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Episode-10 『初食事・超清純派女優の場合』


 言い方というのはとても大事だと思う。

 別に嘘を言う訳ではない。ただ言い方をちょっと変えるだけで感じ方が一気に変わることがある。

 例を出してみよう。


 私の目の前のホットプレートで香ばしい音を立てながら焼かれているのはお好み焼きだ。

 大阪風だとか広島風だとか関東風だとかそういうのは詳しくないしわからない。

 でも、至って普通に美味しそうな至って普通のお好み焼きだ。


 これの言い方を私視点に変えてみる。

 これは私の初恋の女の子が私を元気づける(別に元気じゃないわけじゃない)ために一生懸命作ってくれた(私の願望)初めての手料理であるお好み焼きだ。

 ねぇ、感じ方が全く変わるでしょ。

 そして、私はもちろん後者としてこのお好み焼きを見ていた。


 や、やばい…恐れ多い。これホントに食べていいのかな? 

 冷静に考えたら可愛い女の子にプライベートで料理を作ってもらうのなんて初めてだ。

 食べる前から緊張がえらいことになっている。心臓もバクバクである。

 そのせいか先程から会話の内容がいまいち頭に入ってこない程だ。


「はい、完成っと」


 とそんなこんな考えているうちに完成してしまった。

 あー、やばい、まだ心の準備が…。

 焦りつつも、とっても美味しそうなそのお好み焼きに「おー」と自然と声が漏れる。


「はい、どうぞどうぞ」


 小さなヘラが紗凪ちゃんから手渡される。

 これは、もう変な言い方かもしれないが覚悟を決めるしかない。


 ホットプレートの上のお好み焼きをヘラで食べやすい大きさに切り、口元に近づける。

 おっと、熱さにやられて吐き出すという醜態を万に一つでも起こさないために多少冷やさなければ。

 ふーふー、っと息を何度かを吹きかける。


 よし行こう。

 私はきっとこの一口の味を生涯忘れないだろう。

 生まれて初めてそんなことを思いながら、「いただきます」と口に運ぶ。

 感想もすでに頭の中で準備していた。ここは何度か咀嚼し、爽やかに笑って自然な感じで「美味しい」が理想だろう。


 が、そんなに上手くいくほど物事は甘くないのである。

 口に入れた瞬間に後悔する。


「あふっ、はふっ…!?」


 一瞬のうちに口内を熱気が満たした。

 ホットプレートから直食いするということを甘く見ていた。メッチャ熱い!


「ははっ、やっぱ熱いですか?」


 そこに紗凪ちゃんが少し心配した様な声でそう問いかける。

 やばい、このままでは頼りになるお姉さん感が…!

 いやっ、でもホントに熱いし。もう誤魔化すの無理じゃね。

 …あー、もうしょうがない。


「ふぅー、思った以上に熱かった…。うん、でっもすっごく美味しいよ」


 観念して理想パターンを諦め、思ったままそう口にする。

 すると、紗凪ちゃんは何かを考えるように少し黙った後に「ふふっ、さよですか。おおきに」と笑いかけてくれた。

 その笑顔は私が今までいろんな場所で見てきた誰の笑顔よりも綺麗で可愛くて、そして輝いていた。

 今日何度目かわからない私のハートが打ち抜かれた瞬間だった。


***―――――


「ふっー、食った食った。お腹いっぱいや~」


「私もごちそうさまかな」


 それからどれくらい経っただろう。

 互いに他愛のない話をしながら、二人でお好み焼きを食べて気付けばいつの間にか紗凪ちゃんが用意していた生地は全て無くなっていた。

 あー、幸せすぎて怖いくらい幸せだ。

 

「しっかし、虹白さん23歳だったんですね。凄い大人びてはるんでもうちょい上かと思ってましたよ」


「あはは、それはよく言われるかも。でも音木さんも16歳よりはずっと大人びて見えるよ」


「ほんまですか~?」

 

 そして、そんな会話の中で知ったことだが紗凪ちゃんは16歳の高校二年生らしい。

 私との歳の差は7歳。

 ……………。

 うん、ラッキーセブン! 私の初恋に追い風が吹いてるね~

 そうこれくらい何事もポジティブに考えていかねば!


 それに私は2月生まれで紗凪ちゃんは4月生まれらしい。

 ならばほぼ6歳差と言っても差し支えないはず!

 実際には7歳差だからラッキーセブン効果は継続で実質は6歳差。

 うん、これが一番ポジティブな考えの気がする!


 そんなことを脳内で考えているうちに紗凪ちゃんがコップについであったお茶をグイッと飲み欲し、「さてと」と言って立ち上がった。


「どうしたの?」


「いや、ササッと皿とホットプレート洗ったろかなと思いましてね。虹白さんは食休みしててええですよ」


 なにこの子!? お嫁さんスキルまで高い!!

 また一つ紗凪ちゃんの美点を見せつけられてしまった。

 ――が、その言葉自体は流石に受け入れられない。


「皿洗いくらい私にさせてよ。音木さんこそ休んでていいよ」


「? 別に気ぃつかわんでもええですよ」


「ううん、やらせて。とっても美味しかった晩御飯に対する私の些細なお礼だと思って。ね?」


「うーん、そう言われると…。あー、じゃあお願いしましょかね」


 紗凪ちゃんがすんなりと引き下がる。

 私の顔を立ててくれたのだろう。

 ホントに良い子だな~。


「んじゃ、うちちょっとお風呂沸かしてきますね」


「ええっ…!? 休んでていいよ?」


「いやいや、単純に風呂がどんな感じなんかも興味あるんすよ」


「あー、確かに中は見てなかったしね」


 そうよく考えれば『お風呂(体を洗ったり入浴するところ)』という表札を見ただけでその内部には入っていない。

 確かに気になると言えば気になる。

 そんな私の納得の声を聞いて、紗凪ちゃんが「そうなんですよ!」と好奇心の溢れたような顔で頷く。


 こういう時折見せる年相応な表情もグッとくるものがある。

 お風呂好きなのかな~。

 うん、実際に会って数時間なのに私は紗凪ちゃんの全てが好きになりかけてる気がする。


「じゃあ、私は言った通り片付けしちゃうから。音木さんはお風呂行っておいでよ、中がどんな風だったか教えてね」


 そんな内心をおくびにも出さずにそう言って紗凪ちゃんを送り出す。

 「りょーかいっす」とビシッと笑顔で敬礼する紗凪ちゃん。

 これも今日何回目かわからないけどあえて言う。

 紗凪ちゃん可愛い! やばい、今度こそ本気で鼻血出そう…!


 そんな紗凪ちゃんがお風呂へと小走りで進んでいく背中を、私はお皿を洗いながら『何時間でも見ていられるな~』と思いながら眺めていた。 


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