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Episode-EXTRA10 『ルーム19・普通な彼女の×××××の場合②』

また凄く長めになってしまいました…。

7000字超くらいありますので、気長に呼んでいただければ幸いです。


 合格発表の会場から少し離れた場所。

 そこで私は一人スマホを片手に持ち操作していた。そして、そこまで慣れていない仕草で電話帳を開き、ある人へと発信する。


「もしもし、姉様ですか」


「――もしも~し、なぁにどうしたの?」


 特に待たずにすぐに着信はつながった。

 当然相手は姉。今はおそらくこの学校の駐車場で私が帰ってくるのを待ってくれているはずだ。

 そんな姉に、


「すみません、一つお願いがあるのですが」


 そう私が口を開く。

 しかし、


「いやいやいや…」


 とまだ何も言っていないのに姉様は、そう困った様に言った。


「はい?」


「お願いは別に全然いいんだけどさ、それより先に結果を教えておくれよ」


 その言葉でいつの間にやらここに来た本当の目的を忘れていたことを思い出した。

 「ああ」、と納得し、


「合格しましたよ」


 とだけ特に感慨も無く短く伝える。

 が、それを言い終えるか言い終えないかの瞬間に「はぁ~」と姉様の息を吐く声が通話越しに聞こえてきた。表情が見えるわけでもないのに、それが心からの安堵の息であることが伝わってくる。

 そして、


「う~ん、よかったよかった♪ 合格おめでとう、春ちゃん」


 一拍遅れて、そうお祝いの言葉が届く。

 

「ありがとうございます…」


 それに対し、私はどこか力のない声でそう返した。

 自分でもそう感じたのだから、鋭い姉様がそれに気づかないわけがない。


「――どうかしたの?」


 すぐにそう真剣なトーンでの問いかけがされた。

 私は少し間を置く様に耳元からスマホを離し、考える様にどんよりと曇った空を見上げた。

 そしてボーっとした頭で決めると、再びスマホを耳に近づけ、


「姉様、さっきのお願いの件ですけど」


「ん、あー。よく考えれば春ちゃんがお願いなんて珍しいよね。私にできることだったか叶えてあげるよ」


「なんとなく、少し歩きたいんです」


「はい?」


 そう、お願い…というよりもわがままに近い願望を伝えると返ってきたのは呆気にとられたかのような声だった。

 しかし、すぐに「――あー、うんうん」と何かを納得する様に姉様が相槌を返してくれる。


「じゃ、迎えが欲しくなったら連絡してね。あと今日の午後は雨予報だからその辺は気にかけておくのと、変な人についてっちゃダメだよ」


 そして、全てを見透かしたような声でそれだけ言うと私の言葉を待たずに通話はきれた。

 きっと姉様は今の私のぐちゃぐちゃな心の中を察して、そう簡単に了承してくれたのだろう。


「はぁー…」


 そんな改めて見せつけられた姉妹の彼我の差を胸に、私はスマホをしまうと特に行くあてもなくゆっくりと歩き始めた。



 なんというか、もう全てがどうでもよかった。

 自分が一番わかるはずの自分の感情がわからず、ただボケーッと死んだような表情で歩く。

 目的も無く、得るものも無い無為な時間を過ごしているのはわかった。そして、この散歩の末に私は何も変わらないであろうことも。


「ううっ…、ぐぅ…、んっ…!」


 ふと、そんな私の耳に鼻をすするような音とそんな幼い少女の声が聞こえてきた。

 初めは幻聴か何かかと思ったが、気になりその声の方へと振り返るとそこには五、六歳くらいの小さな女の子が建物の壁を背に今にも号泣しそうな表情を浮かべていた。


 迷子だろうか?

 反射的にそう思った。

 しかし、少女の前の道を歩く人々はその少女の存在に気付かずにまたは気づいても見て見ぬふりをして通り過ぎてしまう。

 責められない判断だと思う。そして、私のそんな人たちと一緒だ。

 誘拐犯とか変な大人とかと勘違いされてしまうかもしれない。私が話しかけても泣かれてしまうだけだ。もしかしたら、あの子の親が近くにいて待っているだけなのかもしれない。

 そんな言い訳だけして、実際には行動に移せないでいた。


 …よく考えたら、受験に失敗して部屋で塞ぎ込んでいたときと一緒だ。

 言い訳、言い訳、言い訳。

 ずっとそれだけで自分を正当化する。

 

 ――ああ、私ってこんなにつまらない人間だったんだな。


 思わず自嘲の笑みが浮かぶ。

 そんな中、


「お~い、どうしたのどうしたの? 迷子になっちゃったかぁ?」


 私の横を通り過ぎて、その少女の元へと小走りで誰かが駆け寄った。

 若い女性の声。見ればその人は私と同年代くらいのようだ。

 まるで迷いなくその少女を見た瞬間に考えるよりも先に行動を起こしたかのような素早さだった。


「よし、じゃあお姉ちゃんが一緒にお母さん探してあげよっ。ほらほら、涙拭いてあげる。あっ、そうだ飴ちゃん舐めよっか?」


 そこにはまるで一切の不自然さは無かった。

 生まれ持った清らかな善性のままに自然に彼女は少女の涙を自身の袖で拭い、その少女の手を取った。

 少女もまたその柔らかな仕草に、先程まで浮かべていた半べその表情がいつもの間にか和らいでいる。そして「はい、どうぞ」と手渡された小さめの棒付きキャンディを嬉しそうに舐め始めていた。


「…っ」


 そこまで見て、私はその二人から視線を外し人波に紛れる様に歩き始めた。


 なんとなくわかった。

 彼女は本物だ。姉たちと同じ。

 姉たちが本物の才能ならば、彼女は本物の善性。いや、善性も才能みたいなものか。

 結局、私がどう努力しても手に入れられないものなのは共通しているのだから。


 そして、そんな一分前に初めて見た様な見ず知らずの人にも嫉妬に近い醜い感情を抱いてしまう自分が嫌で嫌で、これ以上その場にいたくなくて逃げるようにそこを後にした。



 ――これから、私はどうなるのだろう?


 再び独り歩き、漠然とそんなことを考える。

 わからない。ただ一つ、わかるのはこのままでは私の未来はきっと良いものにはならないということくらいだ。

 本物に焦がれ、手を伸ばし、届かず、かと言って潔く諦められるわけでもない。

 一生、この倒錯した思いを胸に淀んで生きていくのだろうか?

 

 それもいいかもしれない。私の様な半端者の偽物にはお似合いの人生だ。


「あっ」


 そこでポツリと額に何かが落ちてきた。

 それは段々と増え、私の髪と服を段々と濡らし始める。


「…あー、雨だって姉様言ってたっけ」


 いつの間にやら、空は雨雲に覆われていた。

 今、私は傘を持っていない。いや、持っていたとしてもわざわざ開かなかったかもしれない。

 濡れようが、風邪を引こうがどうでもよかった。

 どうでもよかったんだ。


 ――でも、


「おーっとと、ギリギリセーフ!?」


 不意にかかったそんな声と共に、身体に降りかかった雨が止んだ。

 正確には私の身体を雨に濡らさない様に空との間に何かが差し込まれた。


「ちょ!? あなた大丈夫!? 何で傘差してないのよ、濡れちゃうじゃない!」


「………え?」

 

 一瞬何が起こったかわからなかった。

 しかし、かけられた声の方へと顔を向けてようやく自分の状況に気付くことができた。

 その声の主が私を自分の傘の中へと入れてくれていたのだ。そして、驚くことに彼女は先程迷子の少女を助けていたあの女性だったのだ。


「…どうして?」


「え? いやだって濡れてたから。こんな雨で傘もささずにいたらあっという間に全身びしょびしょになっちゃうよ。それにお洋服が濡れちゃったら、透けちゃうし。女の子なんだから気をつけなきゃ」


「…」


 さも当然の様にそう言う彼女に私は二の句が紡げないでいた。

 言っていることはわかる。でも、それをすぐさまに行動に移せる人間がどれだけいるだろうか?

 

「…さっきの迷子さんは大丈夫だったんですか?」


 しかし、ずっと黙っているわけにもいかず何か言わなくちゃと瞬時に考え、思わず口から出たのはそんな疑問だった。

 それに対し、彼女は「迷子?」と初めは何を言われたのかわからない様にそう繰り返したが、すぐに先程の自分の行動が思い至ったのか「あ~、もしかして見られちゃってた?」と少し照れくさそうに笑った。


「偶然ちょっと歩いたらあの子のお母さんと会ってね。すぐ解決したよ。あの感じだと私が声かけてもかけなくても同じくらいすぐ再会できたんじゃないかな」


 そう言いながら、彼女は並行して肩にかけた鞄を開けてゴソゴソとその中を漁り始めた。

 そして、「はいこれ」とカラフルなタオルを取り出し私に手渡してくれた。


「髪と濡れちゃった服とかこれで拭きなよ。そこまで濡れてないけど、このままじゃ風邪ひいちゃうでしょ」


「あっ、えっ…はい…。ありがとうございます…」


「いいってことよ」


 受け取らない訳にもいかず、素直にタオルを受け取って髪から濡れた水滴をとる。

 いい人だ。すごくいい人だ。…いい人過ぎて、理解できない、気持ち悪い。

 そんなことを思ってしまう私はやはり性格が悪いのだろう。

 

 そしてそんな風に思ってしまったからこそ、

 

「――なんで見ず知らずの相手にこんなことができるんですか?」


 そう自然と口から出てしまった。どうしても、そう行動するプロセスが知りたくなって。

 それにこの人とはきっともう会うこともないだろうし。どうせなら聞いておきたかった。

 すると、


「う~ん、なんでかぁ?」


 唐突で少々不躾な私の質問に特に嫌な顔をするまでもなく彼女は少し考え込むように顎に手を当てた。

 そして、「うん」と一度頷くと、


「人助け、それすなわち因果応報の先駆けなり」


 そんなことを言ってきた。

 ことわざ? いや、でもそんなの聞いたことない。

 そんな私の困惑を悟ったのか、再び少し照れくさそうに彼女は笑った。


「これ、私の座右の銘なんだ。といっても、完全に自分で考えた言葉だけどね」


「自分で、ですか?」


「うん。ちょいと恥ずかしいけどね。ところで因果応報の意味って知ってる?」


「…一般的には『悪いことをすれば悪いことが自分に返ってくる』と言った意味でつかわれることが多いですが、正確には自分の行いに応じてその行いの結果もそのままの形で返ってくるという意味です。つまり『良いことをすれば良いことが自分に返ってくる』という意味でも使えます」


「そそっ、詳しいね。説明の手間が省けたよ、そしてこの座右の銘は良いことの意味で使ってるの」


 私のツラツラとした説明に彼女は上機嫌に言った。

 そして、


「だからさ、私は困ってる人がいたらできるだけ助ける様にしてるの。そのおかげでいつか私が困ったときに、私が昔助けた人が助けてくれるかもしれないでしょ。それって凄く素敵な事じゃない?」


「…言いたいことはわかりますが、ですがそれだけのためにわざわざ――」


「うん、まぁ実際そんな上手くいきはしないでしょ。でもさ、それはおまけみたいなもんだよ。…例え話だけど、宝くじは夢を買うってよく言うでしょ。それと似てる。当たれば儲け、当たらなくてもその副産物で十分」


「副産物?」


「うん、人助けをして『ありがとう』って言ってもらうのは凄い気持ちいいよ♪ だから、それで十分って言えば十分なんだな~、これが」


「――――」


 さも当然の様に誇ることもなく自慢げにするわけでもなく、そう晴れやかな表情で彼女は言った。

 

 不思議な気分だった。

 最初に私が思った様に彼女は本物だった。生まれ持っての努力じゃ辿り着けないような人間性。

 でも、どうせ同じく手の届かないものなら、


 ――私は姉たちのようになるよりも彼女のようになりたい。

 

 会って数分、交わした言葉は数語。普通はそんな相手に抱く感情じゃないのはわかっている。

 それでも何故か私はそんな風に思った。


「あなた、星座は?」


 私の胸の中でそんな思いが芽生えたことなど当然知る由もなく、彼女が不意にそう意図の読めない問いを投げかけてきた。

 「おとめ座ですけど…」、嘘を吐く理由もないのでそう正直に応えると、


「おっ、奇遇だね。私もだよ。そっか~、ならちょうどいいかな」


 そう言って、何故だか差していた傘を私の手に渡してくる。今気付いたが、中々にカラフルな色の傘だ。

 …って、今気にするのはそこじゃない。


「なんでっ――」


「今日の朝の星座占いでは、おとめ座のラッキーアイテムはカラフルなものらしいよ~」


 私の疑問に答える前に、彼女がそれだけ言って予想外の行動をとった。

 そのまま傘の外へと出ていったのだ。


「ちょっ、なんで…!? 濡れちゃいます!」


「大丈夫、私の家すぐそこだからその傘とタオルはあげるよ」


「あげるって…!? えっ、そんなっ!?」


 流石にその行動はお人好し過ぎて、私もそう反対と困惑の入り交じったような声を反射的に出してしまう。

 しかし、


「ふふっ、一応言っておくけど流石に私も誰にでもこんなことはしないよ。あなたさ、なんかすっごいしんどそうな顔してたからさ。まぁお節介だと思って受け取ってよ。それにラッキーアイテムを二つも身に着けたんだから、今から今日の終わりまであなたはラッキーガールだよ♪ ――だからさ、何があったか知らないけど元気出しなよ」


 そう私の心中をまるで見透かしたような顔で彼女は一度だけ雨の中で振り返り、そう私に向かってニカリと笑った。

 そして「ギャー、濡れちゃう濡れちゃう~!」と自身の学生鞄で頭だけを降り注ぐ雨から護りながら、彼女は私の前から去っていった。


 そんな彼女の後姿を私は見えなくなるまで、まるで見惚れる様な瞳で見送っていた。


 そこから少し時間が経ち、私はスマホを取り出して姉へと電話をかけた。


「ちょっ、春ちゃん。どこにいるの!? 今すっごい雨降ってるんだけど!? 濡れてない!?」


「ご心配おかけしました、姉様。迎えをお願いします。場所は――」


 未だに雨は降り続いている。

 しかし、私の心の中で何年にも渡り降り続いていた雨は綺麗に上がり快晴の中に虹がかかっていた。


 ――だって、私は運命に出会ったんだから。


***―――――


 彼女の名前が知りたい。

 彼女の家が知りたい。

 彼女の普段の生活が知りたい

 彼女の学校での生活が知りたい

 彼女の好きなものが知りたい。

 彼女の嫌いなものが知りたい。

 彼女の家族関係が知りたい。

 彼女の友人関係が知りたい。

 

 私は彼女の―――すべてが知りたい。


***―――――


 そして、約一年の月日が流れた。


「ふっふっふっ、完成です。名付けて、『新作クレープに舌鼓を打ち天使の笑みをこぼす悠菜さん』」


 自室の隠し部屋。

 この部屋が『高佐悠菜・スーパーコレクションルーム』と名を変えてからも大体一年。

 そんな部屋の中央で木製のイーゼルに立て掛けられた一枚の紙。そこに描かれた彼女の絵を前に仁王立ちをしながら、私はそう納得の声を上げた。


 製作時間は大体四、五時間くらいかな。

 夕食やお風呂などを挟みそこそこの時間がかかってしまったが、そのぶん納得のいく出来にはなったつもりだ。

 

「はぁ~、綺麗。絵でもあなたは美しい」


 感嘆の息を漏らしながら、イーゼルから絵を取り外してあらかじめ用意していた額縁へと入れる。

 そして、それを壁の空いたスペースへと飾れば完了だ。

 何度も繰り返した慣れ親しんだと言ってもいい作業。しかし、毎回この瞬間には凄まじい充実感にとらわれる。

 

 作業を終えて、再び部屋の中央――イーゼルだけが残るその場所へと戻る。

 そこで、ぐるっと部屋中三百六十度を見渡す様に一回転を行う。これも毎回恒例になりつつある儀式のようなものだ。

 

 一年、この長いようで短い期間で何もなかったこの部屋の壁には何十もの絵が飾られた。

 全て違う絵だか、全ての題材は統一されている。


『入学に初めて袖を通す高校の制服に少し浮かれる悠菜さん』

『放課後、いつもの幼馴染三人組で楽しそうに下校する悠菜さん』

『夏服に身を包み屋上で笑う悠菜さん』

『風邪を引いてパジャマ姿でお母さんの作ってくれた卵粥たまごがゆを食べる悠菜さん』

『雪山で初めてするスキーに悪戦苦闘する悠菜さん』、…などなど。


 その全ての題材は『高佐悠菜』という私の敬愛する方で構成されていた。


 当然だ、そもそも彼女を描くために絵を描き始めたのだから。

 言うまでもなく私には本物の絵の才能もなかったが、相変わらず人並み以上のセンスと上達力はあった。

 それ故に、今では中々の腕前になったのではないかと思う。


 しかし、この部屋全体を見渡す一回転をするとある一つの思いが脳裏をよぎってしまう。

 それはというと、


「――ああ、悠菜さんの写真が欲しい」


 という願いだ。


 正直に言えば、そんなもの手に入れる気になればいくらでも手に入れられる。

 でも、でもこんな異常行動をしておいてだが…やはり盗撮は気が咎められる。

 それはまるで私の欲で彼女の本物の善性を持つ心を汚すようで、私にはどうしてもできない。

 

 だから、私は彼女のSNSから今の彼女の情報を入手し、そしてそれを想像し絵に起こしているのだ。

 ちなみに目の保養のため週に一回の割合で、さり気なく彼女の登下校ルートに張り込んでばれない様に一目だけ見るようにしている。

 

 この趣味を得たことで私に一つの良い影響と一つの良いとも悪いとも言えない影響が出ていた。

 

 良い影響は、悠菜さんへの思いに引っ張られる様に今までよりも遥かに学業の成績も運動の成績も上昇してきたという点だ。やはりそれでも姉様たちには及ばないが、この状態ならまず間違いなく一年前あの高校に落ちることもなかっただろうと言いきれるほどだ。


 そして、良いとも悪いとも言えない影響は、『高佐悠菜』という人間を知れば知るほどに私は更に更に彼女に焦がれていっているという点だ。

 絵の描くペースも落ちるどころか上がっているし、暇さえあれば彼女のSNSを見ているし、最近は彼女の行動を模倣したりもしている。今日のクレープがいい例だ。


 だが、そんな私の中にもある一つのルールがある。

 それは彼女には直接接触しないということ。

 私は許されるのはただ見ているだけ、ただ憧れるだけ。彼女の人生に何の影響も与えてはいけない。彼女に認識されてはいけない。


 だから、SNSも直接フォローはしないで一々検索して見ているし、張り込むときも絶対にばれない様に細心の注意を払っている。

 彼女が私の存在に微かにでも気づかない様にしているのだ。

 それが私なりの最低限のルールなのだから。


 私と彼女が実際に接触したのはあの日の一回だけ。あの一回で私は十分だった。

 だから、あの日が私が彼女と言葉交わした最初で最後の日になる。


 ――なるはずだったのだ。


***―――― 


 肩を揺すられるような感覚で目が覚める。

 その時点で違和感はあった。家では一番良好な関係の姉様でさえそんな風に私の部屋まで入ってきて起こすようなことはない。


「お~い、生きてる~。ちょっと、よくわからない状況になってるんだ、これが」


 そして、その声を聞いた瞬間に違和感が明確な形となった。

 一瞬で脳が覚醒して、目が開く。


「なっ…!?」


「ん?」


 驚きでそんな言葉しか出なかった。

 目の前にいたのは、絶対に私の寝室になどいるはずがない人だったのだから。


『やあ、気分はどうだい? 上之宮春貴、高佐悠菜』


 そして、そんな男性とも女性とも言える様な中性的な声が天から降り注いだ。

 

 私の寝室どころか私の家でもない百合の花園の中で――。


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