Episode-98 『百合談義・超清純派女優の場合②』
ふむっ、どうしてこうなったのか自分でもわからない。
当初は百合漫画について何というかこうゆる~く語り合う的な感じを思い描いていたんだけど、少々別の展開になってしまった。…まぁ別の展開にしたのは私なんですけど。
しかし、どうしても二ノ前先生が百合漫画を描くにあたり伝えたいことがあったのもまた事実だ。
よし、やってしまったものは仕方ない。
後は私のするべきことは可能な限りの熱い思いをレクチャーすることだけだ。
そう決めて、ホワイトボードに備え付けられているマジックを手に取る。
「では、百合漫画に一番大切なものをお教えしましょう」
「…まー、あれか。読者視点の考えもしっかり聞くのも時には大事だよな。よし、じゃあ教えてくれ」
意外と素直な二ノ前先生。
だが、その反応は私にとっては非常にありがたい。聞き手がしっかりと聞く姿勢を作ってくれると、話し手としてもやりやすいものだ。
「はい」、と頷きマジックのキャップを外す。
まずはホワイトボードにでかでかと『男』という文字を書く。
「男?」
「からの~、はいバッテン!」
そして、その『男』に思いっきり×マークをつけた。
ハッハッハッ、この理論を話すのはここに来た初日の百合神様以来だからテンション上がるね。その上で今回は面と向かってホワイトボードを使えるんだからあのときよりもずっと詳しく説明できる訳だし。
「――そう、百合漫画にとって一番大事なのは男を登場させないことであり、尚且つ男の存在を匂わせたり読者に意識させないことなんですよ!」
「はい、質問」
私の熱弁に対し、二ノ前先生がクールに手を上げる。
ふっ、流石二ノ前先生ですね。この私の熱い思いに一切怯まないとは。しかし、どんな問いが来ようとも『百合』という議題に置いて私が後れをとることはない。何故なら私は自身のこの考えに確固たる信念を持っているのだから。
「どうぞ」
「その理由は?」
「邪魔だから、不快だから、存在理由がわからないから、異物感が凄いから…etc、挙げればきりがないですね」
「それは単純にお前が男嫌いだからじゃないのか?」
「ふっ」
間髪入れずのその問いに私は余裕の笑みで返す。
「その答えは否です。何故なら、私はスポコン漫画もバトル漫画もラブコメ漫画も好きだから。それらの作品の男キャラは全然邪魔でもなく、不快でもなく、存在理由があり、異物感など全くない。むしろいなくてはいけない存在だと思っています」
「だが、百合漫画はその限りではないと」
「その通りです。何故なら百合漫画とは本来男の介在する余地のない、もとい介在してはいけない空間だから。それ以外に理由は存在しない」
同じく滞りなく出てくる私の答えに考えるように二ノ前先生が顎に手を当てる。
そして少しして、
「やはりその考えはお前の個人的な意見が強いな。売れている百合漫画で男が登場する作品など少なくはない。実際のデータが存在している」
そう今度は変化球的な意見を飛ばしてくる二ノ前先生。
しかし、
「ふっ」
その意見さえも想定の範囲内。
申し訳ないが、この議題に置いて私に隙は存在しない。
「それは『男がいて売れた百合漫画ではなく』ではない。『男がいても売れた百合漫画』なんですよ」
「?」
「いいですか、わかりやすく説明しますね。ちなみに商業的な観点にも繋がりますからね。ここテスト出るからしっかり覚えておくように」
「そんなテストは百合神が唯一神になった世界ぐらいでしか出題されないぞ」
そう小ボケを挟みつつ、私はマジックでホワイトボードに大きな四角を二つ書くと更にその四角形の中心に線を引きまるで漢字の日のような図形を二つ完成させる。
そして、左側の日に百合好き、右側の日に百合漫画と名称を付け足す。
「まずはこっちの百合漫画。百合と言ってもジャンルは千差万別ですが、今回は議題の通り『男が出てくる百合漫画』と『女子のみが出てくる百合漫画』の二つに大きく分けます」
「ほうほう」
「そして、こっちの百合好き、要は購買層ですね。こちらは明確に二つに分けられます。その名称はそうですね…、百合漫画に男が出てきても気にしない『穏健派』と絶対に百合漫画に男はいらないという『こだわり派』としましょう。当然私は『こだわり派』です」
「穏健の対義語は過激だぞ」
「いやいや、過激なんじゃなくて百合に対してこだわりが強いだけですから」
まったく、二ノ前先生はー。横やりを入れんで欲しいなー。
っと、すぐに話が脱線しそうになるのは私の悪い癖だ。しっかりと既定の路線に戻さないと。
「では話を戻します。といってもあとは結論だけなんですが、単刀直入に言いますよ」
「ああ」
「『男が出てくる百合漫画』を買うのは『穏健派』だけですよね。なぜなら『こだわり派』はその男という不純物が存在するだけでそれを百合漫画とは認定しないから! でも、『女子のみが出てくる百合漫画』は? ――おや? おやおやおや? あれれ~、不思議だな~」
「うん、二つ言わせてくれ。段々ボリュームがでかくなってきてるから少し抑えろ、あとその小芝居止めろ。演技が達者なのがなんかすげぇムカつく」
二ノ前先生がなにかを言っているがノリに乗った私を止められるものはいない。
そして、
「『穏健派』と『男が出てくる百合漫画』の関係同様に『こだわり派』は『女子のみがでてくる百合漫画』を買いますよね。いや、それだけじゃないんです。そのジャンルは『穏健派』も買うんですよ。『こだわり派』は『男が出てくる百合漫画』は受け付けないが、『穏健派』はどちらも受け付ける。つまり、男という不純物が消えるだけで、その百合漫画を楽しめる人数は倍増! 『穏健派』『こだわり派』含めて全ての百合好きが楽しめる作品になる訳ですよ!」
ホワイトボードに矢印や○や×といった記号を書き入れながら熱弁を振るい、最後は捲し立てる様に私はそう二ノ前先生に持論を伝えた。
はぁはぁ、地味に疲れた。それとのど乾いた。
「あれ?」
しかし、のどを潤そうとして手に取ったコップの中はすでに空だった。
あー、そういえば説明する前にチャーハンと一緒に飲み干したんだった。しょうがない冷蔵庫にお水入ったピッチャーあるから取ってこよ。
そう決めて冷蔵庫に向かおうとした私だったが、
「水だろ、取ってきてやるよ」
「えっ、あっ、どうもです」
そう二ノ前先生が私が冷蔵庫に向かうよりも先に立ち上がって、私のコップを持ってキッチンへと向かって行った。
…怪しいな。
そして、我ながらどうかと思うがそんな二ノ前先生に対して最初に浮かんだのは感謝ではなく疑念だった。
だっておかしくない。あの二ノ前先生が自分から他人のお冷を取りに行くなんて。
いや、まぁそう判断できる程に二ノ前先生知ってる訳じゃないけど…。でも、やっぱり怪しい。
そんな訳でジーッとキッチンへと向かい冷蔵庫でコップの水を補充してくれた二ノ前先生を観察していたのだが、特に変な行動をとることなくテーブルに戻ってくると私の元に「ほらよ」とコップを置いてくれた。
「おー」
「? なんだ?」
「いや、二ノ前先生が普通に善意でお水の替えを持ってきてくれたという事実が意外でして」
「お前は私を何だと思ってるんだよ…。こんくらい誰でもするだろが、まぁそれに加えて興味深い話を聞かせてくれた礼の気持ちもあるがな」
「へぇ」
二ノ前先生の言葉に私は内心グッと拳を握りながら相槌を打った。
興味深い、ということは少なからず私の持論は二ノ前先生の漫画家としても心の響いたのだろう。
「――だが、」
しかし、続いた否定の言葉にすかさず私の心は引き締まった。
「その話を聞いた上で少なからず問いたいことがある」
「…ふぅ~、やはり一筋縄ではいかないですね」
「まぁな。だが、ただ答えてもらうだけじゃ面白味は無いからな。――そうだ、今からする問い全てに私が納得のいく答えをお前が出せたのなら、お前の最初の提案を受け入れてやる」
「………はい? え? 最初の提案って…、本気で言ってます?」
「勿論本気だ、私に二言は無い。お前の答え次第によっては、私の五作目の作品は百合漫画になる」
「ええええええっ!?」
なんか凄い展開になってきた!
というか、鬼村ちゃんと二ノ前先生の仲を取り持つ作戦中なのにいつの間にやら主旨がブレブレになってない!? いやでも、何となく私と二ノ前先生の距離は縮まってる気はするし当初のプランとしては一応正しい道には進んでるのかな!?
あー、なんか混乱してきた!!
「ふーはー、ふーはー」
そんな混乱を落ち着ける為に深呼吸を二つ。
…いや、大丈夫。やはり予定していた展開とは程遠いが辿り着く場所は同じだ。
今はそう、例えるならばRPGでボスへと向かう道の途中で超激レアアイテムをゲットできるチャンスを得た様なものだ。ゲットできればボスの攻略も楽になり(多分)、尚且つ私は嬉しい(絶対)。
ならば今は余計なことは考えずにレアアイテムゲットに全神経を注ぐべきだ。
「――わかりました。私の持ちうる最高の百合力であなたの出す全ての問いに完璧に応えて差し上げましょう」
「……百合力なんていう言葉はこの世界にないがな」
そして、私と二ノ前先生の最後の百合漫画質疑応答が始まった。




