《第90話》似た者同士
寒さが骨に染みるとは今日のことを指すのではないだろうか。
小雨が降り出すなか、莉子はカフェの外回りの掃き掃除を終え戻ってきたのだが、あまりの寒さに半分でやめかけたほどだ。
すぐに小鍋を取り出し、赤ワインを注ぎ込んだ。
ホットワインを作るためだ。
いつも通りのレシピ(目分量)でスパイスを放り込み、火にかけていく。
これから仕事のため、しっかりとアルコールを飛ばしてから飲むことにしよう。
赤ワインのいい香りが漂うなか、体の震えは止まらないが、今日はランチメニューにグラタンをもうけているため、マカロニの入ったホワイトソースを注ぐ仕事をこなしていく。
予想する個数をグラタン皿に作り終え、冷蔵庫へしまった頃、弱火のワインはしっかり煮立ってくれたようだ。
サラダの準備も終えてあるしと、一服してみる。
相変わらず、おいしい。
本当に、一服に似合う。
スパイスがいい香りであるし、何より体の芯から温めてくれる。
「もうメニューに載せときますか……」
莉子は一人こぼし、季節限定ドリンクにホットワインを書き込んだ。
いつも通りのランチタイム。
今日は寒さが厳しいものの天気は晴れ。お客の入りもまあまあである。
が、妙な雰囲気の2人が通りから歩いてくる。
美男美女のオーラがひしひしと伝わって来る。
これが妙な原因か……と思った矢先、男性に目が縛られた。
あまりの美貌に目が奪われた───
わけではない。
前髪を下ろした三井である。
だふん、三井。
………きっと三井。
………………他人のそら似かな……?
「おい、莉子、日替わり」
入ってくるなりの声は聞きなれたものだが、思わずきょとんとしてしまう。
「……なんかついてるか? あぁ?」
あまり今日は機嫌がよくないようだ。
怒りのオーラが禍々しく溢れている。
「なんで髪おろしてんの?」
「そんなの、1回寝たからよ」
黒髪ショートの美女はそう吐き捨てると、「私、ビーフシチューのランチ」真っ赤な唇が綺麗につり上がった。
莉子も微笑みを浮かべると、2人のオーダーをこなしに厨房へと戻り、寝たという意味を反芻してみる。
昼寝……だったら寝癖だよね……
寝癖があったから……ああ、風呂に入ったってことか!
風呂……
風呂!?
莉子は顔を赤く染めると厨房のなかで座り込んだ。
「昼間っから……?」
ぶんぶんと顔を振り、料理の仕上げに取り掛かった。
他のお客も入っていたため、カウンターの2人に構うことはできなかったが、それでも調子の狂っている三井と余裕綽々の美女の雰囲気は読み取ることはできる。
どうにも三井は押されっぱなしだ。
あれが昨日ぼやいていたやり手の元カノなのだろう。
「食後のコーヒーお持ちしました」
コーヒーカップを滑らすと、彼女はありがとうとまた素敵な笑顔を浮かべ、カップを持ち上げた。
「ここ、コーヒーもおいしいのね」
「ありがとうございます。お口にあったなら良かったです」
「ええ、三井くんと連藤くんのオススメだったから、来て良かったわ」
「ありがとうございます。
三井さん、お食事、足りましたか?」
「……んあ? ああ、問題ねぇよ」
「三井くん、オーナーに失礼すぎるんじゃない?」
「あ、気にしないでください。いつものことなんで」莉子がすかさず声を挟むが、
「女性には紳士だと思ってたけど、莉子さんが連藤くんの彼女だからってなんか勘違いしてるんじゃない?」
「うっせぇな。お前は俺のなんだっていうんだよ」
「別に。ただ女性を女性らしく扱えないのは、男性として失格じゃないかしら、と思って」
「お前に言われたくねぇな、星川。お前だって男を道具としか思ってねぇだろ」
「あら、私で気持ち良くさせてもらったくせに何言ってるの?」
「ああ? お前は俺にイ」莉子が殴ったのは三井の方だ。
「昼間で、まだお客様がいるので、ご遠慮ください」
鼻頭を潰された三井は、頷くしかなかった。
鼻血はでなかったものの、ずきりと痛むようで、莉子に冷えたタオルを三井は持って来させるとそっとそれを鼻に当てる。痛みに顔を歪め莉子を睨むが、自分に落ち度があるため無言の威圧で莉子に攻撃をしかけてくる。
莉子はそれを視線の先で流し、星川と呼ばれた彼女のグラスに水を注ぎ足した。
「ねぇオーナーさん、」
「はい」
「あなた、三井の何番目?」
「……は?」
「したら、セフレ?」
「………は?」
ここの会社は性に開放的なのだろうか。
それとも開放的な人間がここに集まっているだけだろうか。
「連藤くんの彼女しかしてないのね」
「……はい」
莉子は返事をするので精一杯だ。
一体この人は何を言っているんだろう?
莉子が首をかしげていると、
「こいつ、男のストック半端ねぇから」
───お前もか、星川!!!!
莉子は心の中で声を上げた。
口に出なかっただけ、良しとしてほしい。
「オーナーさんもセフレぐらいいた方がいいわよ。
一人だと色々合わないこともあるし」
「でも莉子は胸がねぇから、セフレのセの字も引っ掛けられねぇだろうけど」
「連藤さん、引っかかってくれたから、それでいいの!!!!」
莉子は噛み付く勢いで言い返すが、
「お2人って、元カレと元カノなんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「今はセフレよ」
もう次元が違う。
なんなんだろう。
ここはアラブかなんかなのだろうか。
一夫多妻とか、一妻多夫とか、そんな次元があるんだろうか。
きっと平行世界のどこかなのかな……?
「莉子、遠くに飛んでるぞ?」
「……いや、もう、お2人の関係とかよくわかんなくって……」
「別に愛はないわ。だからビジネスができるのよ」
「愛がなくても、いいんですか」
「ええ、セックスはただのスポーツよ」
「三井さんもそう思ってるの?」
「セフレはスポーツ。ナンバー付いてる子は愛情を持って、だな」
もう意味がわからない。
どうにかこの2人で完結してくれないだろうか。
これ以上、不幸になる男女を増やしたくない!
莉子は思うが、きっと彼らは摘んでは捨てるタイプなのだろう………
「……どうか、うちのお客様には、唾をつけないでください」
莉子がどうにか声を絞り出すと、
「あら。それは失礼したわ。さっき隣にいた彼に番号渡したのよね」
早いわ!!!!!!
莉子が頭を抱えてみるが、2人にはピンとはこないのだろう。
「しばらくはこの街で仕事があるから、また来るわ、オーナーさん」
お釣りはいらないわ。一言添えて三井を連れて立ち上がった。
尻にひかれている三井も珍しいが、また彼女が来るのか。
「女性限定カフェとかにしようかな……」
女性も大丈夫だったらどうしよう!? と、ひとり震える莉子だった。





