Episode-92 『バスケットボールで1on1・人見知りヤンキーの場合』
昨日の深夜。
明日が大事、明日こそは今日以上に。そう決意を新たにしてアタシは眠りについた。
そして、やってきた宿泊学習二日目。
そんな大事な二日目に私は今なにをやっているかというと…、
「ははぁっ!!」
「らあっ!!」
運動場にて同級生とバスケットボールの1on1に精を出していた。
ルールは一回ごとの攻守交代制。アタシが三回の攻撃を終えて、今は三回目の守備を行っていた。
ちなみにここまでは攻撃側の五連勝。
そして、
「っ!?」
「ほっと」
アタシの横をドリブルで抜き去った音木が、そのままレイアップでゴールを決める。
これで攻撃側の六連勝。
対戦成績で言うと、三対三だ。
まぁ、数字上は互角でも内容的には正直かなり押されてる。
私が三回攻撃を成功させられたのは、一重にタッパとリーチのおかげ。運動神経は完全に向こうが上だ。とんでもない運動神経してやがるよ、こいつ。
という訳で、均衡が崩れるまでそんなに時間はかからないだろうと思う。
「いやぁ~、やっぱ人相手やとちゃうなぁ~。なんかこう高揚感言うの? そういうのが百合神の造った機械相手ではそこまで感じられへんねんな」
ふと考えていると、そう言いながら音木がボールを拾ってアタシの前へと戻ってくる。
言葉通り凄く楽しそうだ。
というか、始まってからずっと楽しそうだなこいつ。
「虹白さん相手にはやんないの?」
そんなことを思いながら、サラリと音木が言った言葉がちょいと気にかかり聞いてみる。
「あ~、それなぁ~」
すると音木は苦笑を浮かべる。
そして、
「あれなんよ。夜さんってマジで完璧超人に見えるんやけど、運動だけは苦手やねん。あっ、これ秘密やで。夜さん、そこそこ気にしとるみたいだし」
「へぇ~」
アタシ自身も完璧超人に近い認識だった虹白夜の弱点を知って、思わずそんな声が漏れる。
へぇ~、運動苦手なんだ。確かにそう言われてみれば、ドラマとか映画とかであの人がスポーツしているシーンとか見たことないかもしれん。
「まぁ、あれやな。人間ん中に完璧超人なんてホンマはおらへんのかもな。人間どっか欠点できる様に神様がつくっとるんとちゃうんやない。ほんで欠点あんのが人間、欠点が一切あらへんのが神様みたいな」
「いや、それはおかしいだろ」
「? ん、なんで?」
アタシのツッコミに音木が首を傾げる。
そんな音木に、
「いやだって、アタシ達をこの空間に呼んだあのお面は神様なんだろ。あいつ、別に欠点なくないだろ?」
「………ほんまやな。あいつ神の癖に欠点だらけやん、ハハッ」
ポカンとした表情を浮かべたのちに、納得し音木が破顔する。
明るいキラキラした笑顔。なんというか、こいつがきっと現実世界で人の中心にいるタイプの人間であることが伝わってくるようだった。
「いやぁ~、たしかになぁ。中々鋭いやん自分」
「そうか?」
「そやそや。ん? でも、百合を司る神と他の神さんを一緒くたにしてええんやろか?」
「いや、そこまでは知らねぇけど…」
「いやいや多分ええことないやろ。字面がほぼ一緒なだけで中身は全然ちゃうやろ。JKとJFKみたいな感じやん」
「…いや、それは例えが間違ってるだろ。そりゃ女子高生と最強の勝ち継投じゃ全く違うだろが」
「おっ、なんや自分! そないな事知っとるんかいな! 野球好きなん?」
「父の転勤で一時期関西に住んでてその時に憶えたんだよ。…ってか、今さらながらこんなことしてていいのか、アタシら?」
「? どういう意味?」
アタシの疑問に指の上でクルクルとバスケットボールを器用に回しながら音木が首を傾げる。
「いやさ、アタシら二人はこんな風に遊んでて虹白さんに大変な役目押しつけちゃっていいのかなって」
「あー、そんことな。別にええんやないの。今日の作戦のことは朝飯んときに話したやろ。こうやって一緒に遊んでより一層親しくなるんがうちらの役目。あの漫画家先生の方は夜さんが何とかしてくれるわ」
「それはわかってるけどさ…でも――」
「安心しぃや」
そうアタシが更に否定をしようとしたところで、音木がバスケットボールを投げてきた。「おっと」と両手でキャッチし、アタシの言葉が止まる。
そんなアタシを見ながら音木がそうニッコリと笑うと、
「夜さんはすっごい人やねん。ほんまにさっき言うたみたいに運動以外は苦手なことないぐらいにな。そんな人が『任せて』言うたんや、なら、うちらみたいな小娘が心配するようなことはあらへんて」
「―――」
それは音木が心から虹白夜を信頼しているのが、わかる言葉だった。
とてもじゃないが、会って一月足らずの人間に対する感情とは思えない程に。
それほどまでに虹白夜という人間が凄いのか、もしくは音木が人と信頼関係を築くのが上手いのか。…いや、きっとそのどっちもなのかもしれないな。
「ふっ」
思わず笑みがこぼれる。
確かに音木の言うとおりだ。ここでアタシらみたいな小娘――それも頭もたいして良くないであろう二人が小難しいことを考えても仕方ない。アタシらは彼女を信じて、今自分たちができることをやるのが一番なはずだ。
「えっ、今笑うところあったか?」
「いやな、会って一月も経ってないのに長年の付き合いの相手みたいな言い方だったから、ついな」
「あ~、たしかになぁ。昨日も似たようなこと言うた気がするけど、なんっか夜さんはほんまに接しやすいんよなぁ。そのせいか自然と距離感も近なるんかなぁ。なんせうちらこれでもここの住人でベスト5の…カップルにランクインしとるわけやしな!」
そう少しだけ気恥ずかしそうにしながら、音木が結構でかい胸を張る。
そっか。ちょいと忘れ気味だったけど、アタシらはワースト5でこっちはベスト5なわけだしな。そりゃ違うか。
…でも、うん。やっぱり少し、
「羨ましいっ、かな」
思わず、そんな音木を見て心の声が口から漏れる。
「えっ、あっ…!」、一瞬でそのことに気付き焦るアタシだったが、
「何を言うとんねん。明日が終わる頃にはそっちもうちらと似た様な感じになってるかもしれへんやん。そのための今やろ」
そう不思議そうに口にする音木を見て、少しの沈黙の後に「そっか、そうだよな」と頷いた。
「――ありがとな、音木」
「ハハッ、なんの礼やねん。それから同い年なんやから、名前呼びでええわ。――よっし、四回戦開始や。そっちの攻撃からやで、桃」
「りょーっかい。行くわよ、紗凪」
バスケットボールがダムダムッと地面を跳ねる。
そして、アタシはドリブルを開始した。
不思議とさっきまでよりも体が軽く感じた気がして、アタシは初めて紗凪の横を抜き去り綺麗にゴールを決めたのだった。




