《第71話》後輩への労いの日 前編
「さて、どこから行きますかね……」
腕組みをしながら莉子が頭をひねる後ろには、シャツの袖を綺麗にまくりあげた連藤がいる。
「今日の料理は決まってるのか?」
「今回はイタリア料理の流れで行きます。
前菜は生ハムのサラダ、酸味が強めのドレッシングで。
一つめのメインは、アメリケーヌソースのパスタです。
二つめのメイン料理は、牛肉のオーブン焼き。香草やニンニクが効いたパンチのあるメインです。
口直しにエンダイブとくるみのサラダ。
最後はデザートとエスプレッソで。
昨日相談した結果なんだけど、どうでしょうか?」
「いいチョイスだと思うぞ」
「ありがと。なら安心して作れるね」
「だが、結構無理してないか?」
「いつもお世話になっているんで、これぐらいはね」
切り替えるように莉子は手を、連藤は頬を叩き、作業に取りかかった。
莉子は連藤にえびの下処理をしてもらっているうちに、本日貸切の看板を下げ、テーブルセットをしていく。
今日は6人にコース料理を振る舞う日だ。
それも連藤の後輩を労う日なのだ。
メンバーはいつもの巧と奈々美、瑞樹と優、そして九重とその彼女の6人である。
三井も来たがっていたが今回は頑なに断った。
なぜなら、後輩を労う日、だからだ。
莉子は慣れた動きでテーブルをつなげていき、そこに白いクロスをかければまるで1本のテーブルになる。
さらに手作りのランナーを莉子は広げた。細く長い布でデーブルの中央にかけてアクセントにするものだ。莉子がレースの布を買ってきて繋げ直したものである。縫い目は目立たぬように処理をしたので、長い布のように見えなくもない。
それを敷き終えたら、コップに挿した花を3つ置いた。赤いバラだ。いいアクセントになるだろう。
あとは大きな金色の平皿を置き、白のナフをセットし、カトラリーとグラスを揃えれば完成だ。
それらを素早く並べ終えたところで、
「莉子さん、エビの処理が終わったぞ」
厨房奥から声が響いてくる。
莉子は返事をしながら戻り、すでにオーブンにいる牛肉の具合を見た。
じわりと出てきた脂がだいぶトレイに溜まってきている。その脂を肉にまんべんなくかけてやり、またオーブンへと戻す。
「では連藤さん、アメリケーヌソースを作ってもらえますか?」
「任せておけ」
さすが連藤である。メニューを伝えておいただけで、エビの殻は頭と身がボウルへ入れられ、足はきれいに外されていた。エビの身は丁寧に背に切り込みをいれたあと、ワタが取られ、バッドに並べられている。
莉子の指示に沿い、連藤はさっそくと玉ねぎをみじん切りにし、さらにニンニクもみじん切りにすると、深めのフライパンをガス台へと置く。そこにオリーブオイルとニンニクを入れてから火にかけ、香りを移すとエビの殻を加えて炒め、殻の色が赤く変わったところで白ワインを注ぎ、そこにみじん切りの玉ねぎを投入し、火を通してから、それに水を入れて追加で煮込む。これでエビの出汁がしっかり出てくるのである。
その間に莉子は前菜用のドレッシングを作り、サラダの野菜を準備していく。さらに牛肉のオーブン焼きに添えるマッシュポテトを作り、彩りで使う食材も処理したあと、すぐに使えるようにバッドに並べてラップをかけた。
エビの出汁がしっかりスープに溶け出したようだ。
これをシノワを使ってこしていく。シノワとは円錐状のザルのことだ。そこにエビの殻を入れ麺棒で押しつぶしながら汁をこすのである。最後の一滴も逃さないように絞り出すのがこのソースの決め手になる。
手際よく潰していく姿を眺めながら、これは男性向きの料理だなと莉子は思う。自分で作る時も精一杯すりつぶしてはいるが、男性のような豪快さはない。きっと今日のアメリケーヌソースはエビの味が濃厚に違いない。
空になったフライパンに再びオリーブオイルを足し、そこにマッシュルームを入れて炒めたあと、こしとったスープを戻して再び火にかけていく。ある程度の濃度になったら火を止め、生クリームを入れてひと煮立ちさせれば完成である。あとはパスタの茹で上がりに合わせてなので、これで完成と見ていいだろう。
「あとは6人来たら、スタートしますか」
莉子がそういうと、時刻は現在18時23分。
19時スタートのディナーである。
あと30分、セッティングの確認と食器の確認の時間とし、再び二人は作業に戻った。





