわざ付け加えるのかはわからんが、まぁいいだろう。――つまりお前の言い分的には『甲』は『乙』の好みも兼ねているが、『乙』は『甲』を兼ねてはいない。それ故に百合漫画は『乙』に合わせた方がより多くの百合好きが幸せになると、そういうことだな」


「いかにもです」


「じゃあ百合漫画にむしろ男が出てきた方がいいという百合好き『へい』についてはどう考える」


 そう最初の問いを望城に投げかける。

 しかし、私がそれを口にした瞬間にサーッと望城の顔から熱が引き、恐ろしい程に冷たい笑顔が現れる。


「――そんな輩は百合好きでもなんでもございません。私でしたら見つけ次第に叩き斬り、世界に塵すら残しませんね。よってその存在は思考の埒外らちがいに置くべきかと」


「おっ、おう…。まぁ、そうかもな」


 その謎の冷ややかな圧に若干たじろぎながら、納得を示す。

 つーか、急にこええよ! 顔が完全にやべー奴だったぞ!  

 …でもまぁ、これは想定内だ。当たり前だが百合とはそもそもが女同士のもの、確かにそこに男が加わって逆に喜ぶ存在はまれだろう。似た事例を考えても、BLに女が加わるのも喜ぶBL好きだって極稀だろうしな。


「じゃあ、次の問いだ」


「はい」


「お前のさっきの『甲』『乙』理論。それが成り立つには条件が一つ必要だろう。ずばり、『甲』と『乙』の人数比がある程度釣り合っている、もしくは『甲』を『乙』が上回っている必要性があるはずだ」


「――ふむふむ」


「だってそうだろう。仮に『甲』の方の数が圧倒的に多ければ、縛りを作って『乙』に合わせる必要性はない。それに対してはどう思う?」


 今度は先程よりもだいぶ正鵠せいこくを射た問い。

 それに対して望城は顎に手を当ててのしばしの沈黙。しかし、それは答えが見つからずに考えているわけではなく、答え方を選んでいる。そんな風に私は感じた。

 そして、「はい」と沈黙を破った望城の瞳にはやはり迷いなど一つもなかった。


「ときに二ノ前先生。あなたは私のこと個性的だと思いますか? それとも思いませんか?」


「なんだ藪から棒に? …どう考えても前者だろう。そうじゃなければ個性的のハードルが高すぎる」


「ですよねぇ~、私もそう思います。ですが、個性的な人間が個性的な感性を有しているかと言えばそれは否です。――まぁ、何が言いたいかというと私はこれでも限りなく感性は世間の一般平均に近いんですよ」


「?」


「大概の人が好きな食べ物は私も好きだし、苦手な人が多い食べ物は私自身苦手なものも少なくない。面白いと思ったテレビ番組は視聴率が高いし、売れている小説や漫画を読めば素直に面白いと感じる」


 そこまで言って「まぁ、多少の例外はありますけどね」と望城が笑う。

 その時点で私は望城が何を言いたいかが分かった。


「そんな私がこと百合漫画に置きましては完全なる『乙』派なんですから、当然『乙』派は一定数…いや過半数はいるのではないかと私は考えますね。故に『乙』に合わせる必要性はあるかと思います」


 望城の主張は私の予想通り。

 それ故に私は、


「客観性皆無の全てがお前の主観で構成された理論だな。信じるに足る根拠が全くない」


 そう用意していた反論をぶつける。

 しかし、それでも望城の表情が変わることはない。


「学会の発表じゃないんですから、客観的な根拠も筋の通った理論も必要ないですよ。そもそもこの私の主張に客観的な証拠を用いての紐付けをするには一朝一夕では不可能な期間とお金がかかる。そんなことは二ノ前先生だってわかってるでしょう」


「――」


「この場で私に必要なのは二ノ前先生に納得してもらうための言葉だけ。そして、それは先程伝えました。納得できないというのなら私の負けですが、どうですか?」


「はぁー…」


 その望城の答えに思わずため息が漏れる。いや、きっとそのため息は望城の答えに対してだけではない。

 数年前に一度、そして今現在の一日にも満たない期間。

 それくらいの短い期間しか一緒にいないこいつの言うことを本能で正しいことであると確信し、何故か納得してしまっている自分に対しての呆れの溜め息なのだろう。


「じゃあ、第三問。これが最後の問いだ」


 「納得した」と素直に言うのが癪なので、そう次の問いに移って無言の納得を示す。

 望城も「どうもです」とだけ言って、ニッと小さく笑った。


 さて、次が泣いても笑っても最後の問答だ。

 …まぁ、別にこれを望城がクリアしようがすまいが次回作のジャンルが決定するだけで私に損はないのだが、潔く負けてやるのも癪だしな。

 手を抜き気は一切ないぜ。


「ホワイトボードを借りるぞ、望城」


「どうぞどうぞ」


 そう言って椅子から立ち上がり、望城からマジックを受け取る。

 そして、私は立ったまま望城の横でホワイトボードへとマジックを走らせた。


「百合漫画に登場する男、その存在理由はない。お前はそう言ったがそれは物語の上+読者目線での話だろう、筆者からすればその存在理由は確かに存在する」


 ホワイトボードに私が書いた文字。

 それを見て、この問答が始まって初めて望城の顔が変わった。


「そうその存在理由とは――舞台装置だ」


 でかでかとホワイトボードに書いたその文字を実際に声に出して望城に伝える。


「仮に女子二人が主役の日常系百合漫画があったとする。しかし、それだけでは武器が足りない。漫画にはストーリーが存在するからな。二人の日常だけにスポットを当て続ければマンネリ化は避けられん。そしてそれを避ける為には舞台装置が必要だ。そして、百合漫画におけるその舞台装置の最たる例の一つが男というわけだ」


「――」


「例えば、ヒロインAに婚約者がいると設定する。それだけでベタだが一章分のストーリーができあがる。そして、別離→奮闘→和解という順を経てヒロイン同士の絆も深まるから百合漫画としての根底は揺るがさないという仕組みだ。あくまでこれは一例で、元カレ、幼馴染、初恋の相手、恋敵など登場のさせ方は様々だがどれもストーリーを進め、物語を面白く展開させるための舞台装置としての役割は同義だ」


 考えを話し終えて、マジックを置く。

 私が話している間、望城はところどころ興味深そうにしながら黙って私の話を聞いていた。


「つまり話の展開に必要不可欠とは当然言わないが、男という一要素が加わることでストーリーの選択肢が大幅に広がるという訳だ。それを踏まえてもお前は男を百合漫画に登場させないのが一番大事なことであると考えるか?」


「はい、当然ですね」


「なに…?」


 しかし、私の結論を経ての問いかけに対しての望城の答えはノータイムでの肯定。

 さしもの私もその返答には面食らい、そんな疑問の声が反射的に口から漏れる。そんな私とは対照的に望城は一切その調子を崩さずに椅子に座りながら私を見つめ「ふぅ」と口を開く。


「ぶっちゃけその意見は一理あります。一理ありますが…、残念ながら『こだわり派』からすれば意味のない一理です。それで物語が面白くなっても意味がないんですよ」


「いや『乙』じゃないのか?」


「なんかゴチャゴチャして何だか分かんなくなってきたので『こだわり派』に戻します」


「やりたい放題だなお前…」


 じゃあ最初の甲乙のくだり丸々いらなかっただろ、と突っ込みたくなるがここは我慢だ。

 もう話も終盤だしな。


「言うなれば、『こだわり派』にとって百合漫画に置ける男とはアレルギーなんですよ。いくらそれで味が深まろう美味しくなろうと体が受け付けない。それがスプーン一杯付け足されただけで全てがおじゃんです」


「ワインと汚水の例えか」

 

「ええ。樽一杯のワインにスプーン一杯の汚水を加えるとそれは樽一杯の汚水になる。有名な例え話です。とは言っても今回の場合は汚水という例えは少し違うし、加える人も悪意があって加えてはいない。でも大元は似たようなものですよ。だからどんなメリットがあろうと、そこには必然的にそれを覆って隠すほどのデメリットが生まれるんです」


「――それがお前の結論か?」


 話を聞き終え、望城に問いかける。

 しかし、


「いえいえ、ここから先が私が言いたいことですよ」


 そう言って望城は首を振った。 

 ここから先? 

 その意図していない返しに首を傾げる。すると、望城はそんな私にニッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「これら全ては『こだわり派』である私の意見です。『穏健派』の方にもし男が出ないという縛りを加えた百合漫画と縛りを廃して二ノ前先生の言うように物語の選択肢を広げた百合漫画。どっちが面白いか聞いてどう答えるかは正直言って私にはわかりません」


「そうだな」


「でも、この長い問答の始まりを覚えてますか? 私が二ノ前先生が描く百合漫画を見たいと言い、その上であなたに百合漫画を描く上で一番大切なことを教えると言った。つまり、今回の話は全部二ノ前先生に向けて言った言葉なんです。私は普通の漫画家さんに言っているわけじゃない、稀代の天才漫画家――二ノ前ユキ先生に言ってるんですよ」


「っ、お前…」


「――描けるでしょう、二ノ前先生なら。万人が納得し心の底から楽しめる世界一面白い百合漫画を。だって、『男を出さない』そんな縛り一つがあろうともその類稀なる発想力と構想力、想像力であなたは面白さを十二分に補完できるんですから。ねっ、二ノ前先生♪」


 まるで揺るぎない確信を持っているかのように望城はそう言った。

 正直言ってふざけた話だ、最後の最後に私頼りって…。なんだよそりゃ…。

 しかし、その暴論とも取れる意見に私は言い返す気が起きなかった。


 ――当然だろう、何故ならこいつの言うように私ならば描けるのだから。


「…はぁー、やっぱり問答は相手の有利な土俵でやるもんじゃねぇな。ムカつく、マジでムカつくが…! しゃーない、私の負けだ」


「おっ、ということは――」


「約束は約束だ。五作目は『男が出てこない世界一面白い百合漫画』、これは決定だ。まぁいつかは描くつもりだったし順番が早まって内容の要素が定まっただけだ。…いいか! 断じてお前に乗せられたわけじゃないからな!」


 そう負け惜しみなのがわかりながら、最後に付け加える。

 しかし、望城はすでに私の話など聞いてはおらず「やった~。元の世界に戻った後の楽しみが一つ増えた~」と小躍りしていた。


「ったく。数年前と変わらず変なやつだな、お前は」


「むっ、それは二ノ前先生には言われたくありませんね」


「奇遇だな、私もお前には言われたくない」


 今になって考えればこの数十分間の会話は、メチャクチャ中身のない会話だったな…。

 まぁでも…そこで語った結果にやることが一個明確に決まったんだから、これまた変な話だな。


 そう考えながらフッと笑みをこぼす。


 ――さてと百合漫画か。まずは資料集めに構想の書き出し、それから世界観の勉強だな


 私の頭の中では、すでに新作百合漫画のプロットが走り始めていた。


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