《第98話》連藤宅で夕食を【ディナー編】
三井と星川が到着するなり差し出してきたのは香りのいいマンゴーである。
「さっきデパートで、今が旬で入ってきてるのがあるって聞いて思わず買っちゃったの」
朱色の美しい球体が2つ、おしゃれな木箱に入り輝いている。
手渡された連藤は、香りでその輝きに微笑むと、いつも通りにスリッパをすすめ前を歩いていく。
リビングに入ると右手のテーブルにワイングラスが2つ並べられているのを見て、三井はため息のような息を吐く。そう、『呆れた』と言っているのだ。
「お前ら、先に飲んでたな」
「昨日の残りがあったからな。今日は別なワインを準備してるから安心しろ」
連藤は眼鏡をかけ直しながら言うが、そういう事でもないと三井は思うが、相手は連藤だ。仕方がないと思うことにする。
「メインのお料理があと20分くらいでできるから、先に泡で乾杯しましょ」
莉子はシャンパングラスにカヴァを注ぎはじめた。ゴールドの液体から細かな泡が立ち上がり、泡の弾ける音が軽やかに響く。もうそれだけで心が癒されていくのがわかる。
三井の乾杯の声に4人でグラスを掲げると、ひと口飲み終えたあとはほぼ立食パーティだ。
ピンチョスなどをつまみながら、談笑し、2杯目の白ワインを手に持つと、4人はテーブルへと腰を下ろした。
「この生ハム、すっごく美味しい! あと、このサラダ。ドレッシング最高」
一つ一つの料理に感激の声を上げる星川に、三井はなだめながらもさも自分が作ったかのように自慢げだ。
「これ、全部莉子さんが作ったの?」
「いえいえ、連藤さんと手分けして作ってます」
「三井くんも見習ってよ。私、プリン以外も食べたいんだけどなぁ」
「ああ、掃除のときだな」(※第49話 ひとのため 参照)
「なんの話?」
莉子が食いつくと、星川は三井を抑えて、
「三井くんがね、私にプリン作ってくれたのよ!」
はちきれんばかりの笑顔である。
「この人が作れるの?」
「俺が指南したからな」
「なるほど」
「そこ納得するんじゃねぇよ」
「もう私もビックリしちゃって……
あれ、美味しかったなぁ…」
星川が思い出しため息をついたグラスはもう空だ。
そこに白ワインを再び注いでやるとひと口含み、
「星川さん、よっぽど嬉しかったんですね」
「この三井くんが私のために何かしてくれるなんて、なかなかないもの」
「これでも三井のナンバー1の彼女だからな」
連藤がつらりと言うが、
「え? セフレだからナンバーなしじゃないの?」
「いや、三井の一番は、星川のままだな」
三井は頭を抱えて俯いているが、どうも恥ずかしいのか赤らんで見える。
「三井さん、なんも照れることじゃありません。
浮気者だということがはっきり露呈しただけです」
「いいのよ、莉子さん。私だってボーイフレンドがいるもの。
お互い、いい男、いい女になるために修行してるんだもの、ね? 三井くん?」
「そういうことだ、莉子。
一人の男を追っていても成長はできねぇんだよ」
「成長はしなくていいから、莉子さん」
「当たり前です。わかってます。
私は連藤さんからたくさん成長させてもらってますから」
答えたところでオーブンからメロディーが響いた。
「ポテトグラタンと今日のメインディッシュの時間です」
莉子はキッチンへと行くと、木製のボードに乗せたローストビーフをテーブルへと運んでくる。
さらにポテトグラタンを隣に置くと、さっそく切り分け、グラタンを添えていく。
「ソースはポン酢、グレービーソース、胡椒を用意しています。
赤ワインにどれも合うものだと思いますので、お好みでお使いください」
連藤が奥から運んできたのはフランスのローヌのワインだ。
ブドウの品種はグルナッシュ、シラーがメインで使われているので、スパイシーな雰囲気に抜群に合うワイン。手頃な価格でありながら飲みごたえもあるワインなので、莉子と連藤はよく好んで飲んでいる。
そのワインを三井に注がせ、配られたローストビーフを一口含んでワインを飲み込むと、肉の旨みが一気に煮詰まっていく。
「おお、うまいなこれ」
思わず唸った三井に、
「肉に赤っていうけど、これは本当に美味しい」
「ポン酢にも赤ワインは合う。一緒に試したらいい」
少し酸味のあるワインはポン酢のように酸味があるとうまくマッチする。
さらにグルナッシュは少し胡椒の風味も持ち合わせているため、実際の胡椒をまぶしていただいても香りがより引き立って美味しいのである。
莉子は肉の旨みを堪能すべく、粗挽き胡椒でいただき続けている。
「三井さんに星川さん、まだまだローストビーフあるので、どんどん食べてください」
「お前、肉だけは別腹だよな」
「お肉、好きなので」莉子は三井に指摘されても、肉を切り口へ運ぶ仕事をやめることはない。
「こんな美味しいご飯作れるの、本当羨ましい」
いいつつ2杯目のワインに突入した星川の顔がしっかりと赤い。
莉子は連藤の耳元で「星川さん、お酒強いの?」聞いてみると、「普通」それだけ返ってきた。
と、考えるなら、結構飲んでしまっているかもしれない。
男性陣より一杯先に進んでいるからだ。
莉子はそれとなく水を置き、「一緒に飲んでください。ここに水、美味しいんですよ」などと適当なことを言ってみるが、星川は素直に頷き、水を一気に飲み干した。
「確かに美味しい。ありがと、莉子さん」
いえいえといいながら、さらに水を注いでやると再び美味しそうに飲み込んでいく。
最後にいただいたマンゴーを切って出すと、それもぺろりと平らげ、幸せそうに微笑むが、星川が急に立ち上がった。
「さ、三井くん、帰ろう。
明日も早いもん」
「え、お前、なに急に?」
「いいからいいからぁ。私の気が変わらないうちに帰ろ? ね?」
星川の喉から、ありえないほどの可愛い声が出てきた。
バリバリのキャリアウーマンにしか見えないのだが、その声と人差し指使い方は、ギャップ萌えしない者はいないだろう。莉子ですらドキリとしたほどだ。
「莉子さん、本当今日はありがとう。
素敵な時間だった。私たちは帰って二次会するから、あなたがたもこれから楽しんで」
楽しんでの語尾にハートが飛んでいる。
ハートが……
莉子は腕を絡ませ帰っていく2人の後ろ姿を呆然としながら見送ると、すぐに片付けへと動きだした。
「莉子さん、今日は少し早めに休まないか?」
「そうですね、結構忙しかったですし」
「……あぁ」
この遅れた返事がどういう意味なのかは、莉子は考えないことにし、スポンジに手を伸ばした。





