《第97話》連藤宅で夕食を【準備編】
莉子はカフェから持参した材料と購入したもの、また連藤の自宅にある食材をキッチン台に広げた。
まじまじと眺めたところで、玄関の鍵が開けられた音が響く。
もうそんな時間か?
腕時計を覗くが、まだ16時である。
訝しげながらも玄関へと向かっていくと、やはり連藤の姿がある。
「おかえりなさい。今日はとてつもなく早いですね」
彼女が声をかけるとカバンが手渡される。
それを抱えるように持ち、連藤が靴を脱ぐのを莉子は待つが、どうしてこんなに早いのかが気になって仕方がない。
「ただいま、莉子さん。
一人で準備をさせるのはしのびなく、少しだけ早退してきた」
「年末あるのに、早退して大丈夫なんですか?」
「明後日残業の予定だから問題ない」
爽やかな笑顔を浮かべると、彼は慣れた動きでスーツから部屋着へと着替えに動いていく。
莉子はその背を追いながら、
「自分のキッチンを使われるのが気になるから早退してきたんでしょ?」
一瞬彼の動きが固まるが、
「莉子さんのことを信用してないとでも?」
「それはこちらのセリフですぅ」
彼の手が差し出されたので、莉子はカバンを手渡した。
カバンから手帳、携帯を取り上げ、その携帯を上着の胸ポケットへと差し込むと、
「今日のメニューは決まってるのか?」
エプロンを片手に歩き出す。
「もちろん。
本日のメニューは、
ローストビーフ、
エンダイブのサラダ、
人参のフラッペ、
ポテトグラタン、
あとは生ハムとチーズ、スナック類を準備しています」
話しながらリビングへと向かうが、すでにカウンターにはおつまみ類が並べられ、テーブルはセッティグ済みだ。
莉子が彼にそう告げると、驚きながらも満面に笑顔を浮かばせた。
「やはり、さすがだな」
「だがしかし、料理はこれからです」
「そのようだな。まずはどこからいこうか」
「牛肉を常温に戻しておいたので、ローストビーフから始めますか」
そう言うと定位置に立った彼の前に牛肉を供えてみる。
彼はすぐさま肉の大きさ、さらに2個あることを確認すると、塩と胡椒を多めにふりかけた。なじませている間に大振りの鍋の湯を沸かしはじめる。
一方の莉子はジャガイモを電子レンジで火を通し、さらにその間に厚切りのベーコンを焼いていく。
香りよく焼いたところで火の通った一口大のジャガイモを一緒に煽り、塩と胡椒、コンソメをふりかけ、さらにバジル、ローズマリーを加えると、グラタン皿にそれをあける。
次にカフェから持ってきたホワイトソースを流し、チーズをかけて焼くだけだ。
湯が沸くのを待つ間に、連藤はエンダイブのサラダに取り掛かった。
エンダイブを洗い水切りし、ほぐしていく。さらにベビーリーフ、ブロッコリースプラウトを混ぜ、その上に松の実、クルミを散らしておく。
ドレッシングはドレッシング用の容器にエキストラバージンオイル、バルサミコ酢、塩、胡椒を入れれば完成。直前に振れば出来上がりである。シンプルで美味しいドレッシングだ。
お湯が沸き始めている。
少し油をひいたフライパンを熱すとローストビーフ用の肉を焼いていく。
1センチ1分を目安に、今回は4センチ角の肉のため、4分を基準に焼き色をつけていく。
その間、莉子はジップロックを準備した。焼き上がった肉を入れるためだ。
お湯がグラグラと湧いたところで火からおろしておき、ジップロックに入れた肉をホイルで包み、さらにフキンでくるむとお湯の中にじゃぶりと落とす。すっかり浸かるように重石をのせて蓋をし、30分ほど待つだけ。
30分ぐらいでお湯からだし、しっかり冷ませば出来上がりである。
手間がかかっているようで、それほど手がかからず洗い物がでない料理、それがローストビーフなのである。
30分待っている間、最後の料理である人参のフラッペを作成する。
人参を千切りにし、オリーブオイルで人参を炒める。
その間にボウルにオリーブオイル、酢、はちみつ、粒マスタード、塩、胡椒を混ぜ合わせておき、炒め終わった人参をそのマリネ液に漬ければ完成。
ラップをかけて冷蔵庫で冷やしておけば完璧である。
調理道具なども片付け終えたが、時刻は18時になってはいない。
「連藤さん、もう一品ぐらい作ります?」
「いや、男は俺と三井だけだし、それほど作っても食べきれないだろう。
それより、ワインをどうしようか」
彼の顔つきから見るに、いくつか候補があるようだ。
物置にしている部屋へとふたりで向かい、ワインセラーを覗き込んだ。
「連藤さんはどれがいいと思います?」
いいながらワインを取り出し眺めるが、すべて買ったときに点字のシールを貼りつけてある。
蓋の上には赤か白かロゼかがわかるようにマークがあり、さらにボトルにはどこの国のワインか、作り手の名前も必要なものは書いてあるほど。ここにも几帳面な性格がよく現れている。
「今回、ローストビーフだからな……
だがあの三井だから、ピノまでのワインは出したくないし……
今あるのはカベルネだから、少し重たいかと思ってな」
いいながらワインの蓋をなぞる連藤に、横で眺めていた莉子が声を上げた。
「これ、ローヌのワイン、よくないです?」
「あ、コート・デュ・ローヌがあったな」
「そうそう!
これならローストビーフにも合いますし、人参の青臭い雰囲気とかも平気じゃないです?」
「芋にも合うな。さすが莉子さん」
「連藤さんのワインのストックが良いんですよ」
はにかんだ笑みをこぼし、ワインを取り出すと、常温にすべくテーブルへと置いておく。
若干この部屋は寒すぎるのだ。
「一応、泡もあったほうがいいかと思って、泡持ってきたんです。
っていってもカヴァだけど」
「それはいいな。
三井たちがきたらポテトをオーブンにかけようか。
その間に泡でチーズとか食べながら楽しむのがいい」
「わかりました」
と返事をしたもののまだ19時には遠い。
「ね、連藤さん、」
「なんだ?」
「少し飲んで待ってます?」
「……言うと思ったよ。ちょうど昨日の残りがあったな。
イタリアの前に開けたワイン。固くて飲めなかった」
「そうなんですよぉ。
ちょっといい感じになってるんじゃないかと」
そう言いながらグラスへと注ぐと、昨日とは明らかに違う香りがする。
「華やかさが増してるな」
「期待大です」
ふたりは一度見つめ合うと、そろってグラスに口をつけた。
流し込まれたワインはとてもフルーティで芳しい香りに開いている。
「やっぱフランスの子は気難しいですね」
「確かにな。
だが一段と旨くなってる」
おつまみを食べきらないように、別皿へ取り分けると、ふたりはリビングでのんびりと飲み始めた。
あと30分はのんびりできるだろうか。
腰を落ち着けて10分ほどだろうか。
チャイムが鳴った。
「「来るのが早い!」」
ふたりは慌てて立ち上がると、連藤は玄関に、莉子はキッチンへと定位置に着いた。





